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高齢者になっても、ヒマ・ひま・暇やはり暇

高齢者「さいら」ブログ。リタイヤーから、晴れて高齢者の仲間入り。店名をマイナーチェンジ。内容は以前と同様雑他。

我が団地の諸事情(番外):若かりし頃の水事情(全体)

2008年11月13日 | 外なる話題
我が団地の諸事情(番外):若かりし時の水事情(1)
今住んでいる団地の水事情に入る前に、「我が団地の諸事情」とは関係がないが、結婚した当初、水道には悩まされた。「若かりし頃の水事情」として、数回記事にしよう。
県外者であった「さいら」は当然結婚しても、その住居がなかった。民間の住居を借りるにしても敷金とかに必要な余裕金がなかった。独身の頃は夕食付きの間借り住まいで有った。「さいら」はいつでも、食事つきが、下宿の条件であった。
結婚が具体化するにつれて、住居を考えなければならなかった。県の公舎も年度途中と言うことで、空きがなかった。住居で困っている話を周囲の方々にしているとき、よい話を教えて貰った。
県営住宅の管理人に空きがあるとの話である。今では信じられないが、当時は県営住宅の管理人は県職員がすることになっていた。言わば、県職員枠が県営住宅に有ったのである。
入居してすぐに、なるほど県職員でないと勤まらないと思ったのも確かであるが。
管理人がどのような仕事をするのかは二の次であった。取り敢えず、住まいを確保しなければならなかった。県営住宅であるから、いくら県の枠と言っても、入居できる条件は、一般の入居者と同じであった。
例えば、所帯持ちであるとかである。それで、上司に頼んで、結婚予定証明書の様な書類を書いて貰った。一番の問題は所得制限であった。所得制限と言っても、高額所得者が制限されるだけではない。低額所得者も問題で、その所得制限は針の穴に通す様な条件であった。そう言う時に公務員は具合が悪いのであるが、幸い競争者もなく、詳しくは書けないことであるが、所得制限もクリヤーした。
そして、正式に入居許可が出たのは結婚式の数日前で、その時に漸くカギを貰った。所帯道具などの荷物はほとんどなかったが、結婚準備で何かと忙しい中、布団とか本とかの自分の荷物だけはそこへ移した。家財道具などの一式は私どもの旅行中に買い揃えてくれた。

我が団地の諸事情(番外):若かりし時の水事情(2)
その県営住宅はJR和歌山駅から阪和線で当時3つ目の駅にあり、そこから徒歩で15分くらいであった。周りは農地ばかりに忽然と現れた新たに当時開発された団地の一角にあった。
4階建てで、(と言うことはエレベータがないと言うことである。)一棟に付き階段が3か所ある。その階段の両側に部屋が有る建築であった。24所帯が1棟に住んでいることになる。そう言う建物が確か10棟ほどで「県営住宅」を形成していた。
その県営住宅の周辺には戸建ての住宅が有り、それらはそれらで「団地」を形成していた。
当時の県営住宅の設備基準で驚いたことが有った。エレベータがないためであろうか、階段の踊り場には「ダストシュート」があった。ごみはそのダストシュートから落とす仕組みであった。なるほど便利だと思ったが、何のことはない。「さいら」は一階で有ったので、
有効利用することもなかった。今の様なに別収集が行われている場合には、とても信じられない。その内に、そのダストシュートは使用禁止になった。
風呂が標準として設備されていなかった。と言っても、近くに銭湯が有った訳ではない。周りは田圃しかなかった。風呂と洗濯機を設置する空間は有って、水回りはそこから取れるようになっていた。しかし、入居者は浴槽などを別途購入し、設置しなければならなかった。「さいら」は途中から入居したので、前の住民が浴槽を設置していて、話し合いの中でその浴槽を買うはめになった。本来ならば、前の住民は浴槽を撤去しなければならないので、当然無料にせよと言えなかった。相手も勿論管理人であり、県関係者であったので。

我が団地の諸事情(番外):若かりし時の水事情(3)
管理人手当も全くないし、家賃も全く同じ額である。勿論年末に御歳暮とか洒落たこともない。管理人の空きが有ると優先的に入居出来た以外の特典は全くなかった。前任者との事務引き継ぎを行った。この辺りから水事情に触れることになる。
県営住宅の管理人の仕事は特に何もない時は何もない。楽なものである。しかし、例えば、水道が止まったりすると、深夜でも、早朝でも、そして日曜日であっても、県の担当者に連絡して、直ぐに業者に来てもらわないといけない。
そして、業者が来て、修理するまでの間は、当然、苦情を承る必要がある。修理に時間が掛かれば掛かるほど住民の方の怒りは酷くなる。水道が出ないことには、お住まいの方々はその怒りが収まらない。ところが県の担当者が、日曜日や夜は捕まらない時が多かった。県の担当者に繋がると業者の対応は早かった。通常の場合はその苦情をお聞きするのは妻の仕事であった。
県と住居者とのクッションの様なものであるとの説明が有った。そして、その水道周りではずっと悩まされる結果となった。

