対話とモノローグ

        弁証法のゆくえ

雪中二友

2021-01-29 | 庭の草木
雪中花が水仙の別名であることは知っていた。「雪中四友」(せっちゅうのしゆう)という表現があることを今日知った。
雪の中でも咲く香り高い4つの花、蝋梅(ろうばい)、梅(うめ)、水仙(すいせん)、山茶花(さざんか)のことだという。

庭には二友がいる。




So-netホームページの終了

2021-01-28 | 日記
少し前に、「時間の同調の定義と偏微分方程式について」にコメントがあった。この記事にはSo-netのホームページにリンクが張ってあったので、FC2に張り直す必要があると思った。
パソコンのファイルを4つ、FC2にアップする必要があった。取り組み始めたとき、So-netはまだ機能していた。ファイルを確認しているとき、なぜかファイルの1つが壊れていて、So-netのホームページからダウンロードする必要があった。上書きして、このファイルは回復した。危なかったと思う。他の記事にもこういうことはありうると思った。しかし、もうどうしようもない。So-netのサービスは終ってしまった。

FC2にアップし張り直して、とりあえず「時間の同調の定義と偏微分方程式について」はこれまでと同じように読めるようになった。リンクがたどれなくなった記事はあるが、気づいたら修正していこうと思う。

我が家でもテレワークが始まる

2021-01-27 | 日記
テレワークといえば、zoomなど映像を見ながら実施するものと思っていたが違った。昨日、子供がはじめてテレワークをやった。職場で徐々にやりはじめているのだという。午前中だけ働き、午後からは休みをとる段取りをしていた。
職場でいつも使っているパソコンをもって帰ってきていた。ネットにつなぐかと思えば、それは必要ないという。職場と連絡できるような装置(スマホくらいの大きさ)をパソコンに差し込んでいた。携帯の電波が届くところなら普通通りに作業ができるという。

職場と同じように作業できたという。コロナの感染対策だが、個人的には、出勤しなくていいから、朝の時間に余裕ができ、まんざらでもないようだった。いつもはぎりぎりまで寝ていてバタバタである。

今朝はいつもの朝になった。私は朝のおにぎりと昼の弁当を準備した。緑茶とみかんジュースを飲んで子供は出勤した。

ミドリハコベかコハコベか

2021-01-26 | 庭の草木
ハコベは大きく分けて2種類ある。昔からあるミドリハコベ(緑繁縷)と明治時代に帰化したコハコベ(小繁縷)である。庭のハコベはどちらなのか。

以前調べたような気がしたが、自信がなかった。花弁はどちらも5枚である。ただし、花弁はそれぞれ2裂しているため10枚あるように見える。茎の色が区別しやすいという。ミドリハコベは緑色、コハコベは赤紫色である。また、葉の色はコハコベが濃い。おしべの数はミドリハコベが多い。などいくつか指標がある。
島崎藤村が「緑なすはこべは萌えず」で思い浮かべたのはミドリハコベだったろう。庭のハコベはコハコベだった。

カウンターはどこへ?どうする?

2021-01-25 | 日記
先週までは、FC2の目次(表紙)の下に2通りカウンターが表示されていた。44344と00036というように。前の数字はsonetから引き継いでいるものである。後ろの数字はFC2でカウントしはじめたものである。

今日見てみると、前の数字は空白となり、後だけが表示されている。まだsonetのサービスは継続していて(今週の木曜日に終わる)、sonetのホームページには引き続きカウントされている。FC2では、FC2だけのカウンターを読みとるようになったのだろうか。よくわからない。sonetのサービスが終われば、これまでのカウンターは無効になると思う。しかし今はまだ失効しておらず、まだ表示するはずなのだが。

たまに訪問者がいると思われるが、カウンターの数は、ほとんどは私が確認した数のようである。果たして、カウンターの設置は意味があるのだろうか。

チェックテストで初級の復習を

2021-01-22 | ハングル
今年になって、ハングルに費やす時間が多くなった。中級の2回目は例文が短く、1回目よりはやりやすかった。しかし、例文を暗唱して読め書けと言われても、それは無理である。日本語もハングルも思い出せないことのほうが多い。

初級は40回ほどの講義だが、5回ごとにチェックテスト(20問)があった。以前、途中からやり始めた。解くのに、かなり時間がかかった記憶がある。復習で最初からテストをやってみようという気になった。§1~§5の講義を聴いて、1回目のテストをやった。これはすらすら進んだ。1問、うっかり間違えたが合格だった。だんだん問題を読むのに時間がかかってくると思うが、最後までやってみようと思う。

