巨人・大鵬・卵焼き(2005年6月29日)
その前に一言言い訳を:株価の話です。今日の日経平均は・・・。今日も上昇していますが、上昇した時には何も言わないのが私の今のスタンスです。私が思うことですが、1万5千円程度まで上昇するのは我が国の経済実態から見て当然であろうと思っています。それを超える時には少々のコメントが出来ると「期待」しているわけです。
さて、今日の話題です。「巨人・大鵬・卵焼き」。この言葉が素直に出て来る世代は「争いごとを嫌う。」「先輩の戦後復旧の努力を旨く引き継げなかった」「天下太平」の時代である私たちの世代の言葉です。
巨人です。:「巨人が勝っている時に、しかも巨人が攻撃している時」にしかテレビをみない同僚がいました。真の巨人ファンです。私はそれ程ではありませんが、巨人ファンであることは間違い有りません。現役の堀内投手はその前の藤田投手と共に私は大ファンでした。ホームランを打たれても「何で?」「良い球だったのに。何で??」の表情が「これぞ投手の自負心」と何時も思いました。しかし、コーディネータである監督の職責にもかかわらず、その同じ表情が監督の今も・・・。「結果責任」を取るのが管理職というか監督者の存在理由と思います。今の巨人救済のために、そして我が国プロ野球救済のために「長嶋茂雄」が応援に登場とか。カリスマに頼るのは「巨人・大鵬・卵焼き」の世代としては避けたいのですが、
大鵬です。:「常勝」の大鵬。昼のテレビ番組に「常連」の貴乃花部屋親方。古典芸能に付きもののいつものお家騒動を面白おかしくは「ごっつぁん」としか言わない無口の相撲界も例外では無くなりました。テレビにしても、新聞にしても、週刊誌にしても要は「コマを埋めてなんぼ」の世界。肩の調子が悪いので通院していますが、その待ち時間に読む二つの週刊誌、見事に相反する立場。そして、その立場の違いを紹介する「他の週刊誌」。それで、「共存共栄」が成り立っているようです。双子山親方の遺産がどうなってもマスコミには関係がないのです。話題を作って、その間、「埋めたコマ」が売れればよいわけです。争いごとは目立たない様に、そして、強い弟子を育ててと念願しています。
「卵焼き」です。:これは社会的にも深刻です。卵は「物価」の優等生ですが、養鶏業は「鳥インフルエンザ問題」です。インフルエンザは鳥が介在して広く伝播すると言われています。実はこれに関しては人間が作った生態系は?と言う「大きな課題」が有る様に思えます。伝播する鳥には責任はないのです。
或る区域を単一の生物、例えば杉や檜等だけの人工林、一面の背丈が見事に揃った稲の田んぼ、養殖場等々が実は問題なのです。単一の生物だけでなくその「高密度」も問題です。そしてその最たるものはヒトが作った都市です。生産性・効率は上がります。しかし、雑木も、雑草も、その他諸々の小動植物も「大切な生態系」を形成しています。生態学の分野では単一生物を考える「個体群生態学」と生物間の相互関係を考える「群集生態学」が有るそうですが、その選択肢の問題であろうと考えています。
籾殻に卵を丁寧に入れて出産祝いに持って行った卵が貴重品であった時代はやはりもう受け入れられないのでしょうね。「さいら」
トラベラーズチェック(2005年7月19日)
昨年の秋に、英語は全く知らないのに、自分の年齢も顧みず、恥じらいもなく始めて米国へ一人旅。旅行の顛末はその内に「さいら」の「ブログ」にもと言うことで。
その時に、初めてトラベラーズチェック(日本の略語でT/C:この略語は米国では通じません。)なるものを購入・持参。購入時、¥$為替レートが急に円安になった時。やむを得ません。1$:110¥超。旅行中に現地の新聞を見ると、逆に日々円は↑↑。嫌な気分です。
現金はほぼ使い切りましたが、T/Cは少々残りました。帰国後、為替相場も105円ベース。その処分の方法が課題です。残金ですから、実際ほんの少々の額ですが、BuyとSellの差損や手数料はやむを得ないにしても、そのレートそのものが、無性に腹が立ちます。気分の問題です。
