【ただいま読書中】

おかだ 外郎という乱読家です。mixiに書いている読書日記を、こちらにも出しています。

静と動

2018-09-15 07:34:28 | Weblog

 美容整形で「美しい顔」は基本的に「静止画」で表現されているように思いますが、たとえば「素敵な笑顔に」といった「動画」で表現できる「美しい顔」って、美容整形でどのくらい作り込めるのでしょう?

【ただいま読書中】『ゲティ家の身代金』ジョン・ピアースン 著、 鈴木美朋 訳、 ハーパーコリンズ・ジャパン、2018年、972円(税別)

 世界的な大富豪ジャン・ポール・ゲティは美術館にその名を残していますが、大富豪で複雑な性格で、そして家族や回りの人間を不幸にする名人だったようです。
 努力して裕福な中流になったジョージ・フランクリン・ゲティは1903年オクラホマの石油ブームで当てて巨万の富を得ました。息子のジャン・ポール・ゲティはそれをベースとして世界的な大富豪になったのですが、父親の功績を素直に認めようとはしませんでした。大富豪の甘やかされて育った一人息子で、父との軋轢や甘い母との関係の中で、ポールは自分の人格を形成していきます。第一次世界大戦が起き、石油で一発当てて大富豪となって23歳で引退し、淫蕩放縦生活に溺れます。そして、実業の世界に戻った30歳ころから、ポールを「結婚熱(未熟な(特に17歳の)美女と結婚したいという熱望、ただしそれは妊娠がわかった瞬間冷める)」が襲います。繰り返される結婚と離婚、そして父の死、そして遺言状でポールに突きつけられた「拒絶」。ポールは父を見返すために一種の奇人(孤独で臆病で好色な禁欲主義者)としてビジネスに邁進することになります。
 ポールの子供たちは「傷」を負っていました。子供時代には不在だった父親が、自分が成人したらまるで当然のように「一族」として「ゲティ帝国」に入ることを要求してきたのです。あろうことか、息子が父親(の財産の中核である信託基金)を相手に訴訟を起こす、なんてことまで起きてしまいます。
 そしてローマで、ポール・ゲティの孫息子ジャン・ポール・ゲティ三世が誘拐されます。母親のゲイルは、離婚した夫ポール・ジュニアに連絡をしますが、元夫は大富豪のポール・ゲティに金を頼むことを拒否。イタリア国家治安警察隊は「ヒッピー息子のただの家出だろう」との見解。さらにポール・ゲティは身代金(百億リラ)の支払いを拒絶します。普通家族の一員が危機に陥ったら結束が強まります。しかしゲティ一族は、麻痺しました。時間だけが無駄に流れ、苛立った誘拐犯人たちは、ポール三世の右耳を切り取って、その耳と切り取られたポールの写真を郵送してきます。次は命だ、と。国家警察とマスコミは無能でしたが、ヴァチカンとアメリカ政府が乗りだしてきます。そしてとうとうポール・ゲティ・シニアは金を出す決心をします。非課税枠の範囲内だけ。ポール・ジュニアも金を出しますが財産が全然ないためポール・シニアから借りることにします、年率4%で。
 ポール三世の解放で事件は終わりましたが、一族が受けたダメージがわかるためにはそれから数年が必要でした。特に心の傷は深刻です。
 巨万の富に多くの人は憧れます。ただ、シンプルな幸福は富では購入しにくいもののようです。少なくともゲティ一族とその周囲の人たちには、そうでした。