昨日、稲刈りが終わりました。稲作りをして45年。今年のくらい稲が倒れた年はありませんでした。45年すべてを記憶しているわけではないので、実際はどうだったかわかりませんが、そんな認識をしていました。
稲が倒れると、その程度にもよりますが、刈り取りにはとても難渋します。難渋だけではないんです。お米そのものの品質低下も起きやすくなります。それはたいてい、倒れた日と稲刈りの日までの日数に比例します。そして、品質低下だけでなく、おいしさへの影響も出ます。当園としては、こちらののほうがより心配なことです。
でも言い訳がましく書くなら、これが農業生産の特色といえます。同じような品質のものの生産を望むものの、それは頑張ったからできるというものではなく、結果は毎年違っています。あるいは、「急な注文が入ったぞ。寝る時間を削って機械を動かせ。そうして注文に対応するのだ」なんてことも、こと農業に関しては、できる可能性がとても低いし、そう思ってもらわなければ困るような業種と言えます。
そんなわけなので、お付き合いを続けてくださる方にも感謝。お付き合いをやめた方にも、これまでありがとうございましたと、感謝の思いです。
何より、決定権は購入する側にあるのです。これは、お米に限らず厳正な現実。でも、だからといって、自分の立場を卑下しているわけではありませんよ。だから、継続、取りやめ、どちらの方に対しても感謝なのです。不思議なもので、やめるかたがおられても、新規の方が、ふと声をかけてくれたりするものです。有り難いものです。その妙なるバランスが崩れた時、あるいは崩れそうになった時は、今のようなスタイルのお米作りを縮小あるいはやめる良い機会だと思えば、間違いのないことだと思っています。
いずれにしても、お米を求めてくださる方が何人かでもいらっしゃるというのは、本当に励みになります。それはそうした方の人数の多い少ないとは関係ありません。ですので、「おいしいとは思わないけど、凡夫さんを支えるために買っているのよ」なんて無理だけは、決してせずにいただきたい。そんなふうに思います。
稲刈りが済んで、とりあえず天気のことを心配せずにすむことになって、本当にホッとしました。でも、もみすりは、一時中断。すでに色彩選別機を使って、新米お届けの準備に取り掛からなければならない時期に入っています。巷には新米がどんどんあふれ出してきています。来月中旬にはみなさまにお届けできるよう、作業に励みたいと思います。ことしはどんなあきたこまちなのか…。良い意味でも悪い意味でも、楽しみにしていてくださいね(笑)。
一度食べてからでも、あるいは食べる前でも、決定権は常に自分以外にあるのですから。