羊日記

大石次郎のさすらい雑記 #このブログはコメントできません

いつかこの恋を~ 3

2016-02-24 21:27:00 | 日記
「そっか、私もあれっきり」二人とも震災時、練と何度かメールで安否を確認し合い、その後は連絡が途絶え、音が確認しにゆくと練の部屋もその後引き払われていた。木穂子が貸していた金も全て振り込まれていた。「携帯の番号ってまだ持ってる?」まだまだ押す木穂子。音は風呂掃除で水没させてデータを失っていた。「変わってないのかな?」木穂子はキープしていた。「掛けてみようかな? うーん、掛けてみようっ」通話ボタンを触って練の番号に掛ける木穂子。だが、出たのは別人だった。「間違えました。失礼しました」通話を切る木穂子。笑ってしまう二人。
「出なくてよかったぁ。今さら困っちゃうよね?」冗談っぽく話していたが「私、あの時、あなたに負けたって思ったんだ。あなたが今、練と一緒にいないんだったら、私、何で身を引いたんだろう?」本音が出る木穂子。すぐに我に返った。「別に今さら何がっていうワケじゃないんだけどね? でもたまーに、練の名前で検索しちゃったりするの」ワインをあおる木穂子を見ていた音は、目を逸らした。帰宅した音はふと思って『曽田練』で検索しそうになったが、笑って、やめにした。
後日、本社の派遣事業の社員として音の施設に来た朝陽に神部は伺いを立てるような素振りを見せていた。法改正もあり、介護事業の採算を取るのが難しくなり、他の施設は売却が決まっていた。「ウチはどうなんでしょう?」「どうだろねぇ」「何とかして下さいよぉ」すり寄る神部。「そんな権限無いし、まあダメな時はダメなもんだけどね」随分あっさりしたことを言うようになった朝陽。苦い顔の神部に音がコーヒーを持ってきた。「手、洗った?」素早く聞く神部。「洗いました」うんざり気味の音。神部がコーヒーを持って離れると、音と朝陽は黙って顔を見合わせ、朝陽は持参のペットボトル飲料を飲んでおどけて、音を笑わせていた。
     4に続く

いつかこの恋を~ 4

2016-02-24 21:26:49 | 日記
仕事の後で、朝陽は音をレストランに連れて行った。「手、洗った?」神部の真似をする朝陽。「洗いました」返事を再現する音。二人は笑い合った。音は静恵からもらったネックレスを身につけていた。「ネックレス、珍しいよね?」「静恵さんにもらって」「似合ってる」「やめてよ、緊張するから。だからファミレスにしようって言ったのに」落ち着かないらしい音。「これくらい普通だよ」「普段来ないじゃんっ」「それはだって」もう2年付き合っていたが、音はいつも忙しく、クリスマス等も一緒に過ごせていなかった。「仕事」「音ちゃんが引き受けちゃうからでしょ?」「だって、皆、彼氏と約束があるって」そこまで言って、目の前の『彼氏』が苦笑しているのに気付く音。
と、音のスマホが振動した。「どうぞ」朝陽に促され、鞄からスマホ取って確認すると船川からだった。音が席を外し、船川と話しにゆくと、朝陽は知り合いらしい店員と打ち合わせして、デザートを注文したタイミングで照明を落とす等して、プロポーズをアシストしてもらうことを確認した。指輪の箱を見て緊張している朝陽。「デザート何にしよっか?」音が席に戻るとやや焦って朝陽は段取りを進めようとしたが「船川さん、困ってるみたいで」音に船川が朝陽に相談に乗ってほしいと頼まれたと持ち掛けられ、戸惑わせされたが「わかった」プロポーズは一旦諦め、引き受けることにした。
音の家で朝陽が随分暗くなった船川から話を聞くと、受け身の姿勢に突け込まれ、船川は派遣先で相当な残業を手当て無しで強いられ、精神的に病み、診断書まで医者に出してもらったが、甘えていると毎日反省文を書かされていると訴えた。「なるほど、わかった。上に相談してみるよ」やや困惑しつつ、朝陽は答え、船川を一先ず安心させた。船川が帰り、音と二人になり
     5に続く

