美容院行った!オカザエもんはジーン・セバーグ(図々しい)に生まれ変わりました! pic.twitter.com/KiaafKVnyB
唐突に日中のツイートの続きだけど、イベントに行ったあと、たぶんみんな身内な人たちであろう中に、一人ポツネンと居た「異物感」が面白かったと感想を伝えたら、「僕も半分以上知らない人たちだったし、何があるのか知らないまま連れて来られた人も多くて、(続く
続き)みんながそれぞれに”異物感”をなんとか凌いでたんですよ」と言われて、Σ(゜0゜)ハッ!ナルホドソウイウコトカ!!! と解ったのだった。それ以来、完全にはみ出るだろって場所にでも今まで以上にヘラヘラ参加できるようになったなー。Mになっちゃったんですかねーw
@NAITOMiwa うぉ!なんと、まさかの…!2秒間のロックオンにですかやっぱり?
今夜のケータイ大喜利、仙台局の合原さんが出てる。やっぱニュース読んでるときと違うね~wカワイイ♪
@Haru_Bleu 褒めてるってことは解るんじゃないかな?以前、前からやってきた散歩ワンコがじっと私の顔を見てるんで「カワイイ~」って呟いたら聞こえたらしく、ササッと私の前に立ちはだかり背中を出したのよ。反射的に撫でちゃったけど、飼い主さんが「す、すみません」て赤面してたw
@Haru_Bleu ワンコ的に「カワイイ」という言葉に反応した反射行動をとったと思われるw
ビエンナーレ日本館の特別表彰、田中さん/蔵屋さん、おめでとうございます。美術展では初めて(建築展だと藤森さんが特別表彰。コミッショナー選定のコンペに関わった国際交流基金の国際展事業委員として嬉しい。そのときに書いたコンペ講評文の一部を再録します
講評文1/・・・蔵屋と田中は、二人の話しあいから、東日本大震災に対する絶妙な距離感をもった展示を提案していることに感心させられた。被災地に乗り込んだり、瓦礫を用いるなど、直接的なものでもなく、かといって震災とまったく関係ない作品でもない。
講評文2/災害との距離感は日本国内にも存在するし、ましてや海外ならなおさらだろう。与えられた設定やルールをもとに、複数の人間が何かを行う作業は、集合知のあり方を考える現代的な問題設定でもある。蔵屋は前回のコンペでも田中を挙げていたが(このときは次点)、
講評文3/改めて作家への強いこだわりも感じられた。また震災を経て、その提案も確実に新しいステージに展開している。前回と同様、決して良好とは言えない日本館の展示空間に対する態度も興味深い。以上の理由から、蔵屋/田中案を推した。
田中功起さんが選ばれて、直後某有名批評家が彼らが選ばれたことや彼のステートメントの内容等について批判してちょっとだけモメていたのを見るまで、田中さんの作品に意識が向いていなかった、実は。
でも、被災地の一美術ファンとしては、批評家さまの仰ることよりステートメントのほうがはるかに響くものがあったのよね。
で、ネットでリサーチしてみたりしたんだけど、どうもわからん。。アタマでは…でも、今までコミットして来なかった分野(?)だったから、うーむ困ったな、とw
実際見るしかないよなぁと思ってたところ、なんとナイスタイミング!FBからイベント招待が届き、いそいそと参加した。参加して解った。参加したら何かわかるかと思って参加したらやっぱりわかんなかったwけど、わかんないことが気持ちわるいんじゃなくて、わかんないことが心地いいってことが。
@Haru_Bleu 室内外だと、環境の変化が少ないから1年中同じくらいのペースで抜けてるというウワサもあるし、プードルみたいにもともと抜け毛が非常に少ないタイプも。
@Haru_Bleu 抜け毛集めてフェルト人形作る人もいるし、抱きまくらでも作ってみたらw
鏡見て気づいたんだけど、今の私、髪型がオカザエモン。。。_| ̄|◯
ヴェネツィア・ビエンナーレ日本館の受賞|毎日新聞の速報|mainichi.jp/select/news/20…|記者さんたちは、受賞した時に備えて速報が書けるよう現地でスタンバイしているんですよね(去年の建築展で日本館が金獅子賞を受賞した時もそうでした!) 岸さん、おつかれさまです!
青森県立美術館:年間入場者数、東北7連覇。入館者数や決算額でも全国の都道府県立美術館のトップ10の常連。:D/ mainichi.jp/select/news/20…
ひとつだけ。special mention(特別表彰)でもらったものは一枚の紙です。そこには「special mention to」とタイプで書かれ、そのあとに手書きで「Japan」と書かれています。そこにはぼくや蔵屋さんの名前はありません。つまりこれによって
何かが始まったり、終わったりするものではないということです。日本館で展示をしてかつて賞をもらった池田満寿夫も千住博も、個人に与えられたものでした。オノヨーコさんは名誉賞でした。だから日本(館)として賞をもらったのはあの建物が戦後に建てられて初めてのことです。だから、
小松崎さん、日本国内でのつまらない世代間、代理闘争にこの事実を使ったり、巻き込まないでください。ぼくら、アーティストはいつもそうしたつまらない断絶をうながず発言に左右されてきました。でも、村上さんや会田さんがいなかったらぼくはいまのような活動をはじめていません。