講義を聴いていると、記憶がよみがえってくる。例えば§2で、冬ソナの主題歌のタイトル「처음부터 지금까지」(最初から今まで)の紹介。たしかに、あった、あった。

バッテリー上がり

2021-01-21 | 日記
ここ1年間ほとんど車を運転しない。1と月に2回、40キロほど運転だろうか。最近はまったく運転しなかった。1週間ほど前、バッテリーが不安になって、エンジンをかけてみた。力なく不安定だったが、なんとか始動した。しばらく充電しておいた。
今日、図書館へ行く予定で車に乗り込んだが、バッテリーが上がっていて、始動しなかった。フロントガラスは凍っていた。しばらく太陽の日差し融けるのを待ってから試みたが、やはりだめだった。
図書館はあきらめた。妻が夕方返ってくるのを待ってブースターケーブルで始動させること(ジャンピングスタート)にした。
思いがけず空いた時間に、ミカンを収穫した。18キロ、200個ほど。また、布団を干した。

ケーブルを赤赤、黒黒で接続するとき、最後の黒を自車のバッテリーのマイナス端子に接続してきた。それで問題はなかったが、調べてみると、エンジンや車体の金属部分に接続するのがよいとある(端子の接続はダメとする記事もある、火花が飛ぶ可能性がある)。それを知った後も端子に接続してきた。端子同士の接続が一番確実のように思えたのである。今日あらためて調べていて、マイナス端子は車の金属部分に繋がるようになっているのだという。なるほどと思った。

オイラーの公式の発端2

2021-01-20 | オイラーの公式
(引用つづき)『数学の流れ30講(中)』(志賀浩二著)
実際
   
の解としては、この微分方程式の特性方程式(d/dxをpでおきかえたもの)
  
の根
  
に対して、
  
が出てくる。
これから、オイラーの天才の閃きの中で、驚くべき関係
  
がはじめて見出された。これは
    (1)
とかいても同じことである。これからすぐに
  
も導かれる。オイラーの公式は微分方程式から生まれてきたのである。
(引用おわり)

余弦の公式(1)からすぐに正弦の関係が導かれたという(たしかに微分すれば一瞬である)が、3年ほどかかったのではないかというのが、私が提起している公式の経緯である。また、公式は指数関数と三角関数の関係というより、虚数が実数の弧と関係していることにはじめは着目されていたのではないかと考えている(「オイラーの公式――起承転結」や12月の記事「オイラーの公式を近くで見る」で展開している)。
1741年と1742年のゴールドバッハへの手紙の式は特殊な形で、公式(1)に到達していない。1739年のベルヌーイ宛の手紙に公式(1)がかいてあるとも思えない。実際のところ、どうだったのだろうか。

オイラーの公式の発端

2021-01-19 | オイラーの公式
オイラーの公式の発端は「グレイゼルの数学史III」によれば1740年で、自由調和振動の微分方程式の2つの異なった特殊解に着目することによって得られた。
   
これには前史があるようだ。『数学の流れ30講(中)』(志賀浩二著)参照。
次のようにある。
(引用はじめ)
実際はオイラーが、この公式を見出したのは1739年頃のことであった。1735年にダニエル・ベルヌーイが弾性の帯の振動に関連して、
   
という微分方程式についてオイラーに手紙を送ったことが契機となったようである。オイラーは定数係数の線形微分方程式の解として指数関数と三角関数が現われてくることに興味をもつようになっていた。1739年9月15日付のジャン・ベルヌーイ宛の手紙の中では次のように記されている。
この問題をいろいろな方法で取り扱っているうちに私の見出した解の中に、まったく予想もしなかったようなことが起きていることを知りました。いままで私は代数方程式の解が、それほど重要性をもって(微分方程式)にかかわってくるなどということは、少しも気がつきませんでした。
(引用おわり)
つづく
注 kの指数を2ではなく4に訂正して引用。

円錐曲線と近代のはじまり

2021-01-18 | ノート
楕円と放物線といえばケプラーの惑星軌道とガリレイの落体の法則で、近代のはじまりに位置する。もうひとつの円錐曲線の双曲線もまた、近代のはじまりを告げる。天文観測の数値処理から生まれた対数が、双曲線の作る面積と関係しているという発見(ヴィンセント、メルカトル)を経てニュートンの微積分に繋がっていく。