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詩集「Mの裏庭」 中村郁恵 (2023/08) 港の人

2024-02-20 22:05:26 | 詩集
第1詩集。101頁に23編を収める。
すべての作品が数学に材をとっており、「漸近線」とか「親和数」といった数学用語のタイトルの作品もある。

「直線」。直線はかなしむという。撓んではいけないというかたくなさを要求され、「ねじれず曲がらず伸びゆ」かなければならないのだ。「交叉や迂回も遠ざけ」なくてはならないという。そしてさびしいのは線と線が組まれて図形を作る時だという。

   辺とよばれて
   呼吸をしまいこんだ
   直線として
   生きていた日の

言われてみればなるほどと思う。孤高をもとめられる哀しみがある一方で、他者とのあいだに埋没していく寂しさもあるわけだ。擬人化された直線が身近に感じられるようになる作品だった。

NHKで「笑わない数学」という番組をしていた。取り上げられるのは、abc予想、P対NP問題、ポアンカレ予想、などなど。数Ⅲの世界で止まっている私なので、数字のない符号だけの数式を見るとそれだけですごい世界だなと思ってしまう。ときにこんなことは神の仕業ではないかと思えるような数理もあらわれてきて、数学の凄さだけは判る番組だった。

「鏡のくに」。この作品にあらわれるのはy=f(x)という関数式。xの値に応じて修飾されたyの値が決まるというわけだが、それを作者は自然界に投影している。斜めの光に射されたxがyの影を落とすわけだが、陽が移るに従ってyの形が変わっていく。写像であるという。

   底のない穹の蒼を
   xへ代入
   yに写しだされたのは
   もう
   会うことができないひとの
   手のひらの厚み

このように数式から広がっていく世界は独自の様相を呈している。この作品の最終部分は「xには/縮小できないあやまちを/置き去りにしてきた希みが/角の欠けたうすい氷で/いまyに」

あとがきで作者は「正確に役割を果たす数学の裏側に見え隠れする、寡黙な翳りと切なさが、わたしの拙い言葉を引きだしてくれる気が」するとのこと。冷徹と思える数式に色彩や情緒を見つけ、そこから人間の感情が動き始めている。
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