帰国して、まずしたこと。証券会社に電話。「$のT/Cをそのまま、米$のMMFに入金出来ますか?」「申し訳ございません。出来ることは出来ますが、一端、¥に両替して、¥で$を購入して頂くことになります。」今年の5月関空の両替所で「これを£に両替したいのですが?」答は証券会社と同じ「出来ますが、¥に両替して、¥で£を購入頂くことになります。現地で直接、£に両替された方がお得です。」どちらも結局の所、手数料を2度取ると言うこと。とまあ、このような経過があって約8ヶ月、大事に、大事にタンス保管。漸く金曜日為替相場がこの数日の円安を受けて、111円を超えました。九月以来の円安。
近くの銀行へ早速電話「$のT/Cは支店で¥に両替出来ますか?本店でしょうか?」電話に出た行員「暫くお待ち下さい。」代わって出て来た男性行員「はい。できます。通帳へ入金頂けるのですね。来店されたら、順番の番号札を取らずにそのまま、「融資・為替」の方へ尋ねて下さい。上の方のサインはご来店時に書いて頂きます。」「通帳へ入金云々は信用されていない証拠?」後段は「通常のT/Cの使用方法」。取りあえず、通帳と共に持参。パスポートの代わりに、車の免許証を提出。最近の金融機関は本当に本人確認に懸命。係の人は自行関係T/Cでないために「チェック」を念入りに開始。分厚いファイルを奥の方の書庫から取り出して来て、発行会社と同じ模様のT/Cを探します。小さな支店では余り扱うことがキッと無いのでしょう。無事ファイルの後の方から持ち込んだT/Cと同じサンプルが出て来て、目出度し。目出度しでした。印鑑が要らなかったことが何故か印象的。
その八か月間、勉強になったこともあります。通貨としての$です。幾ら$が世界の基軸通貨と言っても、当然ですが、日本国内では財の交換手段としての貨幣機能は全くなく、単なる売買の対象となる商品でしかないこと。こちらの方が大事ですが、¥$相場に敏感になったことです。どのようなトレンドで有っても、プラスマイナス5円程度は年に何回かは変動するのが為替相場だと言うこと。待つことは正に「海路の日和」と言う訳です。
手帳(2005年7月5日)
昨日のワッチしている株価ですが、昨日もそれなりの上昇。600円台は難しそうですが、500円台は回復するかも・・・。重たい話が続いたので、今日は少し軽めの話題です。夕食時、飲みながらの一時です。
この四月で現役を引退した或る旦那の話「引退してからは、手帳がはっきりと、白紙状態。寂しいなあ。」その妻「何時も電話でも、手帳を見ながら、都合が良いとか、悪いとか言っていたのにね。」と言う訳で今日の話題は「手帳」です。
実は、私も手帳愛好者でした。それには、理由がありました。若い頃の話です。「(月間)週間予定」を書く白板がどの職場にも置いてあります。その頃、私は自分の出張等の行動予定をこまめにその白板に書いていました。小さな課ですから、課員全員の共同の予定表です。空白が多いので、何となく空白を埋めておかないと「気色が悪い」自分の性癖もあります。出張予定までは良いのですが、仕事関係の夜の懇親会等も丁寧に書いていました。自分のメモ帳代わりです。
ところが、ある時、上司「君、何でもかんでも予定表に書かない方が良いよ。」「誰が入って来るか分からんからなあ。」「来訪者に根掘り葉掘り聞かれて困ったよ。」もっともな話です。それ以降、白板には「管内循環」と書くだけで、真の予定・他の予定は書かなくなりました。若い頃は書かなくても、覚えているのですが、時と共に、そうも行かなくなります。その内に手帳のお世話にならざるを得なくなりました。
