共 結 来 縁 ~ あるヴァイオリン&ヴィオラ講師の戯言 ~

山川異域、風月同天、寄諸仏子、共結来縁…山川の域異れど、風月は同天にあり、諸仏の縁に寄りたる者、来たれる縁を共に結ばむ

10月最終日ということで

2018年10月31日 22時55分55秒 | カフェ
今日で遂に10月も終わり、2018年も残すところあと二ヶ月となりました。

今日は横浜のヤマハ教室が定休日のためレッスンはお休みでした。なので、午前中は家の掃除をしていました。

「今からチマチマ掃除しておけば、年末に大掃除なんぞせずに済む!」

…という根拠のない考えの下、特にお勝手や風呂場といった水周りを中心に掃除をして、だいぶ綺麗になった…のではないかと思います。

そうこうしているうちにお昼を過ぎたので、掃除でかいた汗を流してから《Cafeあつめ木》に出かけました。今日で10月が終わるということは、今月限定メニューが今日で終わるということになりますので、その前にどうしてももう一度『焦がしバターのキノコキッシュ』が食べたかったのです。

断面が黒っぽく見えるほど沢山のキノコが入ったキッシュはシメジ等の香りとマイタケ等の食感が相俟って、実に食べ応えがあります。バターの風味と共に鼻に抜けていくキノコの香りは格別です。

美味しく頂戴した後、スタッフさんから

「今日だけカボチャのアイスクリームがハロウィン仕様になっていますよ。」

というご案内を受けたので、オーダーしてみました。そして透視したのが



こちらです。

カラメルで彩られたカボチャのアイスクリームにカボチャの種で目があしらわれ、クレープで作った魔女の三角帽子が被せられています。何とも可愛らしいデコレーションではありませんか。

基本、私はハロウィンに対してアンチテーゼ派ですが、こうした茶目っ気のあるスイーツを頂く分には構わないと思っているので、これはこれで美味しく頂戴しました。やはり秋ですね。

さて、明日から11月です。

天気予報的には日毎に気温が下がっていく傾向にあるようです。確かにここ数日は特に朝の気温がだいぶ下がってきたように感じますが、さて実際にはどうなっていきますやら…。
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トンボのメガネはハ長調?

2018年10月30日 20時45分15秒 | 音楽
今日は『これぞ秋晴れ!』と言うくらいの天高い日和となりました。

夕方頃、我が家の近所を歩いていたら、ちょうど目の前にあった駐車場のパーティションの上に、赤トンボが一匹留まったのです。これは秋らしい写真が撮れる!とばかりにそ〜…っと徐々に近づいて、後から失礼してみました。

それにしても、改めて見るとトンボという生物は、あの無骨なヤゴから生まれ出たとは想像もつかない繊細な姿と美しい形をしているものだと気付かされます。夕日を写したような真っ赤な身体に、極限まで薄く仕上げた四枚の薄翅、それを毎秒数百回動かす強靭な筋肉と多孔質の複眼…神様はどうしてトンボをこんな造形にしたもうたのでしょうか。

かつてアール・ヌーヴォーのジュエリーとガラス作家ルネ・ラリックが、トンボのモチーフのブローチやランプを作ったのもこの翅虫の造形に惹かれたからこそでしょうが、こうして改めて近くで薄い翅の輝きを見てみると、そうしたラリックの気持ちが分かるような気もしてきます。

ところで話はガラリと変わりますが、私の知り合いのピアノの先生が近くにある幼稚園の横を通りかかった時に、中から子供達が《トンボのメガネ》を歌っている声が漏れ聞こえて来たのだそうです。ただ、その時ピアノを弾いていた幼稚園の先生の伴奏が

C        C       
トンボのメガネは 水色メガネ

C        C     
あ〜おいおそらを 飛んだから〜

C       C   
飛ぉ〜んだ〜か〜ら〜♪

と、全編に渡ってひたすらハ長調で押し通していたそうなのです。

私はこの話を伺って、正直ズッコケてしまいました。いや、ちょっと斬新過ぎるでしょ…と。

試しにピアノで、左手でひたすら

『ドソミソ、ドソミソ…』

と弾き続けながら《トンボのメガネ》を弾くなり歌うなりしてみると分かると思いますが、一段目はまだいいとして、特に二段目の最後の『飛んだから〜』の『ら〜』のところの音が、そのコードのレの音に相当するわけです。そこに『ドソミソ』を強行すると、ドミソのドとミの間にレが挟まって『ドレミソ』となります。これはCadd9といって、ジャズなんかで使われるかなりオサレなコードになってしまうのです。しかもこのコードは曲のシメに使われることが多いので、そこから後に続く感じがあまりしません。なので、三段目に入った時に突然普通のCに帰った時に、尚更強引な感じを受けないとも限らないのです。

