何を見ても何かを思い出す

He who laughs last laughs best

うちからの腐敗

2016-12-29 19:11:50 | ニュース
本来なら今日は、京の都の空の下のはずであった。
夏に信州を、秋に正倉院展を、年末に知恩院をお参りするのは、ここ何年もの家の恒例行事だったが、思いがけず盛大に気分を害してしまい、ワンコには申し訳ないが急遽京都行を取りやめてしまった。
取りやめて、ふて寝して、目が覚め一番に目に入ったニュースが、株価急落であった。

<東京株午後に急落 一時300円超安で1万9100円割る 1部銘柄9割が値下がり>産経新聞 12/29(木) 13:32配信より一部引用
午後になって利益確定売りが膨らみ、東証1部銘柄の9割近くが値下がりしている。
午後1時16分現在は前日終値比309円安の1万9092円。今月13日以来半月ぶりの安値水準となった。

御用納め後の株価急落とあって思わずカレンダーを確認したのは、今日が大納会の日であったか気になったからだが、それは最近ある本を読んでいたからだった。

「鋼の綻び」(相場英雄)
本の帯には、こうある。 
『及川首相が出席する東京証券取引所の大納会で、日本を代表する企業の株価が一斉に原因不明の大暴落を始めた。警察庁出身の首相秘書官・桐野は何者かによる経済テロと断定。元部下の警視庁刑事・土田とともに動き出す。浮かび上がった犯人は原発事故の被災地・福島県と接点があった。大暴落が刻々と進む中、犯行とフクシマの関連が濃くなってゆく―。』

本の帯びには『警察小説の切れ味!経済小説のリアリティ! 「震える牛」の著者が、経済テロで読ませる、唸らせる』と大文字が踊っているが、「震える牛」「共震」を読んだ者からすれば、特に「震える牛」のノンフィクションさながらの筆致に引き込まれた者からすれば、警察小説としても経済小説としても、リアリティに若干欠ける印象を持ったというのが、正直なところだ。
だが、その設定がもつ厳しい現実には大いにリアリティがあり、本のタイトルと帯、そして幾つかの言葉を備忘録に記していたのだ。(『 』「鋼の綻び」より引用)

本書は、首相が出席する大納会で、株価の大暴落を仕掛けられる場面から話が始まるが、それ以前に起っていた数件の殺人事件が経済テロを予感させるとして、首相秘書官・桐野は八方に密かに探りをいれていた。
その一つが、後輩である金融庁監督局審議官への聞き取りだった。
桐野は、護送船団の主要船がバタバタ沈んだ金融恐慌を例に挙げ、金融システムの弱点を訊ねるが、審議官は『我が国の金融システムは鋼も同然です』と受け付けない。それどころか、『金融恐慌の際は、銀行を潰す法律が皆無で混乱が拡大しました。しかし、現在は法整備が済み、あらゆる事態に対処できます。』『金融庁や日銀の踏ん張りで、大手銀行数行と三社の証券会社の破綻のみで日本の金融システムの底抜けは回避された。当時の行政の対応手法がリーマン・ショック時の海外当局の手本になったのだ』と鼻息が荒い。

結果からみれば、本書の経済テロは既の所で危機を回避できるのだが、他の場面で、犯人が云う『自分が賢いと思っている奴ほど、バカさ加減が分かっていない』という言葉は、鋼にも綻びが生じうることを予感させる。

昨日(28日)PM21:38 茨城北部を震源とする震度6弱の地震があり、東北から東海まで広い範囲で大きな揺れを感じた。

あの日以降、日本中がいつ被災地になるかという不安を抱えていながら、それを直視せず、被災地の現状もあまり伝えられていないことを考える時、作中の『俺たちを見捨てやがった日本人全員を殺すんだ』という被災地関係者の言葉は、生々しく心に蘇ってくる。

あの日から、たった5年でここまで復旧・復興してきた日本の底力は素晴らしく誇らしいが、置き去りにされている大切なものや痛みを直視せず、株価と箱モノだけに踊らされていると、手痛いしっぺ返しを喰らうかもしれない事は、そろそろ違う局面を迎えそうな相場と、不穏な動きを止めない大地が示している。

鋼は、強度が高いという利点はあるが、腐食に弱いという弱点がある。

日本中至る所が被災地となりつつある現在、置き去りにされる’’痛み’’を放置すれば、うちから腐敗しかねない。
昨夜の地震と、今日の株価暴落
『俺たちを見捨てやがった日本人全員を殺すんだ』という言葉に、誰もが危機感を持たねばならない時が来ているのかもしれない。

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