そこで、当時流行していた、「システム手帳」をまず購入。一方では、「手帳はこれだけ」と薄っぺらな手帳を示しているコマーシャルもありました。そのシステム手帳ですが、熟慮を重ねた結果と言うよりも、「システム手帳」の「守り」に私は付き合えきれないことが直ぐに明らかになったのです。手帳の中身を豊かにするために色んな「リーフ」があり、揃えるとなると結構「高もん」になりますが最初の頃は取りそろえたものです。致命的な欠点と私が思ったのは「ポケット」に入らないことです。これ見よがしに、手帳を持ち歩くことは、恥ずかしやがりの私にはもう一つです。手帳用の資料作成となると、縮小コピーをして、手帳の大きさに切り取って、穴を開けて、バインドする。結構手間が掛かります。しかも、本当に必要な資料は「システム手帳」には入りきらない。一層その場その時で、必要ならば、資料を持参すれば済むこと。さらに、本来手帳が持つ機能ですが、システム手帳に予定等を記入するのは分厚くなればなるほど、書きにくくなります。下手をすると、そのページを外して記入することになりかねません。(写真は購入したシステム手帳:一応資料もバインド)そう言うわけで、「システム手帳」は使わなくなり、コマーシャル通り「出来るだけ薄い手帳」を愛用しました。歳を取ってからの執務室の「予定表の白板」は何時も真っ白でした。「予定表」には何も書かない流儀がついてしまったのですが、手帳の方は予定・思いついたことなどで直ぐにぎっしりと埋まります。如何にも「仕事をしている。」「忙しい毎日」を実感して、自己満足できます。
筆記道具は、皆さんもそうでしょうが、「シャーペン」で濃さは「B」です。決して「ボールペン」や「赤鉛筆」は使いません。予定は度々変わるからです。そのために○・◎・★の私だけが知る「目印」を付けておきます。勤務先発行の手帳も購入します。それにはどうしても仕事に必要な情報等が書かれているページが数ページ有ります。先ずその部分を切り取り、愛用の「薄い手帳」の後に挟み込みます。これが私流の手帳です。
それともう一つ、これは実に嫌な話ですが、新しい手帳を年(度)代わりに購入すると、今まで使用していた手帳は「焼却」することです。或る先輩の習慣です。昔々職場に「家宅捜索」が入ったことが有るそうです。その時に別の職員が机の中に大切に保管していた過去の手帳を押収されて赤裸々に犯罪事実が・・・。
最後に最初の話に戻ります。「手帳があるだけ未だ良いよ。去年から私は手帳を持たなくなった。」というリタイヤー先輩である私の嘆きの一言です。
中学校時代の成績(2005年9月2日)
中学校の2年生の成績が非常に良かった。所々に4があり、5もあった。それには深い理由があった。最早時効でもあり、そんな馬鹿な親と教師はいないと思うから記事にしてみよう。
隣の学校に友達がいた。学年は「さいら」と同じである。その親は高校の教師をしていた。遊びに行って、彼の勉強部屋で分厚い教科書を見つけた。教科書ではなくて、「教師用」の「サボ」と言うか、「虎の巻」であった。「指導書」と言うのかも知れない。数学ならば、問題の正解が赤字で書かれている。生徒用の「サボ」(自習署)は知っていたが、教師用にそんなものが有るとは驚いた。
校区が違う気安さから、「言うたらあかんで。」「これ便利やで。」と言いながら、その教師用のサボをパラパラ捲って見せてくれた。そして或るページを見せてくれた。そこには、「模範試験問題」とその解答が載っていた。「これ当たるねん」
「便利やで」校区が違ったので、当時は使用する教科書も違っていた。勿論同じのもある。「さいら」は友達に頼んだ。「数学と英語の教科書が違うなあ。」「お父さんにそれも借りてきてよ。」
実際、その「模範試験問題」は驚くほどそっくりそのまま試験に出るのである。先生によって違うが100%~50%ほど出る。お陰様で二学期の成績はぐっと上がった。母親は「おかしいなあ」「そんなに成績が良い訳がないのに。」「山が当たったんだよ。」とかいって誤魔化した。
三学期の成績も然り。「おかしい。」「本当のことを言いなさい。」と叱ってきた。仕方が無く、ことの顛末を話した。母親は怒り狂ってきた。そして「もうしません。」と約束さされた。「さいら」は少々残念な気持ちもあったが3年生の成績は元通りの成績に戻った。母親は納得した。
ロボカップ2005(2005年9月18日)
