対話とモノローグ

        弁証法のゆくえ

中山正和のHBCモデルの修正

2024-05-20 | ノート
中山正和の脳モデルは自然のシステムの中に脳の機能を位置づけている。これはパースの考えとも相性がよかった。中山の「仏の智慧」は、推論(アブダクション)を自然本能によってとらえるパースの理解と等置できた。

中山正和の脳モデル(1979年)では、言葉検索〔W・R〕(前頭連合野)に推論の機能がある。コトバ記憶〔W・S〕(左脳)は倉庫のようなもので、言葉検索〔W・R〕から検索される受動的な装置のように想定されている(ようにみえる)。
  
  中山正和のHBCモデル
しかし、左脳には、どうやらそこには倉庫だけでなく作業所ものあるようである。
酒井邦嘉は次のような「脳の言語地図」を提起している(『チョムスキーと言語脳科学』2019年)。酒井は、言語機能は生得的だとする立場の研究者である。
  
  脳の言語地図 語彙・音韻・文法・読解の中枢

ここで「語彙」には、中山と関連付ければ、パロールとメタ・ラングが含まれている(比喩でいえばコトバ記憶〔W・S〕は複素数だった)。メタ・ラングは、直接、感覚ではとらえられないコトバで、中山は「時間」「心」「論理」などを挙げていた。これらは「花」や「鳥」などと同じように「名詞」と分類される言葉だが、メタ・ラングにはこれらとは違った種類のコトバも出現してきた。パロールやメタ・ラングの一部のコトバを結びつける働きをする接着剤のようなコトバである。(沢田充茂『現代論理学入門』参照)

語彙は大きく2つのグループに分かれる。
第1のグループは、「名詞」・「動詞」・「形容詞」などであり、第2のグループは「助詞」・「助動詞」・「接続詞」などである。このグループ分けは、時枝文法でいえば、「辞」と「詞」に対応する。第2のグループは、第1のグルーブと違って、外部の対象と関係するのではなく、内部のコトバを処理するためのコトバである。
第2のグループ(接着剤)の語彙には、第1グループの語彙を関連付けるために、それぞれ固有の結合の規則が備わるようになる。規則通りに正しく使用しなければ意味のある「文」(表現)をつくることはできなくなる。「文法」をつかさどる神経回路の形成である。

「〈彼〉が〈信念〉と〈勇気〉を〈もっている〉ならば、〈彼〉は〈その仕事〉を〈なしとげる〉だろう」
は意味をなす。しかし、
「〈彼〉と〈信念〉を〈もっている〉が〈勇気〉ならば、〈その仕事〉は〈なしとげる〉を〈彼〉だろう」(非文)
は意味をなさない。

酒井は、「文法」と「読解」は「前方言語野」、「語彙」と「音韻」は「後方言語野」にあると言っている。そして、語彙の意味→音韻→文法的な構造→読解という情報の流れを想定している。

中山正和の脳モデルを修正して、「検索機能」の一部を左脳に想定しておこう。左脳にはすでに文を作る検索機能がある。
では「推論」はどうなのだろうか。
パースの「記号」の分類(3×3=9の分類)と照らし合わせてみる。第3次性(その解釈内容との関係における記号)は、名辞(1)、命題(2)、論証(=推論)(3)である。ここで、「文法」と対応するのは、名辞(第1次性)と命題(第2次性)だろう。ここまでは左脳に想定してよいのだろう。論証(=推論)(第3次性)は中山正和のモデル通り、言葉検索〔W・R〕として前頭連合野に想定しておくことにしよう。