臓器提供の承諾後~臓器摘出の手術中に脳死ではないことが発覚した症例、疑い例および統計
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1,臓器摘出の直前~臓器摘出術開始後に、脳死ではないことが発覚した症例
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1,臓器摘出の直前~臓器摘出術開始後に、脳死ではないことが発覚した症例(前ページからの続き)
2,脳死なら効かないはずの薬=アトロピンが脳死ドナーに投与され効いた!
3,親族が臓器提供を承諾した後に、脳死ではないことが発覚した症例
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4,親族が脳死臓器提供を拒否した後に、脳死ではないことが発覚した症例
5,脳死判定の誤りが発覚した頻度は、米国で臓器摘出直前に1~5%、日本および韓国では親族の臓器提供承諾後に1.2%前後
6,脳死とされた患者の長期生存例(妊娠の継続・出産、臓器提供、異種移植実験などに伴う脳死宣告から1カ月以上の長期生存例)
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7,「脳死とされうる状態」と診断されたが、家族が臓器提供を断り、意識不明のまま人工呼吸も続けて長期間心停止せず生存している症例
8,「麻酔をかけた臓器摘出」と「麻酔をかけなかった臓器摘出」が混在する理由は?
9,何も知らない一般人にすべてのリスクを押し付ける移植関係者
10,脳死判定を誤る原因
7,「脳死とされうる状態」と診断されたが、家族が臓器提供を断り、意識不明のまま人工呼吸も続けて長期間心停止せず生存している症例
注:「法に規定する脳死判定を行ったとしたならば、脳死とされうる状態」とは、器質的脳障害により深昏睡および自発呼吸を消失した状態と認められ、かつ、器質的脳障害の原疾患が確実に診断されていて、原疾患に対して行い得るすべての適切な治療を行った場合であっても回復の可能性がないと認められる者。 人工呼吸を必要としている状態にあることをいい、必ずしも、法律に基づき脳死と判定する際に実施する無呼吸テストを行う必要はなく、脳波測定も法的脳死判定の記録時間,検査中の刺激等の詳細に従う必要はない、としている。
京都第二赤十字病院、20歳女性は救急車内収容後に心停止、第15病日には平坦脳波であることを確認し「脳死とされうる状態」と診断。脳死移植のオプション提示を行なったが母親の同意が得られず、第20病日に以後の治療方針をwithholdとすることを決定、第34病日に心停止した。
抄録の原文“当院での「脳死とされうる状態」という診断は法的脳死判定基準に準ずる制度で行われた。脳死判定を行えば、脳死と診断される状態であったと考えられるが、患者は治療方針を withholdとした後も生存し続けた。脳死と診断されてからも長期間生存する状態は、特に小児の症例で報告が散見され、長期脳死と表現される。 このような報告がある中では、「脳死と診断されれば、短期間に心停止に至る」という従来の科学的根拠は見直しが必要な段階にあると考えられる。しかし、どのような症例で長期生存が可能であるか、検討はされていない。さらに、家族に対して「数日間で死亡することが予想される」という説明を行うにも関わらず,長期に生存することは患者家族との信頼関係を損なう可能性がある。医療者側が脳死の医学的な定義の見直し、全脳機能不全は絶対的に予後が不良であるという理解と終末期医療の展開についての議論の必要性を認識した。”
出典=武村秀孝ほか:「脳死とされうる状態」と診断されてから長期生存した心停止蘇生後の一例、日本集中治療医学会雑誌、26(Suppl)、O142-5、2019
2025年5月23日時点で予稿集はhttps://confit.atlas.jp/guide/event/jsicm2019/proceedings/list からダウンロードできる。武村らの報告は、全日程のファイルjsicm2019_allにはp1895に掲載、一般演題(口演)のファイルjsicm2019_O_20190303にはp54に掲載されている。
武村らは、「脳死とされうる状態」と診断した成人で19日間の生存例を経験して脳死定義見直しの必要性を認識したが、「脳死とされうる状態」での長期生存も19日間どころではなく、以下のとおり年単位の生存例まで報告されている。
JCHO中京病院:21歳女性、第7病日に脳死とされうる状態と診断された。入院期間約11か月で在宅ケアに移行した(2023年発表)。