今日テレビを見ていると、ハイビジョンで「ロボカップ2005」をしていた。実況では無いかも知れないが、その技術に驚いた。
パス有り、ドリブル有り、衝突有り、ループシュート有り。本当のサッカーよりも面白そうだ。決勝は日本とドイツワールドサッカーもそう行けば御の字でさい先がよい。解説者も恰も人のサッカーと同じ様な解説をしている
昨日は「観月会」(2005年9月19日)
昨日は「観月会」。結構「暇人」には楽しかった。主催:「和歌山大学宇宙教育研究ネットワーク」、場所:「和歌山大学生涯学習研究センター」、料金;無料、プログラム:主催者等の挨拶、佐藤文隆(甲南大学教授・京都大学名誉教授)の短い講演、お国の中秋行事(和歌山大学留学生)、大正琴演奏(美里町)、二胡とピアノ演奏(二胡:香港で活躍中のプロ。ピアノ:和歌山大学出身のプロ)、その後:月見団子配布。望遠鏡によるお月様の観察。お点前付きお茶サービス。句会。留学生のポスターセッション。
しかし、地方大学の先生は大変だと思う。それよりも論文を書く時間が欲しいだろうと思ってしまう。考えると、今一番経営能力を必要とされるのは地方大学の先生かも知れない。
お月様の観察は省略して、「CD」2枚を購入して帰った。
山車と鉾(2005年9月23日)
最近ある人に聞かれた。時季外れで恐縮です。
祇園祭の「ほこ」とだんじり祭りの「だんじり(山車)」は違うの?何故、あんな雅やかなものを「鉾」というの?祇園祭の「山鉾」は一つの単語?そう言われると怪しくなってくる。何方かご存じの方教えて下さい。
熱狂的阪神ファン(2005年9月24日)
野球の話が出た序でに、或る熱狂的阪神ファンの話です。熱狂的阪神ファンがおられたら、この記事はお読みにならないで下さい。地名を出すと小さい街ですので、今も営業している店の名前が分かります。今から十年ほど前の話です。勿論、昔の話ですので、会話等はその時の雰囲気をお伝えするものです。
居酒屋で少々のいつもの懇親会。「胃に何か固形物も入れないと」と、寿司屋へ行くことに。案内してくれた方「店の主は強烈な阪神ファン。」私「構わないよ。」案内者「気を付けて下さい。」私「分かりました。」と言う親切なレクがあってその店へ。店は、阪神の旗ばっかりでもなく、「虎」は少々御神酒が入っている私位。「まあ、阪神ファンと言ってもガチガチではないな。」と一安心。
偶々運悪く巨人・阪神戦のテレビ中継の真っ最中(私は巨人ファンですから「日中・日韓・日米」と日本人が言う様に、必ず何時でも・何処でも「巨人・阪神戦」と言います。ご免なさい。)。主(あるじ)には都合良く、阪神がリード。私は少々我慢すれば良いだけ。主は年甲斐もなくルンルン気分。「やっぱり今年の阪神は強いですね。」と心にもないお世辞を言う私。更に店の主、気分がよいのか、「お任せ」に、トロ・ヒラメのオンパレード。「良いネタですね。」。これは私の本音で。しかし、何となくテレビが気になります。
そうこうする内に、一打逆転の場面が・・・。運悪く。本当に運悪くです。私はテレビに釘付けになります。店の主も寿司を握るどころではありません。呉越同舟では無いのですが、お客全てが、テレビに見入っています。その時、更に、更に運悪く、いえいえ、私の期待通り見事な「逆転打」。レクは何処かへ飛んでしまって、思わず、席を立って、手を叩いて、ガッツポーズ。大きな声で「やったあ!!」。隣で、案内してくれた方が慌てて私の腕をつかんで、着席を強制します。しかし、「時は既に遅し。」
店の主「帰ってくれ!」「お代は要らぬ!」と言いながら、私どものために、タクシーを。そこで終われば未だ良かったのですが、更に「今日の客は気分悪い。今日はヤメや。閉店。閉店や。みんなも帰ってくれ」と言いながら、提灯の明かりを落とし、暖簾を店に入れます。「さあ、みんな、帰って、帰って!!」私「いやあ、申し訳ないことでした。」
まあ、これで巨人は勝つし、寿司代は要らないし。心の片隅と言うか「大隅」では「にこにこ」。巨人ファンにも私の様な「心の狭い」ファンがいると後ほど些か後悔。「さいら」
