尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

林家つる子の「芝浜」に感銘ーつる子・わん丈の真打昇進披露興行

2024年03月28日 21時29分54秒 | 落語(講談・浪曲)
 27日夜、落語協会真打昇進披露興行に行ってきた。今回は「抜てき」だから、是非見たい。それも女性落語家初の抜てきである林家つる子、三遊亭円丈の弟子だった(没後は三遊亭天どん門下に移籍)三遊亭わん丈の二人。どっちもすでに聴いていて、実力は十分。これは見なくてはいけない。特に今年になって林家つる子を2回聴いて、すっかりファンになった。つる子、わん丈は交互にトリを取っているが、つる子の日に行ったのはそのためである。上野の鈴本演芸場夜の部は、開場4時半の30分前にはすでに行列が出来ていた。(前売りを買ってある。)地元群馬・高崎からも多くのファンが詰めかけているようだった。

 昇進披露興行というのは、会長などの幹部、昇進する落語家の師匠などがズラッと並んで口上を述べるから、顔ぶれが豪華になる。皆面白かったが、それは最後にして、やはりトリの林家つる子から。感極まって毎日泣いているそうで、自分じゃなくわん丈の昇進披露でも楽屋で涙いっぱいだと「暴露」されていた。この日も高座冒頭は涙声だが、中央大学時代に落研に誘引した先輩たちが来ていたという。元々高崎女子高では演劇部で、落語には縁がなかった。僕はつる子の落語は「一人芝居」だなと思って聴いている。完成された古典を味わう「話芸」というより、多数の人物を全身で演じきる「芝居」なのである。

 演目は有名な「芝浜」だった。これは「芝浜」そのものが有名な噺だという意味だけではない。林家つる子ヴァージョンの「芝浜」が評判なのである。NHKでドキュメンタリー番組にもなったというが、自分で納得出来なかった部分を「女性の視点」で描き直したのである。「芝浜」はかつて桂三木助(3代目)が描写力を練り上げたことで有名で、そのエピソードは安藤鶴夫三木助歳時記』に美しく描かれている。だけど「つる子ヴァージョン」はほとんど自然描写がない。代わりに魚の行商をする勝五郎が長屋に来て「おみつ」と知り合うという馴れそめから始まる。男の落語家が名も付けずに呼んでいた妻に名が与えられた。
(林家つる子の「芝浜」)
 落語だけでなく、歌舞伎など昔の芸能には、現代の眼で見ると「不適切」な描写が数多く存在する。特にジェンダー的には感覚的に伝わりにくい設定がいっぱいある。歌舞伎は変えられないが、落語は自分なりに改作出来るのが特徴だ。そして「妻の視点」を取り入れることで、これほど豊かな感情を揺さぶる作品になるのである。僕は従来の噺も良いと思うけれど、つる子版の方が現代では自然な感動を呼ぶと思う。おみつは「魚の目」のような美しい目を持つ男に惚れたのである。

 昔マルセ太郎が「スクリーンのない映画館」という芸をやっていた。映画を舞台で語り下ろすのだが、『泥の河』を聴いた時、映画も原作も素晴らしいけれど、こういう感動もあるんだと思った経験がある。僕は林家つる子の「芝浜」を聴いて、実はマルセ太郎を思い出したのである。たった一人で語っているのに、傑作映画を見たような映像がくっきりと脳裏に浮かび上がるのである。女性落語家というだけでなく、現代の表現活動に大きな刺激を与える感動の傑作を聴いた。

 真打披露興行というのは、初めからお祝いで来ている客ばかりだ。口上後に三三七拍子で締めるのに協力するつもりでやって来る。だから最初からノリがよく、客席は笑いがあふれていた。色物の大神楽「鏡味仙志郞・仙成」や動物ものまねの江戸屋猫八、紙切りの林家二楽、そしてトリ直前(膝)の立花家橘之助もわん丈が太鼓で出て来て、志ん朝や小さんの出囃子をやって大受けしていた。元会長の鈴々舎馬風は最近は椅子に座ってやるのだが、「美空ひばりメドレー」を延々と歌い出したのには驚いた。口上でも存在感を発揮し、締めの音頭を取っていた。

 大受けしていたのが柳家三三たけのこ」で、この季節にはよく聴く噺だが非常に上手いなあと思った。口上でも司会を務めて、今まさに乗っている落語家である。「たけのこ」は武家時代に隣家の竹林から延びて筍が生えてきて、それを食べるため両家が掛け合うのが超絶的におかしいのである。ところで以前の抜てき昇進は、2012年の春風亭一之輔、そして古今亭文菊古今亭志ん陽以来だというが、この3人は今回交替で一人ずつ出ている。見た日は古今亭志ん陽で、ネタは初めての「猫と金魚」。これは「のらくろ」で知られた戦前の漫画家田河水抱が作った噺なんだとWikipediaに出てた。話が通じない番頭がメチャクチャおかしい。
(柳家三三)
 他の人はネタだけにするが、古今亭菊之丞たいこ腹」の幇間(たいこもち)もおかしい。柳亭市馬会長は「藪医者」、林家正蔵副会長(つる子師匠)は「一眼国」、わん丈師匠の三遊亭天どん釜泥」、新真打の三遊亭わん丈は「毛せん芝居」。披露興行はトリが目玉で、この日だけは師匠が目立ってはいけない。軽いネタで笑わせて、トリに向けて盛り上げる役である。そして、この豪華な顔ぶれは短いながらもきちっと笑わせてプロの手腕を味わった一日だった。 
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