尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

ロシアのワグネル「反乱」騒動を考える

2023年06月25日 22時22分12秒 |  〃  (国際問題)
 日本時間6月24日夜に、突然ロシアの民間軍事会社「ワグネル」が「反乱」を起こして、南部のロストフ・ナ・ドヌーの軍事施設を占領したと伝えられ、世界を驚かせた。その後は「モスクワ進軍を目指す」という話だった。このニュースを聞いて、僕は特に驚きはしなかった。「起こるべきものが起こった」と思ったが、モスクワまで行って内戦状態になるとも思わなかった。モスクワ近郊まで攻め上れば、ワグネルが負けるからである。実際、25日になって、ワグネル創設者のプリゴジンがベラルーシに亡命するという形で事態が沈静化する方向に向かった。これも「終わるべくして終わった」ということだと思う。

 この事態を「裏切り」と決めつけ、世界に「反乱発生か」と驚かせたのはプーチン大統領自身だった。もっともその演説でもプリゴジンを名指しはせず、ある意味妥協の余地を残していた。もともとプリゴジンの方では「反乱」という意識はなかったと思う。反乱というと、権力を奪取する計画が必要になる。そういう決意はプリゴジンには感じられない。じゃあ、何だというとロシア国防省首脳との対立が深まって、「君側の奸(くんそくのかん)」を除くために「兵諫」(へいかん)を行ったという意識ではないか。
(ワグネル創設者プリゴジン)
 この間、ウクライナ戦線で一番厳しい局面を多大な犠牲を出しながら戦ってきたのがワグネルだった(と少なくとも主観的には思っているだろう。)それなのにロシア国防省は必要な弾薬を回さないなど、ワグネルを「軽視」してきた(と主観的には感じられた。)それどころか、ロシア軍がワグネルを攻撃したという説まで出ていた。そのため、プリゴジンはショイグ国防相やゲラシモフ参謀総長を非難する動画を連発していた。その口汚なさは「プリゴジンかガーシーか」というレベルだったから、国防省首脳の方も頭にきていただろう。 

 ロシアの国策として戦争(「特別軍事作戦」)を遂行する以上、たかが民間軍事会社が戦局の鍵を握るなど、国防省からすればあってはならない。ただウクライナ戦争の特殊性から、徴兵された若者の犠牲を最小限にしたい思惑があって、汚い仕事はワグネルにやらせたい。ワグネルの兵隊は恩赦を期待する懲役囚が多いらしいから、軍当局は「捨て駒」としか思ってないだろう。ところがワグネルが「活躍」しすぎて、「勇名を馳せる」というレベルになってきた。プリゴジンも黒衣のはずが、堂々と表に出始めた。国防軍はワグネルを正規軍に吸収したい方針らしく、軍当局とワグネルのあつれきは何度も報道されてきた。
(ワグネルを非難したプーチン)
 「モスクワ進軍」にワグネル兵が付いて行ってることから考えると、ワグネル内部には反国防軍意識が浸透しているのだと思う。プリゴジンも部下を掌握していると考えられる。実際自分たちは死線を潜ってきたのに、国防省は自分たちを軽視しているという怒りがワグネル全体に共有されてなければ、こういう行動は起こせない。そこで反プーチンではなく、「国防省内部の、戦争の実態を知らない官僚的指導部」排除という目標を掲げて蜂起したと考えられる。歴史的にいえば、ともに1936年に起きた日本の「二・二六事件」や中国の「西安事件」を思い出す。

 「二・二六事件」では、「君側の奸」を除こうとしてクーデタを起こしたものの、昭和天皇は重臣たちを多数殺されて本気で怒ったのである。一方、その頃の中国では中華民国の指導者だった蒋介石は、日本の侵略に抵抗するより共産党軍攻撃を優先していた。そこで年末に張学良らが蒋介石を監禁して、蒋に抗日を迫る「西安事件」が起こった。当時それを「兵諫」と呼んでいた。しかし、今回はウクライナにいたワグネル軍をモスクワまで進軍させるのは大変である。プーチンに訴える作戦だったと思うが、プーチンはさっさと「裏切り」と決めつけた。いわば昭和天皇と同じ対応を取ったのである。
(ベラルーシのルカシェンコ大統領と)
 ウクライナで損害を出し、弾薬がないと訴えてきたワグネルである。国防軍がズラッとモスクワを取り囲めば、打ち破るのは不可能だ。それは初めから判っていることで、要するに「旗を揚げればプーチンは支持してくれる」という安易な思い込みで兵を挙げたと思われる。引っ込みが付かなくなると、双方に犠牲者が出る。そこでルカシェンコが取り持つ形で、プリゴジンのベラルーシ亡命という方向になったと考えられる。これで終わるかどうかは現時点では不明だが、なかなか今後の影響は大きそうだ。

 ニュースで見る限り、ロストフの住民はワグネルを支持している。少なくとも大変な反乱が起きたという緊張感はないように思った。このワグネル軍が温存されるとすれば、プーチン政権にとって心配の種だろう。「影の軍団」が黒衣に止まらなくなれば、ナチスの突撃隊のように権力から排除されることも考えられる。一方で、ワグネルを排除してしまうと、ウクライナで汚れ仕事をするのはチェチェン軍団しかいなくなり、権力基盤が揺らぐ可能性があるだろう。戦争が長期化するにつれ、プーチン政権が揺らぐ可能性さえ考えられる。ワグネルは「プーチン政権を揺るがす武装組織」がロシアにあるということを可視化してしまった。取りあえず収束したとしても、大きな意味を持つ事件だったと言える。
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1 コメント

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日本で言えば (指田 文夫)
2023-06-28 15:59:11
戦前の日本のことでおかしいのですが、2・26事件のようなものでしょうね。軍事国家では、こうした下層の兵士からの反乱は良く起きるのですね。
いずれにしても、プーチン政権にとって良いことではないと思えますね。

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