いつかこの恋を~ 5

2016-02-24 21:26:40 | 日記
「朝陽君ありがとう」と礼を言われると「音ちゃんの友達だしね。本来なら自己責任だと思うけど」ドライに言う朝陽。「その代わり、俺からもお願いがあるんだけど」朝陽は胸ポケットから招待状を取り出した。
「え? 無理っ!」「まだ見せてないし」「10YEARS ANNIVERSARYって書いてあったっ」「人が集まったり飲んだりするだけで」「パーティでしょ?!」「絶対大丈夫っ」「ドレスも靴も一式プレゼントするから」「もったいないっ」頑なな音。「もったいなくないって、音ちゃんの歳だったら、ドレス着てパーティ行く何て、普通なんだよ? はい、もういいんだよ」招待状を渡す朝陽。「君はお母さんより長く生きるんだから。お母さんの分も、楽しい思いしなくちゃ」朝陽の目を見てから、自分に渡された招待状に目を落とした音は、頷いた。
さらに後日、夜勤明けの音が道を歩いていると練の勤めていた柿谷運送のトラックがとあるマンションの前に停まっていた。音がトラックに近付くと、引っ越し作業を終えたところだった加持は「ああ、すいませんっ。今出しますんで」急いでトラックを出そうとした。「あのう、柿谷運送さんですか?」「はい」何事かと、5年を経て、髪型がさっぱりしていた加持は振り返った。加持の案内で柿谷運送に向かった音は焼き芋を柿谷に半分分けてもらいつつ、練が5年前に福島に戻ったまま柿谷運送を辞めていたことを聞かされ、練の詳しい事情は震災からしばらくの間は福島に帰っていたという佐引に聞くよう促された。
「ボルト知ってる? ウサイン・ボルト」荷台で作業しなが、聞いてくる髪を染めるのをやめた佐引。音はボルトのポーズをして応えた。「そう、俺があいつに走り方教えてやったんだ」「え?」「ジャマイカで。俺、高校生で、あいつ小学生の時」「へぇーっ」取り敢えず音が感心すると、
     6に続く

いつかこの恋を~ 6

2016-02-24 21:26:32 | 日記
佐引は苦笑した。「練に会いたいのか?」荷台から降りる佐引。「いえ」「じゃあ何でだ? 何の為に探してる?」荷台を閉じる佐引。「知り合いが探してたので」「だったらその知り合いが聞きに来たらいい」食い気味に遮り、音を見る佐引。「はい、ごめんなさい。ただ、元気にしてるかどうか、それだけ知りたかったんです。会津の家で、お爺ちゃんと暮らしているならそれで、い」「爺さんなら死んだ」また遮って言う佐引。驚く音。「あいつは今、東京にいる」視線を落とす音を見た佐引は運転席に向かい、財布を取って名刺を取り出した。「ここにいる。会いたいなら」練の名刺を差し出す佐引。肩書きは『マネージャー』だった。
スーツの上にコートを着た晴太は地下鉄出口の傍ににいた練の元に歩み寄った。「練君、あっち」練もスーツにコートの姿だった。二人はネットカフェに向かった。晴太はスマホで何やら確認している。個室に向かう二人。「あっち」晴太は隣の個室を練に促し、目の前の個室をノックした。「はい」返事を受けて引き戸を開ける晴太。「山下さん、向かえに来ました」中にいた青年に丁寧に話し掛け始める晴太。練も隣の個室をノックし、引き戸を開けた。雑然として中で別の青年が寝転がっていた。ゴミを片付ける練。出入り口前の汚れた踵を踏んでスリッパのように使ってるらしい靴に気付く練。練は中の青年に習い、靴を脱いで個室の中に入った。練がゴミを捨てると、中の青年はすすり泣き出した。「お金が無いです」練がしゃがんで肩を軽く叩いて、置くと、青年は驚き振り返り、練の腕にすがって泣き続けた。
「じゃあサインして下さい」古びたビルの一室にある練達の会社で契約書を差し出す晴太。「ここが派遣会社なの?」疑う晴太が開けた個室にいた青年。廃業したカラオケスナックをそのまま事務所に使っていた。「ウチも下請けなんで」
     7に続く

いつかこの恋を~ 7

2016-02-24 21:26:21 | 日記
曖昧に答える晴太。練は傍に座っていた。「聞いてた仕事と違わない?」「いい仕事は先に回っちゃうんで」「産廃の処理とかできねぇよっ」「大丈夫です。大体限定品のセールに並ぶ仕事とか、工場で流れてくるチョコ」適当に晴太が説明していると、事務所に中年のスーツの男が入ってきた。「あと、出会い系のメール書いたり、そういう感じの」説明が雑になってくる晴太。「ちょっと時給安過ぎない?」650円だった。「ピンはねしてるんだろ?!」「そんなワケ無いでしょ?」笑顔を作る晴太。「ウチ以外で雇ってくれるとこ、あるのぉ?」中年の男が話に入ってきた。「アパートの保証人だって、なってあげるし、我々はね、貧しい若者を応援したいんだよ」笑ってネカフェから連れてこられた二人の肩に手を置く男。二人の内、練の開けた個室にいた青年は練を見てから契約書にサインし始めた。これに、もう一人の青年も諦めてサインし出した。それを見下ろし、晴太を見る男。「印鑑は持ってきたかな?」契約作業を進める晴太。練はただ黙っていた。
「お疲れぃ」青年二人を練の案内で車に乗せると、男は晴太に封筒を差し出した。「すいません」受け取る晴太。「あっ、ありがとう」信用したらしい青年の一人は、練がドアを閉めようとすると礼を言ってきた。練は険しい表情でドアを閉め、男の運転で車は出された。「はい」晴太は受け取った封筒から二万円を練に出したが、練は受け取らずに立ち去り出した。「どこ行くのっ?」戸惑う晴太。「買い物」答えて練は歩き去った。
買い物を終えた練は何か、晴太のように何か買った物をかじりながら帰っていたが、ビルの近くの橋で万引き犯が取り押さえられ騒ぎになっていた。犯人は初老の男で転んで体を痛めた様子で、通り掛かりの高校生達に嘲笑されていた。無視して歩き去る練。
     8に続く