何を見ても何かを思い出す

He who laughs last laughs best

ぜんぶ、同じ花 ⑤

2018-09-02 12:00:00 | 
「命からがら、間一髪」 「ぜんぶ、山①」 「ぜんぶ、ワンコ 山 ②」

この夏の山旅はかなり危険な目にもあったし、天気には恵まれないしで、微妙なものではあったのだが、山小屋で読んだ一文によって大満足のものとなった。とは云うものの、天気に恵まれない微妙な山旅ゆえに良い写真は撮れなかったということもあり、山の記録は一向にはかどらない。
だが、本仲間が貸してくれた本に、山で見かけた植物が繰り返し登場したので、今回はそんな点から記録しておきたい。


「口中医者桂助事件帖 恋文の樹木」(和田はつ子)
「口中医者桂助事件帖 毒花伝」(和田はつ子)
「料理人季蔵捕物控 牡丹ずし」(和田はつ子)


口中医者桂助事件帖シリーズは、将軍様のご落胤でありながら、呉服問屋の息子として育てられ口中医となった主人公が、我が身に降りかかる陰謀に立ち向かいつつ、お江戸の事件も解決するというもので、初版は2005年なのだが、そのシリーズの最新刊が三年ぶりに世に出ていた。あまりに久しぶり故に、すっかり話の展開を忘れてしまっている私のために、本仲間は前作から貸してくれたのだが、申し訳ないが、ちょっとやそっとでは細部まで思い出すことができないまま、ブスは怖いが役に立つという事だけが印象に残った。



そう、太郎冠者と次郎冠者の掛け合いで有名な、あのブスだ。
と書いたが、これは世代によって感じ方が違うようで、歩きながらブスの花に目を留め話をする人には2パターンあり、トリカブト事件を話題にする人と、狂言を話題にする人に分かれるように思われる。私はというと、子供の頃に授業でこの狂言が取り上げられている間中、先生が保険金殺人の話ばかりされていた、という思い出がある。

ともかく、あのブスの花が、横尾から槍ケ岳山荘までの道を楽しませてくれた。

主人公の口中医・桂助は、口中医だけあって自ら薬草園で薬草を栽培し、歯抜きや歯草(歯周病)の治療に使用するのだが、その道に明るくない私には、山で見かけた草花の薬効など分かろはずもない。ただ、徐々に標高があがり、厳しい環境のなか可憐に咲く花の逞しさに励まされながら、歩いていた。
    

標高が上がると何故か、紫色の花が多いという印象を私は持っているのだが、そんな花の代表であるブスには、トリカブト事件で有名な猛毒という一面だけでなく、桂助が口中医として用いる鎮痛という薬効もある。
なるほど物事には二つの面があるということを、もう一冊の本「牡丹ずし」でも考えさせられた。

料理人季蔵捕物控も初版の2007年から30数冊を数える内に、もはや捕物ものではなく料理ものとして読んだ方がシックリくるというシリーズなのだが、物語の中心で変わらないのが、元は武士の料理人季蔵が、心の病に臥せる元許嫁の瑠璃の回復を祈り待ち続けているというものだ。
武家の家同士の約束というだけでなく幼馴染で好きあっていた季蔵と瑠璃だが、城主の若君の目にとまった瑠璃は泣く泣く側室にされてしまったうえに、血を血で洗う酷い跡目争いの現場に立ちあってしまったために心を病んでしまい、季蔵のことも分からなくなってしまう。
そんな瑠璃を変わらず愛し、心の病が癒えるのを待ち続ける、季蔵。

そんな季蔵に思いを重ね、本シリーズを読み始めた頃から雅子妃殿下のご回復を祈り続けている、私。

思い出せば苦しいだけの酷い現場に立ちあった瑠璃を慮り、いっそ何も思い出さないほうが良いのではないかと悩む季蔵に、本書「牡丹ずし」でかけられる言葉が、心に残る。

『人が前に進むためには、時には、後ろを振り返ることがあってもいいのでは?
 瑠璃さんの回復には、楽しい思い出との付き合いが、今よりずっと多く要るように思う』

誰しも辛いことは忘れたい。
心を病むほどの酷い記憶なら尚更、消してしまえるならば、消した方が良いのかもしれない。
だが、酷い状況やロクでもない人間が、全て消えてくれるということは、あり得ない。
そんな、変えることのできないロクでもないもののために、楽しかったもの全てを封印してしまうのでは、あまりにも哀しい。

トリカブトの紫は、見様によってはハッとするほど毒々しくも見えるが、美しいものの中にあっては、鎮痛の役目があることにも肯ける、ただ一つの奇麗な花である。


長年読み続けてきたシリーズで、物事には二つの面があることに少しばかり気づかされたが、それこそが、今回の山旅のテーマでもあったように感じている。
そんなことは、又つづく

処暑を過ぎた頃から、暑さのなかにも秋の気配を感じていたが、9月1日明け方の猛烈な雨は、空気を一気に秋のものにした。
標高が高いところのナナカマドは、あの時すでに色づき始めていたが、降りるに従い瑞々しい青だった。
季節が一気に進んだ今頃、ナナカマドはどんな色を見せてくれているのだろうか?