まぁ、ある程度のドミナント感を大事にしつつ、ちょっとオサレな感じにしたいのであれば、例えば私なら…

C   G     Am F FonA C
トンボのメガネは 水色 メ ガ ネ

Am   Em    FM7   B♭
あ〜おいおそらを 飛んだから〜

Am   Dm7 G7 Csus4 C 
飛ぉ〜んだ〜か〜ら〜

くらいはやるかも知れません。

恐らく、聞いている子供達はキョット〜ン(?_?)とするかも知れませんが…^^;。
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差がつくよね…

2018年10月29日 20時45分14秒 | 日記
今日は小田原の教室がいつもより早くに終わったので、そのままとんぼ帰りして海老名まで戻って来ました。こちらのショッピングモール《ビナウォーク》の中にある楽器店に頼んでいたものが入荷したとの知らせがあったので、それを受け取りに来たわけです。

無事受け取りを済ませて外に出てみたら、いつもイベントを開催している広場の辺りが何やら賑やかだったので行ってみました。すると、ちょうどイルミネーションの仕込みと試験点灯の真っ最中でした。

こちらでは毎年、文化の日の頃にイルミネーション点灯式を行います。そこからクリスマスを過ぎてヴァレンタインデーまで、このイルミネーションは続けられるのです。

ビナウォークのイルミネーションは御覧のように、広場にある全ての立木に色とりどりのLEDライトを飾り付けられます。それが、赤とライトグリーンを基調としたビナウォークの建物とよく調和して、何とも華やいだ感じを演出してくれています。

さて、電車に乗って本厚木駅まで戻ってくると、こちらでもイルミネーションの試験点灯が行われていました。ただ…



こちらは同じ立木でも、中途半端に剪定した大きなモチノキに、上から覆い被せるようにして飾り付けるダサさ満載のものなのです。因みに私はこの物体を『巨大なきのこの山』と呼んでいます。

しかも、色とりどりの海老名のイルミネーションに対して何故か本厚木は毎年ツートンカラー(どうやら今年は白と青)で、カラフルな海老名のものと比べるとガッカリするくらいの見劣りっぷりなのです。まぁ、それでも『無いよりマシ』ということで納得するようにしております。

さて、こんなものも飾り付けられるということで、そろそろ11月の足音も聞こえてきたようです。今週は朝晩の冷え込みが先週よりも厳しくなるという予報ですが、さて一体どうなりますやら…。
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安らかに…

2018年10月28日 18時50分26秒 | 日記
今日は穏やかな晴天に恵まれました。そんな中今日は、愛川町在住のシンガソングライターみらいあいこさんの、先日身罷られた御尊父様の告別式に参列するために、愛川町にある斎場・愛川聖苑に行きました。

移動手段が公共交通機関しか無い私にとって、八菅山と中津川に挟まれた山間にある愛川聖苑に行くためには、本厚木駅前からバスに乗ってノンビリ揺られること20分程で到着する『最寄り』のバス停で下車してから、申し訳程度の歩道を辿って30分前後歩いて行くしか向かう方法がありません。スマホでコースを検索してこのルートが出てきた時には

『( Д ) ゚ ゚』

となりましたが、他に手段も無かったので粛々とそのコースで行くことにしました。

結果、思っていたよりも早くに会場入りすることが出来ました。受付を済ませて会場に入ると、祭壇の前に棺が安置されていたので、せめて最後に…とあいこさんの御尊父様の御顔を拝見しました。享年79と伺っていましたが、一度も染めたことが無いという髪も眉毛も黒々とされて、肌艶も良さそうに見えました。それでも、初めてお目にかかった時と比べてみればかなりお痩せになられていて、晩年の闘病生活が偲ばれました。

これまでの数年間、みらいあいこさんは歌手活動もしながらお仕事もし、自閉症のお子さんの育児もしながらお父様の介護をし…と、正に八面六臂の大活躍をされていました。数年前まではお母様(故人)の介護もされていましたから、その御苦労たるや想像を絶します。それが、こうして一つの区切りを迎えられたということは、彼女にとってどれだけ感慨深いものであるか…子育てや事実上の親の介護をしたことのない他人の私には想像もつきません。

それでもまだ彼女にとってよかったであろうことは、お母様の時もお父様の時も、彼岸に発たれることについての心の準備ができる期間が十分にあったであろうことです。

恐縮ですが私の両親の場合、母は末期の子宮ガンを患って余命半年と言われたところを三年頑張りましたが、最後はホスピスケア病棟で未明に容態が急変して他界してしまいました。父は毎年人間ドックを欠かさない人でしたが、スキルス胃ガンに罹ってあっという間に末期症状になって入院していた時に東日本大震災が発生し、道路や鉄路が壊滅的被害を被ったあおりで医薬品の流通が滞ってしまい、予定よりも早くにモルヒネを投与せざるを得ない状況になって、まるで坂を転げ落ちるように容態が悪化して、発見からわずか三ヶ月で…という他界の仕方でしたので、心の準備なぞとてもできる状態ではなかったのです。

