Trehalose-6-phosphate signaling regulates lateral root formation in Arabidopsis thaliana
Morales-Herrera et al. PNAS (2023) 120:e2302996120.
doi:10.1073/pnas.2302996120
真核生物のエネルギセンサーであるSnf1関連タンパク質キナーゼ1(SnRK1)は、エネルギー消費過程を阻害することで細胞内のエネルギー量を維持している。一方で、ラパマイシン標的(TOR)タンパク質キナーゼは窒素や炭素の代謝産物によって活性化され、細胞分裂等のエネルギー消費過程を促進する。したがって、SnRK1とTORは植物の成長・発達において拮抗的な役割を担っている。植物の糖シグナルとして機能しているトレハロース6-リン酸(T6P)は、植物の様々な発生・代謝過程において成長調節因子として機能することが示されており、T6PはSnRK1活性を阻害する。側根形成は多くのエネルギーを必要とする過程であるが、最近、SnRK1やTORが側根形成に関与していることが報告されている。ベルギー ゲント大学のBeeckmanらは、側根形成においてSnRK1、T6P、TORがどのように炭素やエネルギーのシグナルと植物ホルモン(オーキシン)シグナルを統合しているのかを解析した。T6Pのシグナル活性において、T6P分解酵素のトレハロース6-リン酸フォスファターゼ(TPP)活性が1つの指標となることから、シロイヌナズナの側根形成過程でのTPP の発現パターンをプロモーター‐GUSレポーター系統を用いて解析した。その結果、TPPA、TPPB、TPPH、TPPI は側根原基(LRP)の細胞で発現し、TPPD、TPPG、TPPJ は側根周辺組織で発現していることが判った。TPPB は側根形成初期から発現しており、重要な役割を担っている可能性が示唆された。そこで、T-DNA挿入tppb 変異体の表現型を観察したところ、野生型植物よりも側根密度が高く、特にLRP密度が高いことが判った。また、TPPB を過剰発現させた系統(TPPBOE)は側根密度が低下した。これらの結果から、T6Pは側根形成の初期過程に関与しており、この過程はTPPBによって負に制御されていることが示唆される。T6Pもしくは強光誘導性T6P前駆体のDMNB-T6Pの添加や大腸菌T6PシンターゼのLRP特異的発現(pGATA23:otsA)により、植物体内のT6P含量を高めることで側根形成が促進されることが確認された。また、主根において将来的に側根が発達するprebranch sites(PBS)をDR5:LUC を発現させて可視化したところ、T6PはPBS形成を促進することが判った。これらの結果から、T6Pは側根形成の促進において重要であることが示唆される。In silico 解析から、SnRK1の触媒サブユニットをコードするKIN10、KIN11 の発現がLRP細胞で低下していることが判明し、kin10 変異体、kin11 変異体では側根密度が増加し、KIN10 過剰発現系統では減少することが確認された。また、LRP特異的にKIN10 をノックアウトした系統(TSKO-KIN10)は側根形成が促進された。これらの結果から、側根形成初期段階における(T6Pによって引き起こされるような)SnRK1活性の低下が、側根形成に必要な炭素エネルギーバランスのシグナル伝達をもたらしていることが示唆される。T6PまたはDMNB-T6Pで処理した根において、SnRK1の標的遺伝子であるUDPGDH、TPS5、bZIP11(SnRK1により抑制)、ASN1、TPS8(SnRK1により誘導)は、T6PがSnRK1活性を阻害するのと一致する形で、発現が増加/減少していた。興味深いことに、T6Pによる側根形成誘導はSnRK1活性の僅かな低下しか必要としないようで、kin 変異体にDMNB-T6P処理をしても側根密度に変化は無かった。また、KIN の過剰発現によるSnRK1の活性化はT6Pによる側根形成誘導をもたらさなかった。糖により発現が誘導され、成長促進に関与しているTORの複合体サブユニットをコードするRAPTOR1A、RAPTOR1B は、LRP細胞で強い発現を示し、LRP特異的にTOR をノックアウトした系統(TSKO-TOR)は側根密度が低下した。したがって、側根形成の促進にはTOR活性が必要である。T6P添加は、わずかにTORのリン酸化、TOR の転写を促進した。また、raptor1b 変異体やTOR 過剰発現系統では、T6P量を高めても側根形成の促進は見られなかった。側根形成の重要な制御因子であるオーキシンは、TPPB の発現を強く抑制した。TPPB 遺伝子のプロモーター領域にはオーキシン応答エレメント(TGTCTC)があり、オーキシンシグナル伝達に関与しているINDOLE-3- ACETIC ACID 14 (IAA14)/SOLITARY ROOT 1 (SLR1)、AUXIN-RESPONSIVE FACTOR (ARF)7/19が機能喪失したslr1 変異体、arf17 arf19 変異体ではオーキシン処理によるTPPB 発現量の低下が見られなくなっていた。これらのことから、オーキシンシグナルが直接TPPB の発現を抑制してT6P量を制御していると考えられる。以上の結果から、T6PはSnRK1の阻害とTORの活性化によりエネルギーバランスを調節することで側根形成を促進しており、側根形成の重要な制御因子であるオーキシンは、T6P分解酵素の発現を抑制することでT6Pシグナルに影響していると考えられる。