出典= 黒木雄一ほか:縊頸からの低酸素性脳症により脳死とされうる状態となったが在宅ケアに移行し得た症例、日本救急医学会雑誌、34(12)、855,2023
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/epdf/10.1002/jja2.12878
兵庫県立尼崎総合医療センター:脳死とされうる状態と判断された小児4例(1歳~8歳)が、2019年11月時点で3年9ヵ月、2年、1年5ヵ月、8ヵ月間生存 。
菅 健敬:脳死とされうる状態と判断されてから長期生存している低酸素性虚血性脳症の小児4症例、日本救急医学会雑誌、31(9)、397-403、2020
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/epdf/10.1002/jja2.12477
順天堂大学医学部付属浦安病院:9歳男児が脳死とされうる状態となってから9日後に救命センターを退出、125日後に療養型病院へ転院した(2019年発表) 。
出典= 石原唯史:小児重症多発外傷における心肺停止蘇生後からのtrauma managementの考察、日本小児救急医学会雑誌、18(1)、67-70、2019
徳島赤十字病院:13歳女児が入院6日目に脳死とされうる状態、420日以上生存(2014年発表) 。
出典= 高橋昭良:溺水による小児長期脳死の1例、日本小児科学会雑誌、119(5)、896、2015
豊橋市民病院:14歳男児が入院16日目に脳死とされうる状態となり、5ヵ月を経過しおおむね安定し、在宅医療に向け準備中(2012年発表) 。
出典= 橋本千代子:「脳死とされうる状態」と判断した症例の経験、日本小児科学会雑誌、117(1)、168、2013
8,「麻酔をかけた臓器摘出」と「麻酔をかけなかった臓器摘出」が混在する理由は?
2008年6月3日、衆議院厚生労働委員会臓器移植法改正法案審査小委員会において、委員から「脳死は、脳幹の機能を初め、生命維持機能が失われたものと聞いておりますけれども、具体的に体がどのような状態になるのか、このところをお伺いしたい」と質問されて、心臓摘出の経験のある福嶌教偉参考人(大阪大学医学部教授・当時)は以下枠内を述べた。
「まず一番は脳と脳幹の停止ということですので、息をしないということが一番大事なところになります。
脳には、脳神経といういろいろな神経がございますが、その機能がなくなります。ただ、問題になりますのは、脳幹よりも下の神経が生きておりますので、痛みというものは感じないわけですが、痛み刺激が与えられた場合に筋肉が動く可能性というのはこれはございます。ですから、例えば、脳死の状態の患者さんの臓器を摘出する際に筋肉弛緩剤を使わないと、筋肉が弛緩しないとできないということは確かです。
ただし、痛みをとめるようなお薬、いわゆる鎮静剤に当たるもの、あるいは鎮痛剤に当たるもの、こういったものを使わなくても摘出はできます。ですから、麻酔剤によってそういったものが変わるようであれば、それは脳死ではないと私は考えております。
実際に五十例ほどの提供の現場に私は携わって、最初のときには、麻酔科の先生が脳死の方のそういう循環管理ということをされたことがありませんので、吸入麻酔薬を使われた症例がございましたが、これは誤解を招くということで、現在では一切使っておりません。使わなくても、それによる特別な血圧の変動であるとか痛みを思わせるような所見というのはございません。
一応、そういうのが脳死の状態と私は理解しております」
出典=議事録https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_kaigirokua.nsf/html/kaigirokua/018716920080603001.htm
福嶌参考人は「(臓器摘出時の脳死ドナーへの麻酔は)現在では一切使っておりません」と言ったが、この発言の約3週間前である2008年5月14日の法的脳死71例目で獨協医科大学越谷病院は「麻酔維持は、純酸素とレミフェンタニル0.2μ/㎏/minの持続静注投与で行なった」。
出典=神戸義人:獨協医科大学での初めての脳死からの臓器摘出術の麻酔経験、Dokkyo Journal of Medical Sciences、35(3)、191-195、2008
https://dmu.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=735&item_no=1&page_id=28&block_id=52
83例目で手稲渓仁会病院はレミフェンタニルを投与した。
