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詩集「ミトコンドリア イヴ」 中家奈津子 (2023/10) Meluret

2023-12-23 21:44:27 | 詩集
すでに歌集を出している作者の第1詩集。73頁に、タイトルをつけられた10編と、それらの作品の間隙を埋めるように「*」の符丁を背負った7編が収められている。
「誰かに教わって はるかな誰かに」という言葉と共に送られてきた。これも何かの縁だろう。

「ノープリウス」。上段に4連からなる行分け詩、下段にはそれに対応するように7首の歌がそれぞれ3行の分かち書きで載っている。ノープリウスは甲殻類の初期の幼生の名である。次の世代の生のために死を受け容れる存在があり、それは繰り返され、

   波音を背に
   わたしたちは生まれ出たこと
   くるしみとよろこびの
   区別もつかずに興奮して
   空を見上げた
   雪が降りてくるまでには
   帰るから
   帰るから

その下段に置かれた歌は、

   記憶から解き放たれた
   あの海と今を
   ひとつにまぜる波音

5・7・5・7・7の音数律に乗って展開される言葉に、詩を書く者としては魅了されてしまう。そのリズムに振り回されてしまうと言った方がいいのかもしれない。詩人も明治のころには七五調で書いていた。そこからの訣別で得たものと失ったものがあったわけだ。(もっとも、歌人の方には短歌の音数律と定型詩のそれを同じにしてもらっては困ると言われてしまいそうだが)

「十二月」は、ローマ字表記された身体の部位を1行目にした5連からなる作品。5つの部位は鼻、目、耳、指、舌で、それぞれの連は5行である。感覚器官といえるそれらの部位が感じ取る外部の刺激が肉体に取り込まれ、そこに物語が生まれている。3連目を紹介する。

   mimi
   電線を鳴らす風の音を聴くと
   カセットテープで早送りした時の
   あなたの声のような気がして
   とてもゆっくり歩いてしまう

どの作品も発語されている”今”を詩っている。基本的に作品の中で時は流れずに、今、このとき、の世界が構築されている。作品には余分なしがらみや来歴などはなく、すっぱりと切り取られている世界の潔さが心地よい。
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