太陽光発電シニア

太陽光発電一筋、40年をはるかに過ぎたが何時までも興味のつきない厄介なものに関わってしまった。

想像の愉しみ

2017-08-04 08:05:42 | 日記

ブログを書き始めて多分500編以上は書いたと思う。どのような人が読んでいるかは知らないが、50~100人程度は常連さんがいるようである。今現在ではそれほど多くの知人、友人は居ないので大半は見知らぬ人である。それでも偶に直接意見やら感想を聞くことがある。これほど回数を重ねると自分自身の素性やら生活スタイルやら大袈裟には価値観まで丸見えになっていると思う。何も暴露するほどの秘密や神秘性は無いと思うが、それでも言われて初めて気づく自分の性格と言う物がある。言われてみればそうかも知れないと思うのは500回以上書くと飾りようの無い素が出ざるを得ない。数回なら結構脚色することも出来るがもう遅い。

想像をする癖は考え方を含めて行動様式全ての現れており、それが普通の人よりちょっと激しいようである。この性格は何処から来るものであろうか。少なからず遺伝的と勝手に思っている。無くなった父親のことはかって沢木耕太郎氏の無名に出て来る「その肩の無頼のかげや懐手」と重ね合わせて書いたことがある。思い通りには行かなかった無口な人生を思ってのことである。しかし、今数少ない会話を思い起こすと、1970年代の黒澤明監督の「どですかでん」に出て来る乞食親子の親父に近かったのではないだろうかとも思う。山本周五郎の季節の無い街の映画化である。乞食親子が食あたりで苦しむ。親は回復したが子供は死にそうにになる。しかし、親はそれを遠くから眺めてただおろおろするばかりで、病院へという周りの言葉に耳も貸さず、子供は死んでしまう。子供が死にそうな時ですらその父親は丘の上の立派な家に住む夢を見る。しかし、決して子供に冷たい訳ではない。誰よりも子供を愛し、心配しているが周りには伝わらない。見たくない現実を前にして夢を見る。母親は今日の苦労は明日も続くと考え、父親は昨日今日の苦労は感知しない、明日はきっととんでもないことが起こると思っていた。何時も夢をみていたように思う。

正反対の遺伝子だが自分はどうも父親似である。関係あるかどうか分からないが、小学校の頃受けたIQ検査で、数字や記号が並んでいて、次に来るものは何かという設問があった。理屈抜きに正解が分かった。一枚の絵があり、閉じた後、絵の中に何があったか問う(例えば小鳥が3羽飛んでいたとか)問題は殆ど出来なかった。何時も次は次はと考える性格はビジョン策定の時でも、遠い将来ほど確信めいたものが現れ、現実の混乱の整理は相当困難だった。史実や事実を丁寧に積み上げて明日を見ることが苦手なのである。

しかし、太陽電池を作ったことがある人には分かるが、蛍光灯下から屋外の強烈な光までリニア(比例的)に出力する太陽電池は作れない。アモルファスと結晶系の太陽電池の特性の差である。人間の性格も同様で顕微鏡と望遠鏡を兼ね備えたような人は居ない。根拠なき未来を想像し、少しでもそのような兆しを見つけたら悦に入る。どうしようも無い性分である。もっと現実を見よと言われてもできない性分である。想像より創造だとは頭では理解しているのだが。