出典=小嶋大樹:脳死ドナーからの多臓器摘出手術の麻酔経験、日本臨床麻酔学会誌、30(6)、S237、2010
132例目で山陰労災病院麻酔科は「臓器摘出術の麻酔」に関わった。
出典=小山茂美:脳死下臓器提供の全身管理の一例、麻酔と蘇生、47(3)、58、2011
424例目、2016年12月30日の脳死判定と見込まれる文献は、「全身麻酔下に胸骨中ほどから下腹部まで正中切開で開腹し,肝臓の肉眼的所見は問題ないと判断した」と脳死ドナーに麻酔がかけられていたことを明記している。
出典=梅邑晃:マージナルドナーからの脳死肝グラフトを用いて救命した 肝細胞がん合併非代償性肝硬変の1例、移植、52(4-5)、397-403、2017
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jst/52/4-5/52_397/_pdf/-char/ja
他方で脳死臓器摘出時に筋弛緩剤は投与するものの、麻酔は使わないで臓器を摘出した症例も確認できるため、脳死臓器摘出の現場では「麻酔をかけなければ臓器摘出を完遂できなかった症例」と「麻酔なしで臓器摘出ができた症例」が混在していることになる。しかし臓器提供施設マニュアルはp32で「原則として、吸入麻酔薬、麻薬は使用しない」と禁止している。
出典=臓器提供施設のマニュアル化に関する研究班:臓器提供施設マニュアル(平成22年度)、32、2011
https://www.jotnw.or.jp/files/page/medical/manual/doc/flow_chart01.pdf
懸念すべきことは、法的脳死が宣告され臓器提供者とされた人のなかに、実は脳不全が軽症な人が混在している可能性だ。そのような人が臓器摘出時に激痛・恐怖・絶望を感じつつ生きたまま解剖される場合に、麻酔をかけないと臓器が摘出できないと見込まれる。これは福嶌参考人が「鎮静剤に当たるもの、あるいは鎮痛剤に当たるもの、こういったものを使わなくても摘出はできます。ですから、麻酔剤によってそういったものが変わるようであれば、それは脳死ではないと私は考えております」と述べたとおりのことでもある。
生理的には、福嶌参考人の発言の前段にある、脳死判定にかかわりのないとされる一部の神経が生きていることによる生体反応と、それに麻酔が効くことは生理的にはありうる。他方で、誤って脳死と判定され臓器摘出を強行した場合に、麻酔が必要になることもありうることであり「想定外」としてはならない。
9,何も知らない一般人にすべてのリスクを押し付ける移植関係者
臓器提供施設マニュアルで脳死臓器摘出時の麻酔を原則禁止しているため、臓器移植コーディネーターから臓器提供の選択肢について説明を受けるドナー候補者家族も、臓器摘出時に麻酔をかける可能性は説明されていないと見込まれる。日本臓器移植ネットワークの臓器提供候補者の患者家族むけ説明文書「ご家族の皆様方にご確認いただきたいこと(脳死下提供)」https://www.jotnw.or.jp/files/page/medical/manual/doc/family_1_jp.pdf も、臓器摘出時に麻酔をかける可能性は記載していない。
こうした情報隠蔽の結果は、善意で臓器を提供するドナー本人そしてドナーの家族が背負わされる。もしも脳死判定が誤っていたら最悪の場合、ドナーは生きたまま解剖され臓器を切り取られる激痛を麻酔もかけられずに感じ続け、恐怖、絶望のなかで死に至らしめられる。家族も臓器提供を後悔し続けるからだ。
山崎吾郎著「臓器移植の人類学(世界思想社・2015年)」に、娘からの臓器摘出に同意した母親の語りが載っている(p87~p88)。
「脳死っていうのは、生きているけれど生身でしょう?だから手術の時は脳死でも動くんですって。動くから麻酔を打つっていうんですよ。そういうことを考えると、そのときは知らなかったんですけども、いまでは脳死からの提供はかわいそうだと思えますね。手術の時に動くから麻酔を打つといわれたら、生きてるんじゃないかと思いますよね。それで後になってなんとむごいことをしてしまったんだろうと思いました。かわいそうなことをしたなぁ、むごいことをしたなぁと思いました。でも正直いって、何がなんだかわからなかったんです。もうその時は忙しくて」
脳死下で臓器を提供したドナーの遺族が回答したアンケートにも深刻な回答が寄せられた。日本臓器移植ネットワークが行った「臓器提供に関するアンケート調査」https://www.jotnw.or.jp/news/detail.php?id=1-781&place=top は、「問18-1.臓器提供をご承諾された後のことについて、あなたのお気持ちやお考えをお伺いします。『ご本人またはお子様』が臓器の摘出手術を受けることに関して 不安を感じましたか」という問いに、回答者の24%が「感じた」、22%が「やや感じた」と回答し、半数近くが不安を感じていた。