しかも父の場合、亡くなったのが東日本大震災の一週間後だったため、世の中では道や鉄路はガタガタのままでしたし、ライフラインも完全には復旧していませんでした。そんな中で父の亡骸を引き取ったはいいものの、父の仕事関係や友人関係も全く分からないので、葬儀屋さんの提案で新聞の訃報欄に記事を掲載してもらうことしかできず、葬儀をしようにも地元の市営斎場は天井が落ちてしまって使い物にならず、他の自治体の斎場をあたるも無事だった斎場には震災関係の葬儀が目白押し、ようやく会場を見つけるも会場と焼き場とが離れていたためそれぞれのスケジュールの都合上、先に亡骸を荼毘に付してから葬儀をしなければならなかったのです。あの時、父の同級生だという葬儀屋さんが、斎場の手配をして下さったり、物流が滞っていた中で奔走して参列者への会葬御礼品を掻き集めて揃えて下さったりといったことが無かったら、父の葬儀は一体どうなっていたことやら…。そのくらい何から何までシッチャカメッチャカでしたから、ようやく落ち着けたのは初七日過ぎくらいでした。それを思うと、彼女とご両親との時間はとても落ち着いていたように見えていて、勝手ながら羨ましくも思えていました。


そんなことを考えている間に告別式の時間になり、僧侶の読経が始まりました。施主であるみらいあいこさんがご焼香し、それから親族を経て我々一般参列者もご焼香させて頂きました。

そして最後のお別れに棺の中を花で満たすことになり、終わりの方になって一般参列者も花を収めさせて頂きました。御遺体の上には、生前お召しになられていたライトブラウンのお洒落なジャケットとストライプのネクタイにカラーシャツがかけられていましたが、その上に白菊を始めとした様々な供花が飾られ、まるで花園の中に横たわっていらっしゃるような様となりました。

この斎場は式場のすぐ隣に火葬場があるため霊柩車に棺を乗せる必要が無いため、棺の蓋を閉じた後の釘打ちの儀は行わず、そのまま台車に乗せられて僧侶先導の下に火葬場まで運ばれて行きました。我々一般参列者は合掌してお見送りし、そのまま失礼することとなりました。

来た時と同じ道を辿ってバス停に向かっている途中、行きは気づかなかったのですが道端に



薄紫色の野菊が可憐な花を咲かせていました。故人の野辺送りに、これ程相応しい花は無い…と、思わずカメラを向けました。

今頃亡き御尊父様は、先に彼岸に発たれた奥様と再会しておいででしょうか。今はただ、長く闘病された苦しみから解き放たれた御霊安かれと祈るばかりです。

合掌。
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メンテナンス

2018年10月27日 23時38分53秒 | 音楽
今日はうちの子たちのメンテナンスのために、横浜市都筑区にあるヴァイオリン工房まで来ました。ここは予約制で一ヶ月くらい待つのですが、それでも都内に出るよりも近いし仕事も丁寧なので、よくお願いしています。

今日はヴァイオリンとヴィオラの弓の毛の張り替えが主な作業でした。今回はそれ以外に駒(弦の振動を楽器本体に伝える薄板)と魂柱(楽器の中に立ててある柱)の調整もお願いしました。

特に魂柱は微調整を可能にするために表板と裏板との間に挟まれて立っているだけで、糊付けされたりして固定しているわけではありませんので、演奏の振動でほんの少しですが位置がズレることがあります。それでも音は鳴るのですが、そのズレを直してもらうと、

『同じ楽器か?!』

と思うくらい鳴りが変わるのです。このあたりの勘所がプロの仕事です。

弓の馬毛についても、ずっと弦との摩擦に晒していると毛の表面がどんどん摩耗していって、発音はおろか松脂の乗りまで全然違ってしまいます。なので、ある程度演奏したら新しい毛に交換する必要があるのです。

ただ、魂柱の調整にしても弓毛の張り替えにしても素人がホイホイ出来るものではないため、どうしても専門職に依頼することになるため、どうしてもその度にお金がかかるわけです。そんなわけで、今回も諭吉さんや一葉さんや英世さん何人かとサヨナラすることとなりました…。

どうも私って、いつまで経っても諭吉さん達と仲良くなれない日々が続くのですが、何とかならないものでしょうか?これで来年消費税率が上がることを考えると、こうしたものは『贅沢品』のレッテルを一方的に貼られて軽減税率の対象になんか絶対にならないことが分かっていますから、今から絶望感しか湧いてこないのですが…(TT)。
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『ワン』カップケーキとワンコの写真展

2018年10月26日 23時32分40秒 | カフェ
今週は何だかあの『楽譜事件』で心身共に疲れてしまっていました。ですが、それでも何とか平常な生活を取り戻して活動を再開するべく、今日は久しぶりに《Cafeあつめ木》にお邪魔しました。