その前に一言言い訳を:株価の話です。今日の日経平均は・・・。今日も上昇していますが、上昇した時には何も言わないのが私の今のスタンスです。私が思うことですが、1万5千円程度まで上昇するのは我が国の経済実態から見て当然であろうと思っています。それを超える時には少々のコメントが出来ると「期待」しているわけです。
さて、今日の話題です。「巨人・大鵬・卵焼き」。この言葉が素直に出て来る世代は「争いごとを嫌う。」「先輩の戦後復旧の努力を旨く引き継げなかった」「天下太平」の時代である私たちの世代の言葉です。
巨人です。:「巨人が勝っている時に、しかも巨人が攻撃している時」にしかテレビをみない同僚がいました。真の巨人ファンです。私はそれ程ではありませんが、巨人ファンであることは間違い有りません。現役の堀内投手はその前の藤田投手と共に私は大ファンでした。ホームランを打たれても「何で?」「良い球だったのに。何で??」の表情が「これぞ投手の自負心」と何時も思いました。しかし、コーディネータである監督の職責にもかかわらず、その同じ表情が監督の今も・・・。「結果責任」を取るのが管理職というか監督者の存在理由と思います。今の巨人救済のために、そして我が国プロ野球救済のために「長嶋茂雄」が応援に登場とか。カリスマに頼るのは「巨人・大鵬・卵焼き」の世代としては避けたいのですが、
大鵬です。:「常勝」の大鵬。昼のテレビ番組に「常連」の貴乃花部屋親方。古典芸能に付きもののいつものお家騒動を面白おかしくは「ごっつぁん」としか言わない無口の相撲界も例外では無くなりました。テレビにしても、新聞にしても、週刊誌にしても要は「コマを埋めてなんぼ」の世界。肩の調子が悪いので通院していますが、その待ち時間に読む二つの週刊誌、見事に相反する立場。そして、その立場の違いを紹介する「他の週刊誌」。それで、「共存共栄」が成り立っているようです。双子山親方の遺産がどうなってもマスコミには関係がないのです。話題を作って、その間、「埋めたコマ」が売れればよいわけです。争いごとは目立たない様に、そして、強い弟子を育ててと念願しています。
「卵焼き」です。:これは社会的にも深刻です。卵は「物価」の優等生ですが、養鶏業は「鳥インフルエンザ問題」です。インフルエンザは鳥が介在して広く伝播すると言われています。実はこれに関しては人間が作った生態系は?と言う「大きな課題」が有る様に思えます。伝播する鳥には責任はないのです。
或る区域を単一の生物、例えば杉や檜等だけの人工林、一面の背丈が見事に揃った稲の田んぼ、養殖場等々が実は問題なのです。単一の生物だけでなくその「高密度」も問題です。そしてその最たるものはヒトが作った都市です。生産性・効率は上がります。しかし、雑木も、雑草も、その他諸々の小動植物も「大切な生態系」を形成しています。生態学の分野では単一生物を考える「個体群生態学」と生物間の相互関係を考える「群集生態学」が有るそうですが、その選択肢の問題であろうと考えています。
籾殻に卵を丁寧に入れて出産祝いに持って行った卵が貴重品であった時代はやはりもう受け入れられないのでしょうね。「さいら」
トラベラーズチェック(2005年7月19日)
昨年の秋に、英語は全く知らないのに、自分の年齢も顧みず、恥じらいもなく始めて米国へ一人旅。旅行の顛末はその内に「さいら」の「ブログ」にもと言うことで。
その時に、初めてトラベラーズチェック(日本の略語でT/C:この略語は米国では通じません。)なるものを購入・持参。購入時、¥$為替レートが急に円安になった時。やむを得ません。1$:110¥超。旅行中に現地の新聞を見ると、逆に日々円は↑↑。嫌な気分です。
現金はほぼ使い切りましたが、T/Cは少々残りました。帰国後、為替相場も105円ベース。その処分の方法が課題です。残金ですから、実際ほんの少々の額ですが、BuyとSellの差損や手数料はやむを得ないにしても、そのレートそのものが、無性に腹が立ちます。気分の問題です。