そして「問18-2.【問18-1】で少しでも不安を感じたという方にお聞きします。 不安に感じることはどのようなことでしたか。 当てはまるものに全てに○をつけてください」には、痛みはないか63、苦しくないか58、提供できるだろうか57、外見の変化はないか46、怖くないか33、寂しくないか27、寒くないか18、手術を乗り越えられるだろうか16」など、家族は臓器摘出時に苦痛、恐怖を感じる不安を感じていた。
自由記述に「脳死状態とはいえ、身体にメスを入れることで、痛み等を感じないのか、我々の話をすべて聴いていて、殺されると思っていないか」「摘出手術において麻酔を使用するのか、使用しない場合は本人が痛いと声を発したら、中止をする選択肢は有るのか不安である」「もしかしたら、もしかしたら、生きかえるのではと、何回も思った」「とにかくごめんね。という思いでした」など。
「問19.死亡宣告を受けてから『ご本人またはお子様』が手術室へ向かうまでのお気持ちを教えてください」には、「手術室の様子を見れないので、起きあがったりしなかったか?もし起き上がっていたら自分、申し訳ないと思います。今でも夜になると時々」という回答もある。
日本移植学会は、臓器移植法が制定された当時に「フェア・ベスト・オープン」に行うと宣伝していた。現代の医療は、患者本人の自己決定が尊重されることが基本中の基本という。しかし現実は、自己決定の前提となる正しく充分な情報提供はなされていない。
10,脳死判定を誤る原因
脳死判定を誤る原因は「脳死判定基準にもとづき厳格に行わないから」「早すぎる脳死判定・脳死判定間隔の短さ・不可逆性の確認の困難さ」「薬物影響下の脳死判定」「都合の悪い現実は無視そして隠蔽してしまうから」「患者を傷つける検査は行わないから」「患者本人ではなく他人の利益のために医療を行っているから」であろう。
脳死判定基準にもとづき厳格に行わないから
「1,臓器摘出の直前~臓器摘出術開始後に、脳死ではないことが発覚した症例」そして「3,親族が臓器提供を承諾した後に、脳死ではないことが発覚した症例」では、日本の法的脳死判定とは異なる脳死判定がある。検査項目や検査回数を減らせば、診断を誤る確率が上がるのは当然のことだ。
しかし日本の法的脳死判定でも「画像診断が行われていない」「基準と異なる他の検査で代用した」「脳波の記録時間が30分未満。高感度記録なし」「コンタクトレンズがついたまま検査」などがあった。
心停止ドナー候補者に行われる「一般の脳死判定(一般の脳死診断、一般的脳死判定とも表現)は、諸外国と同様に粗雑に行われている。アンケート(注1)に回答した施設の4割は無呼吸テストを行わず、法的脳死判定に準じて診断していたのは3割しかなかった 。心停止ドナーに一般の脳死判定がなされると、親族の承諾を得た後に臓器摘出手術の一部分=臓器摘出目的のカテーテル挿入や抗血液凝固剤ヘパリン投与などが、現行のマニュアルは許容している。
諸外国の脳死判定がいい加減だからと言って、日本の一般の脳死判定の粗雑さ=「心停止後の臓器提供」と称する法的脳死判定手続きのスキップ・臓器移植法のザル法化=を検討の対象外としてはならない。
早すぎる脳死判定・脳死判定間隔の短さ・不可逆性の確認の困難さ
2007年11月のザック・ダンラップさんは、受傷から36時間後の脳死宣告が誤っていた。一過性のショックで数十時間にわたり脳死判定基準を満たしうる状態になった後に回復する患者がいるため、多くの国で脳死判定を開始するまで待つ期間を設定しているが24~48時間など短い。日本の脳死判定基準にその規定がない。
しかし大阪大学医学部附属病院では、3ヵ月女児が脳死徴候をすべて満たした後に第5病日の無呼吸テストで自発呼吸なしとされたが、第43病日に自発呼吸が発現した(注2)。:公立高畠病院の 11歳男児、1993年 11月に厚生省脳死判定基準により脳死状態と考えられてから 1994年 3月に脳波を認め、1994年 8 月に自発呼吸を認めた(注3)。発症から 3 年 8 カ月後の 14歳時まで生きた(注4)。
脳死判定は2回行われ、その間隔は6時間後あるいは24時間後と設定されているが、そのような短い間隔の判定では、上記のように数か月後に機能が確認される症例は見逃されることになる。しかし、受傷・発症から数十日間、さらに数年間にわたり救命医療を継続した後にしか脳死判定ができなくなるならば、また長期間生命を維持することが可能ならば「脳死は人の死か否か」という論議は不必要になる。
薬物影響下の脳死判定
