尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

熊谷博子監督『かづゑ的』、ハンセン病を生きた女性

2024年03月04日 20時05分23秒 | 映画 (新作日本映画)
 熊谷博子監督のドキュメンタリー映画『かづゑ的』が公開された。これはハンセン病療養所長島愛生園に住む90歳(撮影開始時点)の宮崎かづゑという女性を8年間追った映画である。ハンセン病に関するドキュメンタリー映画はずいぶんあって、僕もかなり見ている。しかし、その中でもこの映画は非常に大きなインパクトがあって、ベスト級の映画だと思う。東京ではポレポレ東中野とヒューマントラストシネマ有楽町で上映していて、家から電車一本の有楽町で見られるから早速見に行った。

 宮崎かづゑさんという人を僕は知らなかった。ハンセン病関係の本は結構読んできたはずだが、本を出したのが高齢になってからなのである。『長い道』(みすず書房、2012)、『私は一本の木』(みすず書房、2016)という2冊の本がある。それまで自治会運動や国賠訴訟などで活動してきた人ではない。詩や短歌などで知られた人でもなかった。若い頃から園誌「愛生」に随筆を書いていたようだが、全国に知られた人ではなかった。それが70代でパソコンを(手に障害があるので特殊な器具を使いながら)使うようになって、まとまった長い文章を書くようになったのである。そして、知人の紹介で熊谷監督はかづゑさんと会った。
(宮崎かづゑ)
 宮崎かづゑさんは10歳の時に入所して以来、80年間も療養所に住んでいる。戦後すぐに結婚した2歳年上の夫とともに暮らしてきた。映画は愛生園に暮らす二人をじっくり見つめていく。かづゑさんの覚悟は半端なく、入浴シーンまで撮影している。自ら望んだのである。そこまで自らをさらけ出して撮影しないと、「らい病」(ハンセン病の旧称)を理解して貰えないという。らい菌は温度が低いところを好むので、顔や手足など外気に接する部分に集まる。そのため指や足の感覚が失われたり、顔面に障害が残る。かづゑさんは義足で指もない。そんな姿を映像はとらえていく。人間の尊厳とは何か、見る者に迫ってくる場面だ。
(『長い道』)
 映画にはかづゑさんの「金言」が散りばめられている。「孤独ではない。うぬぼれさせていただいたら、ちゃんと生きたと思う。みんな受けとめて、私、逃げなかった。」「本当のらい患者の感情、飾っていない患者生活を残したいんです。らいだけに負けてなんかいませんよ。」「らいは神様が人間に最初からくっつけた病気。だったら私、光栄じゃないかと思って。」 多くのハッとする言葉が詰まっている。かづゑさんは若い頃に病状が重く、園内でも(病状が軽い患者から)差別されていたという。それでも図書室で本をよく読んでいた。故郷(岡山県)と園しか知らないけど、本の中では「地中海」に行けるのが救いだった。
(長島愛生園)
 長島は瀬戸内海にある岡山県の島で、そこに愛生園邑久(おく)光明園という二つの療養所が作られた。長く本土との橋もなかったが、1988年に通称「人間回復の橋」が架けられた。瀬戸内海の穏やかな風光が素晴らしいが、一度収容されたら逃げ出すこともかなわない孤島だったのである。愛生園は1930年に開園した初の国立療養所だが、タテマエとは別に患者にも厳しい作業が課せられていた。戦後になって特効薬も開発され、今は「元患者」なのだが、長い隔離と差別のために生涯を園で暮らす人が多い。

 映画では夫の故郷福岡県への里帰り事業(ソフトバンクの野球を見に行っている)や、岡山で行われた年末の「第九演奏会」に出掛けるシーンがある。今は健康が許せば、どこへでも行けるわけだが、その時にはもう高齢になっていた。昔は何千人もいた入所者も、今は百人程度。(2022年段階で、全国で927人となっている。)入所者の平均年齢は88歳を超えて、ハンセン病問題が最終局面に入っているのは間違いない。そんな時点で『かづゑ的』が公開される意義は大きい。ハンセン病問題を啓もう、告発する映画というより、紛れもなく「かづゑ的生き方」を多くの人に伝える「知恵と勇気の映画」だ。
(熊谷博子監督)
 熊谷博子監督(1951)は1989年にアフガニスタンを舞台にした『よみがえれカレーズ』を土本典昭と共同監督して注目された。この映画は『映画をつくる女性たち』(2004)とともに、国立映画アーカイブで回顧上映されている。(3.9に上映)。その後、『三池 終わらない炭鉱の物語』(2005)で注目を集め、『作兵衛さんと日本を掘る』(2019)も評判を呼んだ。社会的なテーマを扱いながらも、人間に迫るドキュメンタリー映画を作ってきた人である。なかなか見る機会も少ないかと思うけど、是非逃さずにどこかで見て欲しいなと思う。
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