帰国して、まずしたこと。証券会社に電話。「$のT/Cをそのまま、米$のMMFに入金出来ますか?」「申し訳ございません。出来ることは出来ますが、一端、¥に両替して、¥で$を購入して頂くことになります。」今年の5月関空の両替所で「これを£に両替したいのですが?」答は証券会社と同じ「出来ますが、¥に両替して、¥で£を購入頂くことになります。現地で直接、£に両替された方がお得です。」どちらも結局の所、手数料を2度取ると言うこと。とまあ、このような経過があって約8ヶ月、大事に、大事にタンス保管。漸く金曜日為替相場がこの数日の円安を受けて、111円を超えました。九月以来の円安。
近くの銀行へ早速電話「$のT/Cは支店で¥に両替出来ますか?本店でしょうか?」電話に出た行員「暫くお待ち下さい。」代わって出て来た男性行員「はい。できます。通帳へ入金頂けるのですね。来店されたら、順番の番号札を取らずにそのまま、「融資・為替」の方へ尋ねて下さい。上の方のサインはご来店時に書いて頂きます。」「通帳へ入金云々は信用されていない証拠?」後段は「通常のT/Cの使用方法」。取りあえず、通帳と共に持参。パスポートの代わりに、車の免許証を提出。最近の金融機関は本当に本人確認に懸命。係の人は自行関係T/Cでないために「チェック」を念入りに開始。分厚いファイルを奥の方の書庫から取り出して来て、発行会社と同じ模様のT/Cを探します。小さな支店では余り扱うことがキッと無いのでしょう。無事ファイルの後の方から持ち込んだT/Cと同じサンプルが出て来て、目出度し。目出度しでした。印鑑が要らなかったことが何故か印象的。
その八か月間、勉強になったこともあります。通貨としての$です。幾ら$が世界の基軸通貨と言っても、当然ですが、日本国内では財の交換手段としての貨幣機能は全くなく、単なる売買の対象となる商品でしかないこと。こちらの方が大事ですが、¥$相場に敏感になったことです。どのようなトレンドで有っても、プラスマイナス5円程度は年に何回かは変動するのが為替相場だと言うこと。待つことは正に「海路の日和」と言う訳です。
手帳(2005年7月5日)
昨日のワッチしている株価ですが、昨日もそれなりの上昇。600円台は難しそうですが、500円台は回復するかも・・・。重たい話が続いたので、今日は少し軽めの話題です。夕食時、飲みながらの一時です。
この四月で現役を引退した或る旦那の話「引退してからは、手帳がはっきりと、白紙状態。寂しいなあ。」その妻「何時も電話でも、手帳を見ながら、都合が良いとか、悪いとか言っていたのにね。」と言う訳で今日の話題は「手帳」です。
実は、私も手帳愛好者でした。それには、理由がありました。若い頃の話です。「(月間)週間予定」を書く白板がどの職場にも置いてあります。その頃、私は自分の出張等の行動予定をこまめにその白板に書いていました。小さな課ですから、課員全員の共同の予定表です。空白が多いので、何となく空白を埋めておかないと「気色が悪い」自分の性癖もあります。出張予定までは良いのですが、仕事関係の夜の懇親会等も丁寧に書いていました。自分のメモ帳代わりです。
ところが、ある時、上司「君、何でもかんでも予定表に書かない方が良いよ。」「誰が入って来るか分からんからなあ。」「来訪者に根掘り葉掘り聞かれて困ったよ。」もっともな話です。それ以降、白板には「管内循環」と書くだけで、真の予定・他の予定は書かなくなりました。若い頃は書かなくても、覚えているのですが、時と共に、そうも行かなくなります。その内に手帳のお世話にならざるを得なくなりました。