2009年のコリーン・バーンズさんは薬物の過剰摂取に加えて、治療中に鎮静剤が投与されていた。意識不明で人工呼吸器を装着された患者は麻酔、鎮痛剤、鎮静剤など脳の機能を低下させて脳死と似た状態をもたらす薬物(中枢神経抑制剤)を投与されていることが多い。薬物は時間が経過しないと代謝・排泄がなされないため影響が続く。
2011年エモリー大学病院において臓器を摘出する手術台上で脳死ではないことが発覚した55歳男性の場合は、低体温療法後に復温してからの観察時間が短かった可能性を当該施設が指摘している。低体温でも薬物は代謝・排泄が時間がかかる。
しかし法的脳死判定マニュアルは「通常の投与、一般的な投与量であれば24時間以上を経過したものであれば問題はない」とおざなりな規定をしている。
24時間以上、脳組織内に薬物が残留していることがある。「臨床的脳死状態で塩酸エフェドリンを投与された患者が約72時間後に心停止した。解剖して各組織における薬物濃度を測定したところ、心臓血における濃度よりも53倍(3.35μg)の塩酸エフェドリンが大脳(後頭葉)に検出された」(注5) 。
腕などから採取した血液の薬物濃度と脳組織内の薬物濃度は異なる。生きている患者から脳組織を採取することは許容されないため、正しい薬物濃度の測定は不可能であるし、測定できても薬物濃度による影響は個体差が大きく「薬物の影響なし」との判断は難しい。従って脳死判定に影響し得る薬物を投与された患者の大部分は、脳死判定の対象から除外するしかなくなる。そうであるのに、敢えて脳死判定を行うならば、判定を誤ることは不可避になる。
都合の悪い現実は無視そして隠蔽してしまうから
脳血流が無いとされながら、実際には脳が機能していた症例もある。ヒトの脳組織の壊死する血流量が不明であること(脳組織が壊死する血流量として引用されている数値は、サルの脳の血管を遮断する動物実験で得た値)、脳血流量を数値化するのではなく画像で低血流量とする曖昧な判断、低血流時は脳の機能も停止する、薬物も代謝されない、など脳血流検査にも技術的限界がある。
法的脳死判定に脳血流検査を採用するに際し、学術的な研究をまとめたのは現在の日本臓器移植ネットワーク理事長の横田氏だ。ところが同氏も脳血流停止だったが自発呼吸のある患者を経験している。 「8 歳女児、無呼吸テストを除いた脳死判定を1回施行、深昏睡、全脳幹反射消失、平坦脳波、ABR消失の所見を得た。時期を異にして脳血流3D-CTAおよび脳血流シンチを施行、脳血流停止所見を認めた。事後無呼吸テストを2回行った結果2回とも自発呼吸を認め、臨床的判定により脳死は否定された」(注6)
心停止後の臓器提供の議論においても、心肺蘇生を断念し心臓死と判断されてから10分後に自然に蘇生して後遺症なく社会復帰している症例(注7)があるが、各国はautoresuscitation例(自然蘇生例)は数分未満の症例しか取り上げず、心静止の継続を確認する時間を5分、10分、20分など移植用臓器の獲得に都合のよい時間を設定している。日本に至っては、心静止の継続を確認する時間さえ設定していない。
患者を傷つける検査は行わないから
ザック・ダンラップさんは、ナイフの背で足の裏面を引っかかれ、爪の下に他人の爪を押し込まれて脳死ではないことが発覚した。しかし、医療で患者を過剰に傷つける検査は許容されないから行えない。脳死判定は、患者の昏睡状態を確認するために疼痛刺激を加える。患者の顔面を滅菌した針か虫ピンで突き、眉毛付近は指で圧迫して反応の有無を診る。このような疼痛刺激では弱すぎ、ナイフで患者の身体を切ったら反応があるかもしれない。臓器摘出時に皮膚切開が始まると血圧が急上昇する。脳死判定を許容している脳外科医、移植医らは、これを脊髄反射・脊椎自動反射としか説明しないが、実際にはメスで体を切り開かれる激烈な痛みで苦しみ、生きたまま解剖される恐怖・絶望を感じつつ、不本意な死を強要された患者がいるのではないか。
マーガレット・ロックが面接した医師によると、1970年代に30秒間の無呼吸テストで自発呼吸はみられなかった患者が、手術室で人工呼吸を外したら呼吸を始めた。1988年報告のマクマスター大学病院例は無呼吸テストの強度を上げたら自発呼吸が確認された。
現代の無呼吸テストは人工呼吸を停止し、動脈血内の二酸化炭素分圧が60mmHgを超えるまでに自発呼吸をしなければ無呼吸と診断する。しかし、この規定値を超える66.4mmHg(注8) 、72.2mmHg (注9)、86mmHg(注10) 、91mmHg(注11) 、112mmHg(注12) などでの自発呼吸例が報告されている。無呼吸テストを現状より長時間行うと、自発呼吸能力のある脳死ではない患者を発見できる事は明らかだ。しかし、無呼吸テストが長時間行われると、心停止直前で自発呼吸をする患者がいる一方で、心臓死に至る患者も多発する。移植用臓器の鮮度・活力を維持するためにも、不整脈や心停止を起こす危険性を高める長時間の無呼吸テストは忌避される。