店内ではちょうど



11月1日に向けて《111(ワンワンワン)うちのワンコの写真展》が開催中でした。店内には、

『我が子こそは!』

という力作が展示されていました。そう言えば、もうそんな時期に入っていたのだな…と、改めていかに自分がストップモーションに突入していたかを思い知らされたのでした。

そして、この展示会の時期になると登場するのが『ワン』カップケーキです。これは文字通りワンコの顔をケーキで表したもので、昨年はマルチーズタイプのモフモフした感じのものでしたが、今年は



御覧のように舌を出した柴タイプのカップケーキでした。表面に塗られているのはバタークリームで、ちゃんと柴らしいツートンカラーに仕上がっています。

この展示会は今月いっぱい店内投票を受け付けていて、11月2日㈮に順位が決定するとのことでした。もし興味のある方は、お出かけになってみて下さい。
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追悼 ~ バーバー "アニュス・デイ"

2018年10月25日 21時57分05秒 | 音楽
昨晩のことですが、私がサポートプレイしている愛川町在住のシンガソングライターみらいあいこさんの御尊父様が逝去されました。

長く患っておられ、晩期はずっと医療施設に入院しておられましたが、昨日容体が悪化されたようで、未明に80の声を待たずに彼岸に発たれたとの報告がありました。彼女も音楽活動やお仕事の合間を縫って介護をされていましたので、その御苦労は如何ばかりかと察せられます。

何もお手伝いできませんが、日曜日に告別式があるとのことですので、そこには参列させて頂こうと思います。先ずは個人の御冥福を祈念すべく、サミュエル・バーバーの名曲《弦楽のためのアダージョ》を合唱曲にした《アニュス・デイ》を送ります。

合掌。

Barber - Agnus dei (with sheet music)
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小田急なのに…

2018年10月24日 23時41分18秒 | 日記
昨日あたりから日中でも心地よい日和が続くようになりました。こうなると、そろそろ半袖シャツも今季御役御免になる日も、そう遠くはないのではないかと思います。

ところで話は全く変わりますが、今日小田急線本厚木駅の東口にセブンイレブンが新たにオープンしました。

ちょっとビックリです。ここにはこの夏まで《Odakyu OX》という、小田急グループのコンビニエンスストアが入っていました。それが、八月に入ってしばらくした頃に閉店したのです。

駅の改札口のすぐ前ということもあって割りと客も入っていたので、何で潰れちゃったのかな?…と思っていました。そうしたら、九月末くらいに

『セブンイレブン本厚木駅東口店 10月24日オープン!』

というポスターが張り出されました。

始めは

『何でまた?小田急にはちゃんとOXっていう自前のコンビニがあるじゃないの?』

と思っていました。ですが、どうやら小田急とセブンイレブンとが業務提携を結んだらしく、本厚木駅だけでなく小田急線の主だった駅にあるOdakyu OXが、段階的に全てセブンイレブンになるようなのです。現在、京成線のホームにある売店にもセブンイレブンが入っていますが、これでセブンは二つの電鉄会社と業務提携したことになります。

ここだけでなく、来月には隣の海老名駅の売店もセブン化するようです。それはそれでいいのですが、何だかどこかモヤモヤしたものを感じずにはいられないような、複雑な気分になったのでありました。
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ひっそり可憐に

2018年10月23日 19時53分50秒 | 
今日は用事で相模原まで出かけました。

街中はすっかりハロウィン模様(…)でしたが、そんな中でも季節は進んでいるようで、通りかかった生垣に山茶花の美しい花が咲いていました。写真だと真っ白に写ってしまうのですが、実際には非常に淡い朱鷺色というか鶸色というか、とにかくこの上なく淡い紅なのです。

こんな風に咲くことを選んだ山茶花、それを許した自然…世界は素晴らしい奇跡に溢れています。
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龍神再び

2018年10月22日 20時06分13秒 | スピリチュアル
昨日の一件ですっかり気が抜けてしまい、今日はたまたま小田原の教室が休みになったのをいいことに、朝から仏壇の前でボ〜…ッと過ごしてしまいました。

そんなことをしていても人間生きているだけで空腹にはなるもので、グゥ…を通り越してギュルギュル…という切羽詰まった音が我が身から発せられていることに気づいたのです…(ーー;)。

これはいかん、と何かしら買い物をするために家を出て、本厚木駅方面に向かっていきました。その時、何気なく空を見上げたら、何と中空に龍神様が天翔ていらっしゃったのです!