そこで、当時流行していた、「システム手帳」をまず購入。一方では、「手帳はこれだけ」と薄っぺらな手帳を示しているコマーシャルもありました。そのシステム手帳ですが、熟慮を重ねた結果と言うよりも、「システム手帳」の「守り」に私は付き合えきれないことが直ぐに明らかになったのです。手帳の中身を豊かにするために色んな「リーフ」があり、揃えるとなると結構「高もん」になりますが最初の頃は取りそろえたものです。致命的な欠点と私が思ったのは「ポケット」に入らないことです。これ見よがしに、手帳を持ち歩くことは、恥ずかしやがりの私にはもう一つです。手帳用の資料作成となると、縮小コピーをして、手帳の大きさに切り取って、穴を開けて、バインドする。結構手間が掛かります。しかも、本当に必要な資料は「システム手帳」には入りきらない。一層その場その時で、必要ならば、資料を持参すれば済むこと。さらに、本来手帳が持つ機能ですが、システム手帳に予定等を記入するのは分厚くなればなるほど、書きにくくなります。下手をすると、そのページを外して記入することになりかねません。(写真は購入したシステム手帳:一応資料もバインド)そう言うわけで、「システム手帳」は使わなくなり、コマーシャル通り「出来るだけ薄い手帳」を愛用しました。歳を取ってからの執務室の「予定表の白板」は何時も真っ白でした。「予定表」には何も書かない流儀がついてしまったのですが、手帳の方は予定・思いついたことなどで直ぐにぎっしりと埋まります。如何にも「仕事をしている。」「忙しい毎日」を実感して、自己満足できます。
筆記道具は、皆さんもそうでしょうが、「シャーペン」で濃さは「B」です。決して「ボールペン」や「赤鉛筆」は使いません。予定は度々変わるからです。そのために○・◎・★の私だけが知る「目印」を付けておきます。勤務先発行の手帳も購入します。それにはどうしても仕事に必要な情報等が書かれているページが数ページ有ります。先ずその部分を切り取り、愛用の「薄い手帳」の後に挟み込みます。これが私流の手帳です。
それともう一つ、これは実に嫌な話ですが、新しい手帳を年(度)代わりに購入すると、今まで使用していた手帳は「焼却」することです。或る先輩の習慣です。昔々職場に「家宅捜索」が入ったことが有るそうです。その時に別の職員が机の中に大切に保管していた過去の手帳を押収されて赤裸々に犯罪事実が・・・。
最後に最初の話に戻ります。「手帳があるだけ未だ良いよ。去年から私は手帳を持たなくなった。」というリタイヤー先輩である私の嘆きの一言です。
中学校時代の成績(2005年9月2日)
中学校の2年生の成績が非常に良かった。所々に4があり、5もあった。それには深い理由があった。最早時効でもあり、そんな馬鹿な親と教師はいないと思うから記事にしてみよう。
隣の学校に友達がいた。学年は「さいら」と同じである。その親は高校の教師をしていた。遊びに行って、彼の勉強部屋で分厚い教科書を見つけた。教科書ではなくて、「教師用」の「サボ」と言うか、「虎の巻」であった。「指導書」と言うのかも知れない。数学ならば、問題の正解が赤字で書かれている。生徒用の「サボ」(自習署)は知っていたが、教師用にそんなものが有るとは驚いた。
校区が違う気安さから、「言うたらあかんで。」「これ便利やで。」と言いながら、その教師用のサボをパラパラ捲って見せてくれた。そして或るページを見せてくれた。そこには、「模範試験問題」とその解答が載っていた。「これ当たるねん」
「便利やで」校区が違ったので、当時は使用する教科書も違っていた。勿論同じのもある。「さいら」は友達に頼んだ。「数学と英語の教科書が違うなあ。」「お父さんにそれも借りてきてよ。」
実際、その「模範試験問題」は驚くほどそっくりそのまま試験に出るのである。先生によって違うが100%~50%ほど出る。お陰様で二学期の成績はぐっと上がった。母親は「おかしいなあ」「そんなに成績が良い訳がないのに。」「山が当たったんだよ。」とかいって誤魔化した。
三学期の成績も然り。「おかしい。」「本当のことを言いなさい。」と叱ってきた。仕方が無く、ことの顛末を話した。母親は怒り狂ってきた。そして「もうしません。」と約束さされた。「さいら」は少々残念な気持ちもあったが3年生の成績は元通りの成績に戻った。母親は納得した。
ロボカップ2005(2005年9月18日)
