明治四十五年、東京朝日新聞に掲載された中勘助の「銀の匙」には、明治二十年代の小石川の子どもたちのようすが生き生きと描かれていました・・・。
「あの静かな子供の日の遊びを心からなつかしくおもう。そのうちにも楽しいのは夕がたの遊びであった。ことに夏のはじめなど日があかあかと夕映えの雲になごりをとどめて暮れてゆくのをみながら、もうじき帰らなけ れば、とおもえば残り惜しくなって子供た . . . 本文を読む
累進課税は高所得者差別なのでしょうか。
高所得者を虐めることなのでしょうか。
国民保険料にしても、保育園の料金にしても、収入が少なければ低くおさえられ、高収入なら高いです、安定した社会があって、働き、消費する人々がいて、大企業の経営者たちは高所得を得られるのでしょう。
社会が安定してまわっていくには、
貧しいから進学をあきらめる若者がいない社会、
低収入の人も社会からのサポートを受け、健康で . . . 本文を読む
(主催・草の実アカデミー)
講師は今治で加計学園疑惑を追及してきた黒川敦彦さん。
今の安倍内閣を見ていると、アベ一強政権が壊れていく末路を見ている感じ。
かつての開発独裁の途上国のように、首相が一族とか、友人に国の財産、利権を譲渡する・・・官僚が文書を改ざん、隠ぺいする、そして、今政府にお仕えしていた官僚たちがアベ政権を見限ったのか、改ざん文書がでてくる・・・こんなハチャメチャな事態にな . . . 本文を読む
例えば、こんな感じである。
「よろしくお願いします。」→「礼」
となるのだそうである。
つまり、先に「言葉・あいさつ」→後で「動作としての礼」
となるのである。
それが「正式」なのだと、「道徳」の「教科書」には、書いてあるとのことである。
先日、スポーツの試合会場で、多くの高校生は
「礼」→「よろしくお願いします。」
としていた。
つまり、先に「動作としての礼」→後で「言葉・あいさつ」
と . . . 本文を読む
1年前の今ごろ 2人の孫は初めて生身の対面をした
4歳の女の子と7歳の男の子だった
スカイプで彼の顔を知り 少しは話もしていた彼女は
会うなり こんにちは😃と話しかけたが
彼の方は 黙って一緒にいるだけ
それでも 時間とともにコミュニケーションできるようになった
アンデルセン公園やアスレチック広場では共に歓喜の声を上げていた
家の中では かくれんぼをしたり彼のお気に入りの遊びを教えて遊んでいた . . . 本文を読む
スマホ(または、アイホン)、タブレットが全盛である。
そこかしこで「タッチパネル」である。
さらに「音声認証」機能で、誰もが「口述筆記」ができてしまうくらいである。
しかし、職場における、様々な文書は、ほとんど「キーボード(パソコン)」で作られる。
今どきも含めて、若手の人々の間では、これからは職場の文書作成は「タッチパネル」と「音声認証」機能でなされるようになるのではないか?
しかし、ま . . . 本文を読む
フランスの学校は9月が年度の切り替え
義務教育は満6歳から16歳までの10年間
学年制度は小中高の5・4・3制だ
因みに学年の呼び方は
例えば日本の中学校に当たる「コレージュ」は
入学時は6学年から始まり 3学年で卒業する
高校に当たる「リセ」は2学年 1学年と上がっていくシステムだ
しかし 落第も飛び級もある厳しさだ
それはともかく 孫娘は今年の9月に小学校へ入学する
現在5歳だが 12月生 . . . 本文を読む
この絵は昭和13年発行の「小國語讀本・巻三」の挿絵です。
「ササ舟」と題され、春の小川で楽しそうに遊んでいる小学生が描かれていますが、画家のサインはありません・・・。
-M.N- . . . 本文を読む
学校で習った民主主義が今、最大の危機に陥っています。
国権の最高機関で嘘をつき、きまり(憲法)を守らず=立憲主義を蔑ろにし、「国民」を愚弄し、強権を発動する人間が支持されるなら、このクニの未来は暗黒に染まります。
「0414国会前大行動」と銘打った昨日の大衆行動は、事前に新聞への意見広告を掲げたりSNSで呼びかけて全国各地で取り組んだものです。
第1部で3万人の人々が集まり、第2部が終了するま . . . 本文を読む
この作品は、戦前版の「キンダーブック 5-2(昭和7年5月号)」の表紙です。
「トケイ」と題する特集号で、家族が見ている駅の時計を描いていますが、子どもたちのかぶっている帽子や服装にモダンさが感じられますね・・・。
-M.N- . . . 本文を読む
“この頃から私には、社会といふものが次第にわかりかけて来た。
今までは薄いウエ―ルに包まれて居た世の相がだんだんはっきりと見えるやうになった。
私のやうな貧乏人が何うしても勉強も出来なければ偉くもなれない理由もわかって来た。
富めるものが益々富み、権力あるものが何でも出来ると云ふ理由もわかって来た。
そしてそれ故にまた、社会主義の説くところにも正当な理由のあるのを知った。
けれど、実のところ私 . . . 本文を読む
「話を聞かせてほしい。」
と、近づいてくる人がいる。
その人自身は「善意」でいるのかもしれない。
しかし、大抵の場合、はた迷惑である場合が多い。
本人の話をはじめのうちは聞くのだが、全部聞く前に
「何が正しくて、何が間違いなのか。」
勝手に決めつける。
善悪を決めてほしいなどと頼んだ覚えもないのに、「全ての正解は自分が決める」と言わんばかりに。
それはまだいい方で、中には本人の話を聞く前から . . . 本文を読む