ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
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「イスラームの宗教と文明~その過去・現在・未来」第1回

2016-01-18 09:52:18 | イスラーム
はじめに

 イスラーム教は、キリスト教に次ぐ信者数を有する巨大宗教である。また世界で最も信者数が増加しつつある宗教である。イスラーム教はセム系一神教に属するが、同じ一神教であるユダヤ教・キリスト教とは、教義や価値観に大きな違いがある。イスラーム教を宗教的な中核とするイスラーム文明は、現代世界の主要文明の一つである。今日、イスラーム文明とユダヤ=キリスト教諸文明は摩擦・対立を強めている。この状況が一層深刻化していくか、それとも協調・融和へと向かうかが、人類の将来を左右するほどの大きな影響力を及ぼす。そのうえ、イスラーム文明におけるイスラーム教諸国や宗派間の対立・抗争が人類に大きな混乱を引き起こすおそれもある。
 2015年(平成27年)11月13日パリで同時多発テロ事件が起こった。スンナ派過激組織ISILが犯行声明を出すと、国際社会はISILを壊滅すべく連携して軍事行動を行っている。そのような状況で、今年(2016年)1月2日サウジアラビアが同国内シーア派指導者らを処刑したことがきっかけで、サウジとイランが国交を断絶するという事態に発展した。ここには、イスラーム文明内のサウジアラビア、湾岸諸国、イラン、イラク、シリア、トルコ等の諸国家の複雑な関係があり、7世紀から続くスンナ派とシーア派の対立、またそれぞれの宗派から派生した過激組織のテロ活動が絡んでいる。
 イスラーム教とはどういう宗教か、イスラーム文明はどういう歴史を辿り、これからどうなっていくのか。本稿は「イスラームの宗教と文明~その過去・現在・未来」と題して、イスラームの宗教と文明を概説し、その歴史を振り返り、現状をとらえ、将来を展望するものである。なお、本稿におけるいわゆる『コーラン』こと『クルアーン』の引用は、日本ムスリム協会の翻訳版による。
 30回ほどを予定している。

1.イスラーム教の概要

●世界に広がる巨大宗教

 イスラーム教は、約1400年前にアラビア半島でムハンマドが始めた教えである。アッラーを信仰対象とする一神教であり、『クルアーン』を啓典とする。
 イスラーム教は、世界宗教の一つである。2010年の時点で約16億人の信者を有する。この信者数は、キリスト教の信者数21億7千万人に次ぐ。人類の総人口のおよそ4分の1を占める。4人に1人に近い。主に西アジア、アフリカ、インド、東南アジアを中心に分布する。
 イスラーム教は、世界で最も信者数が増えている宗教である。急速な人口増加の傾向のある発展途上国に多く分布するため、人口の自然増加に伴って、信者数が急激に増えつつある。2050年ころには、キリスト教の信者数にほぼ近くまで増加すると予測されている。
 地域的には、中東やサハラ砂漠以北のアフリカの国々は、ほとんどがイスラーム圏に属する。だが、世界で最もイスラーム教徒が多い国は、インドネシアである。人口約2億4千万(2010年)の約90%に当たる約2億2千万人を有する。東南アジアでは、マレーシアもイスラーム教徒が多く、人口の約50%を占める。また東南アジア地域では、イスラーム教が最も信者数の多い宗教となっている。西アジアにもイスラーム教徒が多く、パキスタンはインドネシアに次いで世界第2位となる約1億9千万人のイスラーム人口を有する。バングラデシュにも約1億4千万人のイスラーム教徒がおり、さらにそれを上回る世界第3位のイスラーム人口を持つのがインドである。ヒンズー教の社会に約1億6千万人のイスラーム教徒がいる。これは約12億2千万のインド人口の約13%を占める。
 旧ソ連から独立した中央アジアのカザフスタン、ウズベキスタン、タジキスタン等の6つの共和国は、国民の多数がイスラーム教徒である。ロシアにも約2千万人のイスラーム教徒がいる。中国では、新疆ウイグル自治区のウイグル族が、イスラーム教徒である。
 わが国には日本人のイスラーム教徒が1万人、外国人のイスラーム教徒が10万人ほどいるといわれる。
 
●名称

 わが国では「イスラム」という表記が多く使われるが、これは本来、アラビア語で「イスラーム」と発音する。中東の専門家の多くはこの表記を使うので、本稿は基本的にこれを使う。
 イスラームという語の字義通りの意味は、世界的なイスラーム研究の泰斗・井筒俊彦氏によれば、「人が己れのこよなく大切に思う所有物を他人に無条件に引き渡すこと」である。そこから、「自分自身を同じく絶対無条件的に神に引き渡すこと」という宗教的な意味が派生した。一言でいえば、イスラームは「絶対帰依」を意味する。
 イスラーム教研究や中東事情の専門家は、イスラームはそれ自体が宗教の名であるから、イスラーム教と「教」をつける必要はないという。だが、わが国では宗教に対しては「教」をつける表記が一般的なので、本稿では「教」をつける。仏教、儒教、道教、キリスト教等に「教」をつけて、イスラーム教に「教」がないのは、日本語でのバランスがよくない。また、外国語の表記に従うと、例えばブッディズム、ヒンドゥイズム、シントウイズムは「イズム」で、イスラームやクリスチャニティは「イズム」ではないのかというような議論にもなる。
 イスラーム教徒をムスリムという。本稿では、主に「イスラーム教徒」と表記する。

●アッラー

 アッラーは、「アル・イラーハ」が詰まってできた言葉である。「イラーハ」は一般に神を意味する。「アル」は定冠詞である。それゆえ、アッラーは、英語で言えば、定冠詞つきの「ザ・ゴッド」に当たる。絶対唯一の神を意味する。ヘブライ語の「ヤハウェ」と同じである。
 『クルアーン』は、イスラーム教もユダヤ教もキリスト教も唯一絶対の神を崇拝する本質的に同じ宗教だと説いている。アッラーと、ユダヤ教の神、キリスト教の神、民族によって名称は異なるが、同じ神を表していると考える。神は一つであり、一体異名という考え方である。
 アッラーは、天地万物を無から創り出し、人間を造った創造主であり、一切万有の生成消滅を主宰し、すべてを意のままに動かす絶対者である。男性の人格的唯一神である。このようなアッラーの性格は、セム系一神教の神観に共通する。
 アッラーは「慈悲あまねく慈愛深きアッラー」と形容され、愛の神であることが強調される。その一方、信者の上に奴隷に対する主人のように臨み、神の命に背く者を厳しく処する「怒りの神」でもある。限りなくやさしい愛と慈悲、恐ろしい憎悪と怒りと復讐という相反する二つの面を持つ。
 イスラーム教では、アッラー以外のものを神として崇拝することは、許されない。多神崇拝、偶像崇拝は排撃される。

 次回に続く。

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