写真だと非常に分かりにくいのですが、肉眼で見ると画面上から下、即ち北から南に向かって大きく蛇行しながら天翔ていらっしゃるのがよく見えました。本来は頭や宝珠のようなものを持った手もハッキリと見えていたのですが何故かスマホのカメラにはちゃんと写らず、これでもよく撮れた画像なのですが、結果的に何だかよく分からない映像になってしまいました。

そうこうしているうちに龍神様は刻々と姿を変えて、やがて私の見ている前で南の平塚方面に向けて飛び立ってしまわれました。

かつて私は



圏央道越しに大山に向けて天下って行かれた龍神様をお見かけしました(この時も、これがスマホカメラの限界でした)が、あれから一年以上経って、久しぶりに今日御姿を拝見しました。

私の前を進む御姿はまるで、

『過ぎたことにくよくよせずに、前へ進みなさい。』

と示唆して下さっているのでようで、往来の真ん中にも関わらず涙が溢れてきてちょっと困りました。

でも、おかげさまで何とか己を律して前を向く気持ちになれました。過ぎたことは過ぎたこととして、明日からまた顔を上げて、前を向いて生きていこうと思います。
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『友達価格』って…

2018年10月21日 21時12分37秒 | 日記
はぁ………

…すみません、こんな秋晴れの爽やかな日に、しかし個人的にあまりにもショッキングな出来事で、未だに何が起こったのか分からないもので…。

以前、拙ブログでバッハの《パッサカリアハ短調》の吹奏楽アレンジの仕事を受けたことを書きました。依頼主は大学に入学した時に知り合った同期の人間で、ほぼ卒業以来くらいにFacebookのメッセンジャーで連絡を寄越してきて

「今指導している吹奏楽団の演奏会でバッハをやりたいんだけど、何処にも小編成用の楽譜が売っていないから、作ってくれないか。ちゃんと『御礼』はするから。」

と言ってきたわけです。

私としても随分久しぶりにわざわざ連絡をくれたということもあって嬉しかったし、仕事としてちゃんと『御礼』はするということでもありましたから、二つ返事で依頼を受けて作業を開始しました。

そして先日無事にアレンジを終えて、依頼主にそのことをメールで報告しました。すると、向こうの都合で今日直接手渡してほしいという希望があり、そこで『御礼をする』からという返信がありました。

指定された場所は、厚木市内に三つあるVELOCEのひとつでした。

指定された時間よりも10分ほど早く着いた私は、店頭で完成品を入れた封筒を抱えて待っていました。すると指定時間に遅れること15分ほどで、かなりヲジサン化した依頼主が満面の笑みで現れました。

旧交を暖める挨拶もそこそこに店に入ると、彼がお茶代を出してくれると言ってきました。なので、お言葉に甘えてコーヒーとケーキを選び、席に着きました。そして、彼が席に着いたところで早速出来上がった作品を見てもらおう…と思ったのですが、座るなり彼が

「いやぁ、しかし久しぶりだねぇ。元気にしてた?」

と明るく語りかけてきました。それからどのくらいの時間経ったか…と言うくらいに昔語りに花を咲かせ、互いの近況も含めて大いに話が盛り上がっていました。

そして、いよいよ目的のバッハの楽譜を彼に見てもらいました。

楽譜を広げた彼はページをめくりながら

「おぉ!スゲースゲー!いいじゃんいいじゃん!」

と興奮気味にはしゃいでいました。そして最後のページまで見終えると

「いやぁ悪いね、うちみたいな貧乏吹奏楽団のためにわざわざ書いてもらって。」

と、御満悦な表情を浮かべていました。私としても、その時は依頼主に喜んでもらえてホッとしていました。

それで、いざ報酬を…という段になった時に、またしてもバッハと関係ない雑談が始まりました。そしてそこから、彼が現在指導している吹奏楽団との出会いの話から、如何に今団員が少なくて苦労しているか、運営が大変かということを切々と訴えかけるように話し出したのです。

そんな中で、団員からバッハを演りたいという希望があったものの、調べてみるとそこの楽団の規模で演奏できるバージョンの楽譜が何処にも存在しないことが判明したのだそうです。そんな中で、偶然私のFacebookを見て、私がたまにアレンジを引き受けていることを知ったということでした。

その話の結びで

「始めはこんな大規模な曲のアレンジを格安ででも引き受けてくれる人なんていなくてさ。だから結果的に君に甘えちゃった感じになっちゃったんだけど、やっぱり持つべきものは友達だよな、助かったよ。だから今回も『友達価格』でお願いさせてもらったんだ。」

と一方的に畳み掛けるように話してきました。

そして…

こちらが気圧されたように呆気にとられたままの状態でしばらく彼の一方的な自分語りが続いていたのですが、ふと腕時計を見た彼は

「あ、いけね、こんな時間だ。今日はわざわざ悪かったね。ありがと(^^)。」

と言って、楽譜の入った封筒を手に持って席を立って出口へ向かおうとしたのです。

いやいやいや…私も、まだアレンジの『御礼』を頂戴していませんでしたから、

「ちょっと待って。アレンジの『御礼』を頂ける話は?」

と言ったら、彼が

「は?(・o・)」(←リアルにこんな顔をした)

