何を見ても何かを思い出す

He who laughs last laughs best

とは云え、山では笑う

2016-12-17 14:55:57 | 
「神坐す山の人々」でも書いたが、私が初めて山岳ミステリーに出会ったのは、代々木か駿台か河合か忘れたが、ともかく国語の模擬テストだった。
松本清朝氏の推理短編集「黒い画集」「ある遭難」から出題されている問題文を読み、合格したら必ず全文読もうと思ったのが、初めての出会いだった。

忙しい現在、本箱のどこかに埋もれている「黒い画集」を探す時間がないので、作者・松本氏の正確な言葉を書くことはできないが、松本氏が「ある遭難」(1958年10月~)を書く切っ掛けとなったのが、頻発する遭難事故だったという。当時は井上靖氏が「氷壁」(1956年2月~)を書かれていることからも分かるように、登山ブームが巻き起こっており、それだけに遭難事故も多発していた。
そこに目をつけ、その遭難のなかの幾つかには、事故ではなく事件が紛れ込んでいるのではないかと考えたのが、松本清朝氏だった。

それ以来、山には痴情のもつれ金銭関係のもつれ、私怨怨恨さまざまな動機が持ち込まれ、多種多様な事件が起こるようになった。
山は、完璧な密室と同様の状況を設定しやすく、未必の故意か明確な犯意かという心理戦も描きやすいせいか、山岳ミステリーの出版はあとを絶たないが、実際に山岳救助隊のなかに捜査一課のデカが配属される事態となっているなら、山はかなり深刻な状況だと思わせる本を読んだ。

「生還」(大倉崇裕)
本書は山岳ミステリーとして読めば、多少ひねりが足りない感じがしないでもないが、短編小説としては山の描写も山屋さんの心情や友情も上手く描かれているので、時間はないが何か読みたいという今のような時には、とても良い本であった。

本書の素朴な良さは兎も角、気になったのが、主人公・釜谷だ。 (『 』「生還」より引用)

釜谷は、長野『県警捜査一課の刑事でありながら、山岳遭難救助隊に志願したという変わり種だ。』
『年々増加する山での死亡事案。その中には、ごくわずかではあるが、状況に不審な点の認められるものもある。だが、現場が険しい山中である場合、救助活動や自然条件などによって、証拠は「汚染」されてしまう。
そうした状況に対応するため、特別に任命されたのが、釜谷であった。
遭難救助の過程で遺体を発見した場合、通常はそのままヘリなどで搬送され、検死、解剖へと回される。だが、現場で捜索隊等が不信を感じた場合、釜谷にお呼びがかかる。釜谷到着まで現場はそのまま保存されるのだ。
実験的導入から二年、釜谷一人であった特別捜査係に、増員が認められた。人選を一任された釜谷は、なぜか新人である原田を選んだ。』

山に捜一のデカが配属されるという実験的導入から、わずか二年で増員が認められるほど、山は乱れているのか。

素人山登り派の私は、夏に一度か二度、上高地から穂高や槍や蝶が岳に登るのを楽しみにしているので、長野県警山岳警備隊の方々をよく目にする 
朝5時の朝食時には、警備隊の方がその日の天気や注意点をレクチャーして下さるし、涸沢のヘリポートでは双眼鏡で絶えず岩を監視されているのも、知っている。
これらは全て不慮の事故に対処するためだと思っていたが、その中には事件も紛れ込んでいるかもしれないという。

「上高地は、夜にはゲートが閉まり外部からの侵入が不可能になるため、日本一安全安心な山だ」 というのは、我が家がいつもお世話になる上高地のホテルの方の話だが、ワロモノは何も闇夜に紛れてこっそり外から入って来るとは限らない。
昼間、堂々と登山者に紛れて入っているかもしれないのだ。
滑落や落石事故を装い、あるいは疲労凍死に追いやるという未必の故意もあるかもしれない(「ある遭難」)。

そう考えると、捜査一課のデカさんが山に常駐してくれているのは、残念で悲しいことだが、有難いことなのかもしれない。

ただ、今年の長野県警の山の警備は、これまでになく華やかで緊張感を伴うものだったと思う。
8月11日、上高地で行われた「第一回 山の日記念全国大会」に皇太子御一家が御臨席されたからだ。

 
揃いのTシャツで規制線を張ったり観光客を誘導する長野県警の方々も、それぞれラフなアウトドアのシャツに身を包みながらも眼光鋭く警備されるその道のプロらしき方々も、うまく上高地の自然のなかに溶け込みながら、警備されていた姿が印象に残っている。

そのような事を思い出させてくれた本に感謝しながら、年賀状につかう山の写真を探している、年の瀬の穏やかに晴れた午後である。
もしかすると、つづく

参照、「山では笑う」

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