我が団地の諸事情(番外):若かりし時の水事情(4)
当時の県営住宅の水道の仕組みは次の様であった。と言っても、集合住宅としては、全く一部分を除いては標準的なものであった。
棟ごとに受水槽があって、そこへ市は水道水を供給する。その水をポンプで屋上の配水槽へ上げて、そこから、各室に落差を利用して、配水する一般的な方式であった。それは別に問題ではないのであるが、前任者と引き継ぎで驚いた。「各戸には水道のメータがありません。」
それで、前任者がさらに言うには、
「市への水道料金支払いは受水槽のメーターで決まります。」
「これは問題が有りません。」
「水道局から請求書が来ます。」
「屋上へ水を上げる電気代ですが、」
「これもポンプ室のメータで関電から請求が来ます。」
「問題は有りません。」
「費用は確定します。」
「問題は各戸から費用に基づいて、水道料金を集めることです。」
「その時に、市への支払う水道代にポンプに電気代を足します。」
「その額を所帯数で割ります。」
「今は満室ですので24になります。」
「それが一戸当たりの水道料金です。」
「それを管理人が集金します。」
「水道局・関電の請求書と領収書」
「各戸の水道代の計算書・領収書は大切に保存してください。」
「これが今までの書類一式です。」
と引き継ぎの文書を頂いた。
「と言うことは子供がいたりして、」
「所帯人数が異なってもパー割ですか?」と聞くと
「私はそうしていました。」
「しかし、パー割はおかしいと言う声が最近増えています。」
「県から指定された計算方法は有りません。」
「管理人の自由です。」
「皆さんから苦情がない方法を工夫された方が良いです。」
「しかし、全所帯が納得する方法はメータがないので不可能です。」
「各戸への集金ですが、これは結構面倒です。」
「何回も足を運ぶ必要があり、」
「文句の一言二言を聞かなければなりません。」
これは大変な仕事だと思ったが、時はすでに遅しである。

我が団地の諸事情(番外):若かりし時の水事情(5)
水道料金集金以外にも水道に関しては色々とあった。夏になると市からの水道供給量が極端に減るのである。新団地が出来たのに市の水道水供給体制が整っていなかったのであろうか?或いは住宅設計の時の瞬間水需要予測が間違っていたのであろうか?それで棟全体が断水になったことが多かった。
面倒な話も持ち込まれた。各棟に2か所共同で利用できる水道栓が設置されていた。その栓は管理人が管理しているのであるが、大層なものではない。そして、その頃車も少なかったのであるが、その共同栓で「洗車」する人がいるのである。当然これはおかしいのではないかとのクレームが出て来る。
パー割については、管理人が変わったのを機会にして苦情が来る。結局のところ、何回か棟の住民に集まって貰い、会議で、いくつかの案を提示して皆さんの納得できる方式に切り替えたりもした。
「さいら」は日曜日以外は日中いない。大概文句やご意見をお聞きするのは妻の仕事であった。今妻が忍耐強いのは、この時の経験の賜物はないかと思ってしまう。それと同時に出来るだけ早く管理人から退散しなければならないと強く思った

我が団地の諸事情(番外):若かりし時の水事情(6)
何とかして、この管理人の役目を終わりたいと思っていた。二年近くその県営住宅にいたが、同じような関係で県の住宅公社の管理人の口が有った。そこは確か8階建てで、一階と二階はテナントが入っていて、参階から八階は住宅であった。
管理人の条件を聴くと、家賃は滅法高いが、管理人手当が若干出る。各戸の水道のメータ勿論付いており、水道メータ室の集中管理であった。月一回そのメータを記録して公社に報告する。水道検針の「お手当」も有って、ほぼそれらで家賃はひき引きになった。各戸の支払いは各戸が公社へ振り込みでする。集金も不要で有った。
それよりも何よりも良かったのは、トラブルが生じた時には、直接業者に電話をして、来て貰うことが出来たことである。前の県営住宅のように同じ県職員ならば、何時机を並べて仕事をしなければならないか分からないので、強くは言えないが、相手が業者で有れば、
一方的にこちらの要件を伝え、直ぐ来るように強く言えた。
即座にその管理人を引き受けたことはその通りである。しかし、良いことばかりでもなかった。

我が団地の諸事情(番外):若かりし時の水事情(7)
公社と民間会社との合同ビルであった。1,2階はテナント、3階から上が公社の管理であった。そこはJR和歌山駅の近くであり、商店街も当時は賑やかで有ったので、何かと便利であった。
八階あるあるので、エレベータが設置されていた。それは良いのであるが、いわゆる出入り自由の下駄ばき賃貸マンションであった。そのエレベータの非常ベルが、管理人の部屋に直結されていた。エレベータの「警報が管理人室へ」と言うことは、滅多矢鱈に外出できないことになる。
単に、エレベータ事故だけでなく、下駄ばきと言うことで治安上も色々と問題もあった。それで、夜のエレベータの運行は強制的に各階止まりに途中でなった。多分この点は、数年のうちに負担が大き過ぎると言うことも有って、エレベータ管理会社に連絡出来るようになった様だ。
結構多かったのが、「鍵」の問題であった。住民がカギを職場に忘れて来て、紛失したりして、或いは縁者の方がカギを持たずに来訪して、管理人に「部屋の合鍵を貸して下さい。」
と言ってくることが多かった。
「それは持っていない。」
「マスターキーもない。」
と言っても信じて貰えずに、押し問答を何回もした。押し問答をしても「ないものはない。」のである。ご本人と確認できたときは関係業者の名簿で、「鍵紛失連絡先」で業者に来て貰うはめになり、結構大ごとになった。
中にはご丁寧な住民の方もおられて、盆暮れには付け届けも頂いたが、本当に困ったことであった


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