とフリーズしたのです。

そして分かったのが、何と今私の目の前にあるVELOCEのコーヒーとケーキが、その『御礼』だったのです。

要するに、その前の話で

「如何に今大変なことになっているか」

ということを熱く説明したことで、

「友達だろ?だったら俺と楽団の窮状を察して、今回は『友達価格』としてこれで引き受けてくれ。」

ということだったようなのです。

ちょっと待ってくれ、いくら『友達』だからってこちらとしてもある程度時間を割いて筆をとってアレンジしたわけだし、第一貴方から五線紙や製本作業の実費すら頂いていない、その全てにかかった『御礼』がVELOCEの¥150のコーヒーと¥400足らずのケーキで終いかい?…と突っ込んでみたところ、始めは何を言われているのか分からないような顔をしていた彼は私の前に千円札を二枚置いて

「オマエって友達甲斐ないのな。折角オマエの作品が世に出るっていうのに、その名誉だけじゃ飽き足らずに、他のアレンジャー同様に金を請求してくるんだ。もういいよ。」

と立ち去ろうとしたのです。

公共の場所だし、落ち着かなくてはいけない…と自分を抑えていたのですが、事ここに及んでさすがに黙っていられなくなって、

「『友達甲斐』って何?他のアレンジャーが引き受けてくれないからって、たまたま大学で同期だったからってタダ同然でアレンジ引き受けさせるって何なの?しかもちゃんとした説明もしないで。」

「ボランティアなら最初からボランティアだって言ってくれればこちらだって考えるところがあったのに、敢えてそれを伏せてアレンジをさせたわけだよね?それってある意味詐欺って言われても仕方無くない?」

「こちらも事前に報酬の話をきちんと詰めなかったのも悪いと思うけど、貴方が大変なように私だって生活が大変なんだよ。それなのに、貴方は自分語りだけして人の経済状況の話なんか聞きもしないじゃないの。」

「五線紙だって装丁の材料だってタダじゃないんだよ。その実費も全て私が負担して、尚且つあれだけの時間と労力を割いて頭を三角にしながら何とか納期に間に合うように苦労したんだ。その報酬がVELOCEの¥500ばかりのコーヒーとケーキかよ!」

「その後にテーブルに置いたこの二千円は何?そのアレンジ30ページちょっとあるんだけど、これだと1ページ¥100にもならないよね?貴方にとって、それだけのフルスコア書き上げた私のアレンジャーとしての価値ってそんなもんなの?」

「さっき『オマエの作品が世に出る』って言ったよね?でも、世に出るのは私の作品じゃなくてバッハの作品じゃね?だから、そのアレンジが日の目を見たからって別に『私の名誉』になんかならないんだよ、そこ分かってる?」

「ヴェルディのオペラ《ファルスタッフ》の第一幕のファルスタッフの台詞に『名誉で腹が膨れるか?いや!名誉に折れた脛が治せるか?いや!名誉は外科医じゃねぇんだ。じゃあそもそも名誉とは何か?ただの〈言葉〉だ。虚構の中に消えていく、大した代物だ!』というのがあるんだよ。そう、下世話な話、貴方も私も〈名誉〉だけで喰っていける程の御仁じゃないんだから、生きていくためには先立つものが必要なんだよ。」

「それに昔、ある先輩から聞いたことがある。『友達価格』っていうのは

『友達だから、このくらい安く引き受けてね。』

ってことじゃなくて、

『友達だからこそ、自分で出来る精一杯の御礼はさせてもらうよ。』

ってことなんだって。」

「その二千円が今の貴方にとっての精一杯だって言うんなら考えなくもないけど、少なくとも貴方はここにROLEXをつけて来るくらいの経済力あるんでしょ?だったら『友達』として貴方だけじゃなくこちらの窮状も考慮してもらえないかしら?私だって霞喰って生きているわけじゃないんだし。」

と、ほぼ一気に畳み掛け返してしまいました。

彼がROLEXの段になって、小さく

『しまった…!』

という顔をしたのを見逃しませんでしたが、それでも

「悪りぃな、何を言われようと無い袖は振れないんだよ。オマエがそんなに金に汚いヤツだとは思わなかった。じゃあな!(`へ´)。」

と大きな声で捨て台詞を吐いて立ち去ろうとしたので、大人気無いと思いつつ

「じゃあ、今ここにいる第三者の皆さんに、今までの話を聞いてどっちが金に汚いのかアンケートでも取ってみようか?そしたら、どっちがよりマトモなこと言ってるのか判ると思うぞ!(#^ω^)。」

と、あらん限りに目をひん剥いた満面の笑みと彼を上回る声楽レッスン仕込みの大きな声で言い返してやりました。すると彼は真っ赤な顔をしたまま、それでも楽譜の入った封筒はしっかりと持って、無言で踵を返して出ていってしまったのでした。