このように患者を過度に傷つける検査は行えないため、患者が本当に深昏睡で絶対に回復することはないのか、自発呼吸能力が完全に廃絶しているのかは知りえない。低刺激検査に留めるしかないことから、脳死判定を誤る可能性が無くならない(このほか低感度検査の限界=頭皮の上に置いた電極で脳波が測定できなくとも、頭蓋骨の内部に電極を置くと脳波を測定できることがある。無呼吸テストで患者の胸の動きを目視で観察して呼吸をしていないように見えても、センサーや筋電図で測定すれば呼吸運動が確認できることがある、なども指摘されてきた)。
患者本人ではなく他人の利益のために医療を行っているから
医療機関側の都合で重症患者への医療を打ち切りたい場合には、患者の生存能力、脳機能が明らかになっては、患者家族を納得させる説明が困難となり医療の打ち切りが難しくなる。移植用臓器も獲得できなくなる。このように患者本人のための医療ではなく、他の人の利益のために医療が行われる所で脳死判定または終末期診断が行われることにより、その当然の結果として脳死判定・死亡予測・死亡宣告は誤る。こうした誤診の一部分が発覚しているのであろう。
文献
(注1)荒木 尚:救急・集中治療において臓器提供を前提としない脳死判定と患者対応の現況について、脳死・脳蘇生、30(1)、33、2017
(注2)Ken Okamoto:Return of spontaneous respiration in an infant who fulfilled current criteria to determine brain death,Pediatrics,96(3),518-520,1995
https://pediatrics.aappublications.org/content/96/3/518(抄録)
(注3)磯目正人:テレビゲーム中にてんかん発作を起こし、心拍呼吸停止を来たした 1例、日本小児科学会雑誌、99(9)、 1672-1680、 1995
(注4)村上靖彦:「ヤングケアラー」とは誰か――家族を“気づかう”子どもたちの孤立、朝日新聞出版、2022
(注5) 守屋文夫(高知医科大学法医学):脳死者における血液および脳内の薬物濃度の乖離、日本医事新報、4042、37-42、2001
(注6)荒木尚、横田裕行ほか:小児脳死判定における脳血流評価の意義について、日本臨床救急医学会雑誌、13(2)、154、 2010
(注7)Muge Adanali: Lazarus phenomenon in a patient with Duchenne muscular dystrophy and dilated cardiomyopathy,Journal of Acute Medicine,4(2),99-102,2014
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2211558714000508
(注8) 河野昌史:呼吸停止と深昏睡をきたしながら脳死を否定された1例、日本救急医学会関東地方会雑誌、8(2)、524―525、1987
(注9) 林成之:脳死診断の現場と無呼吸テスト、脳蘇生治療と脳死判定の再検討(近代出版)、97、2001
(注10) 榎泰二朗:無呼吸テストの信頼性について、麻酔、37(10S)、S66、1988
(注11) Ralph Vardis:Increased apnea threshold in a pediatric patient with suspected brain death、Critical care medicine,26(11),1917-1919,1998
https://journals.lww.com/ccmjournal/Abstract/1998/11000/Increased_apnea_threshold_in_a_pediatric_patient.40.aspx(抄録)
(注12) Richard J.Brilli:Altered apnea threshold in a child with suspected brain death、Journal of child neurology,10(3),245-246,1995
https://journals.sagepub.com/doi/10.1177/088307389501000320(プレビュー)