どうしてこんなに楽しいんだろう!

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荻野吟子の生涯

2019年09月08日 20時18分26秒 | TV・映画
あいち国際女性映画祭2019

最終日のプログラムは、「一粒の麦 荻野吟子の生涯」

会場のウィルあいちには、長蛇の列。

内心・・うれしかった。


荻野吟子は、日本で最初の女性医師だ。

埼玉県の三大偉人・・
近代日本の資本主義経済を創造した渋沢栄一、
盲目でありながら学問を究め、群書類従を主筆した塙保己一、

そして、荻野吟子。

15年前、埼玉に在住していた時、

上田知事が新聞に掲載していたので知った。


時代は明治。

女性の社会進出は、世間が認めていなかった。

吟子は、自らの経験をもとに、

女性が安心して相談できる女医になることを決意した。

今の時代では想像できないような苦難を乗り越え、

明治18年、日本で最初の女医となる。


道なきところに道を創るというのは、たいへんなことだ。


映画終了後、山田監督のトークセッションがあった。

山田火砂子監督は87歳・・・

杖をついて出てきたが、会話は実にクリア!

まあ、そうでなければ、映画監督は務まらないのだろうが、、


自らが13歳のころ終戦を経験した。

さらに、結婚して授かった子が知的障碍者だった。

たいへんな時代を、苦難とともに歩んできた。

だが、火砂子氏は言う。

そういう人生だったからこそ今がある。

なんと、彼女は70歳で映画監督デビューしたそうだ。

87歳になった現在も、次の作品の構想を練っている。


会場にいた人は、比較的高齢者が多かったが、

火砂子氏にパワーをもらったと思う。


少し前になるが、医学部受験で女性が不利な採点を受けていた事実が発覚した。

火砂子氏は言う・・・明治時代と根本は変わっていない。


どこまでも女性や障害者などの弱者に寄り添い、

闘い続ける彼女の姿勢に私も心を打たれた。


既得権益にふんぞり返っているような社会ではダメだ。

山田火砂子監督の次回作にも注目だ。


<あいち国際女性映画祭2019 official site>










コメント
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