【ただいま読書中】

おかだ 外郎という乱読家です。mixiに書いている読書日記を、こちらにも出しています。

正直な人

2018-09-18 06:40:32 | Weblog

 正直な人は、好かれる場合もありますが嫌われる場合もあります。
 馬鹿正直な人は、ひどく嫌われる場合がありますが、詐欺の餌食になる確率も高くなります。

【ただいま読書中】『ヴィクトリア朝英国人の日常生活 貴族から労働者階級まで(上)』ルース・グッドマン 著、 小林由果 訳、 原書房、2017年、2000円(税別)

 ヴィクトリア朝の英国人は夜明けとともに起きるのが普通でしたが、中には夜明け前に出勤しなければならない人もいます。しかし目覚まし時計は普及していません。そういった人が頼ったのが「目覚まし屋」です。頼んだ時刻に依頼者の寝室の窓ガラスを杖でこんこん叩いてくれます。料金は月1ペニー。目覚まし屋自身は時計を購入する必要がありますが、ロンドンだけではなくて地方の工業都市で多く見られたそうです(工場労働者には早朝出勤を義務づけられている人がけっこういました)。
 目が覚めたら「立ち洗い」です。ゆったりした服を着たまま立って、洗面器の水(またはお湯)を少しずつ入れ替えながら、濡らして固く絞った布で体を上から下にパーツごとにきれいにしていきます(床磨きと同じ要領だそうです)。著者は最長4箇月入浴せずにこの立ち洗いで過ごしたことがあるそうですが、体臭はせず皮膚は清潔に保たれ、回りには全然気づかれなかったそうです。
 そう、著者はヴィクトリア朝の日常生活を「研究」するだけではなくて「実践」もしているのです。実践は重要です。たとえば同じ農作業でも、時代によって違う服装だと、それぞれ違う動作をしないといけないことがわかったそうです。
 1870年ころから既製服が広く出回るようになります。また、染色技術の進歩で「黒い服」が多く作られるようになります(ロンドンでは石炭灰混じりのスモッグで服がすぐ黒っぽくなることが人々の悩みの種で、だから「黒い服」は歓迎されました。そして都市の流行はすぐ田舎に波及します)。男性の必需品はジャケットと帽子。女性はなんと言ってもコルセット。ただし「細いウエストが正義」目的は19世紀後半からで、それまでのヴィクトリア朝では「正しい姿勢」「保温」がコルセットの本来の目的だったそうです。
 なお、「理想のウエストは13インチ(33センチ)、現実は19〜24インチ(48〜61センチ)」とコルセットで病的なまで女性のウエストを締めつけていた英国人が、清朝の女性の纏足を非難していたのは、興味深い現象です。
 外出の時には、コルセットできゅっとウエストを絞ってから、鋼製のクリノリンでふわりと膨らませたスカートを着けます。シェフィールドでは生産した鋼の1/7がクリノリン用だったそうです。労働者階級の女性も、休日のお出かけや、労働時にさえなんとか工夫してクリノリンを身につけていました。1860年代おわりには、前と側面を膨らませず、生地を後ろに寄せて高さ・広がり・ボリュームを見せるスカートが流行します。これに女性たちは、新しいクリノリン(クリノレット)を購入することで対応しました。
 庶民の服はあまり保存されていません。そこで著者が参考にするのが犯罪者記録です。逮捕されたときには基本的に普段着ですから、その写真から実に多くのことがわかるのだそうです。
 目ざめ、服を着たら、次は排泄。ヴィクトリア朝以前のトイレは屋外の汲み取りトイレでしたが、都会ではそれは無理。だから水洗便所が普及し始めます。もとは水路の上で排泄していた修道院の習慣が元祖だそうですが、それだったら日本では奈良時代からやってましたっけ。トイレットペーパーは、新聞などの出版物や封筒などが使われていたようです。しかし「黴菌の発見」から「清潔なトイレットペーパー」が求められるようになります。1857年にアメリカで、1880年にイギリスで殺菌剤を染みこませたミシン目入りロールペーパーの生産が開始されます。トレーシングペーパーに使えるくらいごわごわかちかちの物だったそうですが。日本でも水洗便所普及前には「落とし紙」として新聞紙が使われていました。使用直前によく揉むことをお忘れなく。
 次は身だしなみ。これも「実際にどのような作業をするか(しないか)」によって「どこまで身だしなみに努力できるか」が規定されてしまいます。床磨きやジャガイモ掘りをしている人が、爪のお手入れを完璧にすることはできません。それでも人は(特に女性は)身だしなみを整えることに熱中しています。そのためにさまざまな小道具や化粧品や薬物が駆使されます。禿げの原因については「発汗説」(対策は髪油)が有力でしたが、1850年ころ「血流不足説」が注目されるようになり(対策はマッサージ)、さらに「細菌説」(対策は殺菌剤)も大人気となりました。現代人がダイエットや健康問題で「○○を直すには××」と熱中するのととても似ていますね。一見まともそうな仮説を医者が言い立てたり怪しい業者がはびこるのもそっくりです。


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