一人残された私は、店全体に

「お騒がせしました。」

と頭を下げて、彼が残して行った食器と私の食器とを下げて店を後にしたのでした。

何でしょう…いや別にボランティアなら始めからボランティアだと言ってくれれば、こちらとしてもそれなりの心づもりはしていたと思います。それなのに

「きちんと『御礼』するから」

と報酬をチラつかせておいて、蓋を開けてみたらそれがVELOCEのコーヒーだったというのが何だか自分が騙されたような気もしてしまったし、引いては彼にとって私が

『それだけの価値のヤツ』

っていうレッテルを貼られたみたいで、異様に腹が立ってしまったのですよ。

よく、楽器を持ち歩いている状態の時にその場で

「チャチャッとでいいから、ヴァイオリンで何か弾いてよ。」

と気軽に言われることがあります。その時に私は、気のおけない人たちの中であれば座興として本当にチャチャッと弾いてみせることもありますが、大抵の場合には

「伴奏がある状況でならお引き受けしないでもありません。」

と、やんわりお断りするようにしています。

極たまに

「へぇ、やっぱりクラシックの人ってお高いんだ。」

と厭味ったらしく言ってよこす人もいるのですが、そういう時にはその人の職業を聞いて、例えば飲食業であれば、

「では今度、お宅の店にお邪魔した時にタダ飯たらふく食わせて下さい。」

と言い返します。すると、何故か大抵の場合

「冗談じゃねぇ!」

と激昂してくるので、

「貴方が修行を重ねて、今ではお客から金をとって料理を振る舞う飲食を業として生活されているように、私は数百万円ものお金をかけて音楽大学を卒業し卒業後も修養を重ねて、今では演奏を業として生活しているのです。そう考えた時に、貴方の店で許されないことがどうして私には許されるのか、ここでタダ演奏することによって私に何のメリットがあるのか、明朗かつ明確な理由を御説明下さいませ。」

と言うと、一気に座がシラケます。でも、私はそれでいいと思っているので、一切気になりません。以前テレビで見た話ですが、和田アキ子も嘗て酒の席で歌を半ば強要された時に、

「私はプロの歌手ですから、カラオケでは歌いません。きちんとしたオケがあるところでなら歌います。」

と断ったそうですが、私はこの対処は正しいと思います。

日本はまだまだ音楽家に対して、歌舞音曲を業とする河原乞食…という位置付けがされています。だからこそ、こうした

「ちょっとやってよ〜♪」

という軽薄な依頼のされ方をするし、一部の人間は悪気も無くホイホイと応じてしまったりするので、気軽に頼む側が

「あの人はやってくれたのにぃ〜…。」

とますますつけあがる…という悪循環が絶ちません。

私も嘗て、二十代の頃ある友人に

「アンタもさぁ、ちゃんと自分の技術をお金にしなきゃダメだよ。アレンジだって演奏だって、気軽に引き受けてばっかりいると、その人たちにとって『使えない』って判断された途端に一気に仕事が無くなるからね。人間って、そんなにいい人ばかりじゃないんだから。むしろ、足を引っ張るヤツの方が圧倒的に多いんだからね。」

と注意されたことがありました。そして今、その言葉は現実のものとなり、あれだけ共演したりアレンジを頼んで来たりした人たちは、私が不惑を迎えた頃からまるで潮が引いていくかの如く私の周りから消えていったのです。

その時の友人に今回の顛末を話したら、恐らく

「ほら言わんこっちゃない。」

と一蹴されて終わるかも知れませんが、それでも今回は自分なりの意地は通したつもりです。

今はただ、自分の音楽家としての価値の低さに呆然としていますが、今後は彼が置いていった千円札二枚を反省材料に、もっと仕事としての音楽活動を充実させていこうと心に思ったのでありました。
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小田急ファミリー鉄道展2018

2018年10月20日 20時58分22秒 | 日記
今日はいいお天気に恵まれました。

そこで今日は、海老名電車区で開催されている《小田急ファミリー鉄道展2018》に出かけました。この時期、小田急線海老名駅に隣接する海老名電車区と、駅前ショッピングモールビナウォークとを会場として、この鉄道展が開かれています。

電車区では、普段入れない軌道上に立って、小田急線の車両を間近に見ることができます。今年の目玉は、新登場のロマンスカーGSEかな…と思っていたら、何と今年の7月に惜しまれつつ引退したロマンスカーLSEが最後のお披露目として登場していました。

Luxury Super Expressの名に相応しく、抜群の乗り心地と広い窓、鮮やかなオレンジ色に彩られたスタイリッシュなフォルム、そしてロマンスカーをロマンスカーたらしめる展望席…少なくとも団塊ジュニア世代以上がロマンスカーと聞いて真っ先に思い浮かべるのは、恐らくこのかたちではないかと言っても過言ではないでしょう。

それを間近に見られる最後のチャンス!ということで、画面には写っていませんが、パーティーションロープの周りには黒山の撮り鉄だかりが出来ていました。私もこれまでにLSEにお世話になったことを思い起こして、感慨深いものがありました。

