Green leaf volatile sensory calcium transduction in Arabidopsis
Aratani et al. Nature Communications (2023) 14:6236.
doi:10.1038/s41467-023-41589-9
植物は、機械的にあるいは植食者によって傷害を受けた近隣植物が放出する揮発性有機化合物(VOC)や緑の香り(GLV)を感知し、様々な防御反応を引き起こす。このような植物間の情報伝達は、植物を環境の脅威から保護している。これまでの研究で、VOCの植物組織内への取込みに気孔が関与していること、ストレス応答のシグナル伝達において細胞質カルシウムイオン濃度([Ca2+]cyt)が重要な役割を果たしていることが知られており、トマトの葉においてGLV処理が[Ca2+]cytを増加させることが報告されている。しかしながら、無傷植物でGLVが誘導するCa2+シグナルをリアルタイムで観察することには技術的な制約があり、GLVの感知伝達の時空間ダイナミクスについてはほとんど知られていない。埼玉大学の豊田らは、Ca2+の蛍光バイオセンサーGCaMP3を発現させた形質転換シロイヌナズナを用いて、傷害を受けた植物が放出するVOCに曝露した無傷植物の[Ca2+]cyt変化をリアルタイムで観察した。GCaMP3発現(受信)シロイヌナズナをハスモンヨトウ(Spodoptera litura)幼虫の食害を受けたシロイヌナズナNo-0系統が放出するVOCに曝したところ、Ca2+シグナルは20分以内に植物体全体に急速に伝達された。同様の結果は、食害を受けたトマトの葉が放出するVOCに曝露した場合にも得られた。さらに、磨砕したシロイヌナズナまたはトマトの葉が発するVOCを受信シロイヌナズナに近づけると、いくつかの葉で[Ca2+]cytの増加が観察され、トマト磨砕葉はシロイヌナズナ磨砕葉よりもシグナル変化が強く現れた。これらの結果から、シロイヌナズナやトマトの傷害葉が発するVOCは、近隣の無傷シロイヌナズナの[Ca2+]cyt変化を引き起こしていることが示唆される。[Ca2+]cyt変化を引き起こすVOCを同定するために、5種類のVOC、3種類のテルペン、メチルジャスモン酸による[Ca2+]cyt変化を経時的に測定した。その結果、GLVの (Z)-3-ヘキセナール(Z-3-HAL)と (E)-2-ヘキセナール(E-2-HAL)が急速な[Ca2+]cyt上昇を引き起こし、Z-3-HALが誘導するシグナル伝達はE-2-HALよりも速いことが判った。磨砕葉の発するVOCを測定したところ、トマト磨砕葉はシロイヌナズナ磨砕葉よりも多くのZ-3-HALとE-2-HALを含んでいた。また、GLV生合成の鍵酵素であるヒドロペルオキシドリアーゼ(HPL)をコードする遺伝子に欠損があるためにGLV生産量が少ないシロイヌナズナCol-0系統の磨砕葉が発するVOCは、Ca2+シグナルを誘導しなかった。これらの結果から、[Ca2+]cytの変化を誘導する植物間の空気中シグナル伝達は、HPLを介したGLV形成に依存していることが示唆される。Z-3-HAL、E-2-HALを曝露すると、葉の表面電位が急速に変化し、[Ca2+]cytの変化と時空間的に連関していたが、表面電位変化はCa2+シグナルの発生に先行していた。また、Z-3-HAL、E-2-HAL暴露によって、熱および酸化ストレス応答マーカー遺伝子のHSP90.1、ZAT12、ジャスモン酸関連遺伝子のOPR3、JAZ7 の発現量が上昇した。芽生えをCa2+チャンネルブロッカー(LaCl3)もしくはカルシウムキレート剤(EGTA)で処理すると、[Ca2+]cytの増加とマーカー遺伝子の発現が抑制された。そして、これらの薬剤を洗い流すことでCa2+シグナルは回復した。これらの結果から、植物の防御反応に関わる遺伝子の発現誘導には、[Ca2+]cytの増加が必要であることが示唆される。Z-3-HALによる[Ca2+]cytの増加は、暴露する濃度に依存して強くなった。Z-3-HALに曝露する葉を植物体の他の部分と隔離すると、遠位の非刺激葉でのCa2+シグナルの変化は観察されなかった。したがって、Z-3-HALは局所的に[Ca2+]cytの増加を引き起こすが、全身葉に向かって長距離のCa2+シグナル伝播はしないと考えられる。GCaMP3を組織特異的プロモーター制御下で発現させ、Z-3-HAL応答を見たところ、孔辺細胞(pGC1::GCaMP3)と葉肉細胞(pRBCS1A::GCaMP3)では[Ca2+]cytが急速に増加したが、維管束細胞(pSULTR2;2::GCaMP3)と表皮細胞(pATML1::GCaMP3)では徐々に増加した。したがって、植物のGLV感受性の伝達は、GLVが気孔を介して組織内部に流入することによって開始されるものと思われる。そこで、葉をアブシジン酸(ABA)で前処理して気孔を閉鎖させたところ、Z-3-HALによる[Ca2+]cytの増加は、対照に比べて遅延した。また、ABA存在下で気孔閉鎖を示さないslac1-2 変異体、ost1-3 変異体の[Ca2+]cyt変化は、ABA前処理の有無で差異が見られなかった。これらの結果から、GLVが大気から気孔を介して組織に取り込まれることが、植物における迅速なGLV感覚伝達の主要な経路であり、その結果、植物の防御反応が活性化されると考えられる。以上の結果から、傷害葉が発するZ-3-HALやE-2-HALは、近隣無傷植物の気孔を介して組織内に取り込まれて[Ca2+]cytの急激な上昇を引き起こし、これによって防御応答が活性化されると考えられる。
埼玉大学 研究トピックス
植物が”匂い”を感じる瞬間の可視化に成功