今日テレビを見ていると、ハイビジョンで「ロボカップ2005」をしていた。実況では無いかも知れないが、その技術に驚いた。
パス有り、ドリブル有り、衝突有り、ループシュート有り。本当のサッカーよりも面白そうだ。決勝は日本とドイツワールドサッカーもそう行けば御の字でさい先がよい。解説者も恰も人のサッカーと同じ様な解説をしている
昨日は「観月会」(2005年9月19日)
昨日は「観月会」。結構「暇人」には楽しかった。主催:「和歌山大学宇宙教育研究ネットワーク」、場所:「和歌山大学生涯学習研究センター」、料金;無料、プログラム:主催者等の挨拶、佐藤文隆(甲南大学教授・京都大学名誉教授)の短い講演、お国の中秋行事(和歌山大学留学生)、大正琴演奏(美里町)、二胡とピアノ演奏(二胡:香港で活躍中のプロ。ピアノ:和歌山大学出身のプロ)、その後:月見団子配布。望遠鏡によるお月様の観察。お点前付きお茶サービス。句会。留学生のポスターセッション。
しかし、地方大学の先生は大変だと思う。それよりも論文を書く時間が欲しいだろうと思ってしまう。考えると、今一番経営能力を必要とされるのは地方大学の先生かも知れない。
お月様の観察は省略して、「CD」2枚を購入して帰った。
山車と鉾(2005年9月23日)
最近ある人に聞かれた。時季外れで恐縮です。
祇園祭の「ほこ」とだんじり祭りの「だんじり(山車)」は違うの?何故、あんな雅やかなものを「鉾」というの?祇園祭の「山鉾」は一つの単語?そう言われると怪しくなってくる。何方かご存じの方教えて下さい。
熱狂的阪神ファン(2005年9月24日)
野球の話が出た序でに、或る熱狂的阪神ファンの話です。熱狂的阪神ファンがおられたら、この記事はお読みにならないで下さい。地名を出すと小さい街ですので、今も営業している店の名前が分かります。今から十年ほど前の話です。勿論、昔の話ですので、会話等はその時の雰囲気をお伝えするものです。
居酒屋で少々のいつもの懇親会。「胃に何か固形物も入れないと」と、寿司屋へ行くことに。案内してくれた方「店の主は強烈な阪神ファン。」私「構わないよ。」案内者「気を付けて下さい。」私「分かりました。」と言う親切なレクがあってその店へ。店は、阪神の旗ばっかりでもなく、「虎」は少々御神酒が入っている私位。「まあ、阪神ファンと言ってもガチガチではないな。」と一安心。
偶々運悪く巨人・阪神戦のテレビ中継の真っ最中(私は巨人ファンですから「日中・日韓・日米」と日本人が言う様に、必ず何時でも・何処でも「巨人・阪神戦」と言います。ご免なさい。)。主(あるじ)には都合良く、阪神がリード。私は少々我慢すれば良いだけ。主は年甲斐もなくルンルン気分。「やっぱり今年の阪神は強いですね。」と心にもないお世辞を言う私。更に店の主、気分がよいのか、「お任せ」に、トロ・ヒラメのオンパレード。「良いネタですね。」。これは私の本音で。しかし、何となくテレビが気になります。
そうこうする内に、一打逆転の場面が・・・。運悪く。本当に運悪くです。私はテレビに釘付けになります。店の主も寿司を握るどころではありません。呉越同舟では無いのですが、お客全てが、テレビに見入っています。その時、更に、更に運悪く、いえいえ、私の期待通り見事な「逆転打」。レクは何処かへ飛んでしまって、思わず、席を立って、手を叩いて、ガッツポーズ。大きな声で「やったあ!!」。隣で、案内してくれた方が慌てて私の腕をつかんで、着席を強制します。しかし、「時は既に遅し。」
店の主「帰ってくれ!」「お代は要らぬ!」と言いながら、私どものために、タクシーを。そこで終われば未だ良かったのですが、更に「今日の客は気分悪い。今日はヤメや。閉店。閉店や。みんなも帰ってくれ」と言いながら、提灯の明かりを落とし、暖簾を店に入れます。「さあ、みんな、帰って、帰って!!」私「いやあ、申し訳ないことでした。」
まあ、これで巨人は勝つし、寿司代は要らないし。心の片隅と言うか「大隅」では「にこにこ」。巨人ファンにも私の様な「心の狭い」ファンがいると後ほど些か後悔。「さいら」