その他にも



私の大好きなマルチプルタイタンパー等の保守整備作業車がズラリと勢揃いしていました。特に今年はマルチプルタイタンパーによるバラスト突き固め実演も行われ、迫力満点の作業行程を目の当たりにして大興奮でした。こうした重機による保守があったればこそ我々は日々の快適な電車ライフをエンジョイすることが出来るわけですから、こうした保守点検車両達にはひたすら感謝感謝です。

また、個人的にポイント好きな私としては



こうしたポイントを間近に見ることができて、かなり興奮していました。傍から見たら、恐らくとんでもなく気持ち悪くニヤニヤした中年男に見えていたでしょう。

こうして出来上がってしまったものを見れば『こういうもの』と納得してしまうのですが、線路が枝分かれするというこのシステムを最初に思いついて実際に作り上げた人は天才だと思うのです。このシステムがあるからこそ自在な列車の運行が可能になるわけですから、見れば見るほど感心してしまいます。

その他にも物販のコーナーや子供向けのミニロマンスカー乗車コーナー、大の大人達がNゲージを走らせて薀蓄を傾けるコーナーなど、盛り沢山のコーナーがありました。

この鉄道展は明日も海老名駅周辺で行われます。入場無料ですので、お時間のある方はお出かけになってみては如何でしょうか。
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ホントにこんな陽気でした

2018年10月19日 23時42分38秒 | 日記
今日は何とも言えない陽気となりました。

今日は用事で秦野に来ていたのですが、駅のホームにいる人の格好を見て頂くと分かるように、手前の青年は半袖半パン姿なのに、その後ろに立っている女性は二人共ハーフコートを着ているのです。

つまり、そんな天気だったのですよ…。

因みに私は半袖Tシャツに半袖シャツを羽織っていました。それでも寒く感じることはありませんでしたが、写真の右側に写っているグレーの女性は頻りに寒がっていました。

つまり、そんな天気だったのです、ハイ…。

10月も半ばを過ぎましたが、何となく半袖がしまえない感じが続いています。私が冬物のジャンパーを引っ張り出すのは、一体いつのことになりますやら…。
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いつからアケビは買う物に…

2018年10月18日 23時38分33秒 | 日記
今日は一段と秋らしい陽気となりました。考えてみれば、お日様が顔を出したのも随分と久しぶりな気がします。

昨今はいろんな店で、栗やキノコといった秋の味覚が店頭を彩っていますが、たまプラーザのイトーヨーカドーの店頭にはこんなものが並べられていました。何と野山の秋の味覚アケビでございます。

何でしょう…アケビと言えば、秋の野山に分け入って雑木の梢を見上げると、枝から蔓にぶら下がっているアケビがあちこちにあったものです。そして元野猿の私なんぞはアケビがなっているのを見つけるとその木に登っていき、多少のゴミを落として皮を剥いてから、いくらも無い白いところを食べていたものです。

食い意地のはった子供だった私は、種にくっついているところまでくまなく食べていましたが、近所の大きなお兄さん達から

「種は食べちゃわないで、そこらへんにペッペッてするんだよ。来年また生えてくるから。」

と教えてもらって、その通り木の上からそこらへんにペッペッしてました。

ただ、何年か前に久しぶりにその辺りを訪れたら、アケビを食べていた山が丸ごと無くなっていて、新たな住宅地となっていました。時の流れとは、かくも残酷なものです…。

それにしても、こんなに食べるところの無いものに一個¥298も出して買う人って…いや、ご丁寧に皮の天麩羅の作り方まで添えてあるんだから誰かしらいるんだろうな、と、思いつつ、結局私は買わずに家路についたのてありました。
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ドカン!と舞茸天そば

2018年10月17日 21時51分23秒 | グルメ
今日は日中と朝晩の寒暖差がかなり激しく、着るものに悩みました。というのも、このところ基本的に外を『寒い』と認識しているのか、公共交通機関に乗っていると車内で無闇に暖房を焚かれていることが増えてきていて、ヘタに長袖なんぞ着ていると暑くて仕方ないのです。

元来人が外出する際には、その時肌で感じた外気温に合わせて装うわけです。そうしてある程度着込んでいるというのに、電車やバスに乗るとさもさも

『寒いですよねぇ〜♡』

と言わんばかりに暖房が焚かれていることが多く、皆さん一様に口には出さねど、うっすら汗までかいていたり、中にはのぼせるようにして体調を崩す方まで出たりするのです。

これは非常に迷惑な話で、客はある程度厚手の格好をしているわけですから、車内空調は冷房のままにしろとは言いませんが、せめて送風に留めておくべきだと思うのです。このあたりのことについては、是非とも各公共交通機関に熟考して頂きたいと思うところであります。

ところで、あざみ野の教室に向かう途中の中央林間駅の駅蕎麦《しぶそば》に、秋の新メニューが登場していたので入ってみました。『舞茸天そば』です。

熱々のお蕎麦の上に、秋田産の舞茸の天麩羅がドドン!と一個のっています。頂くと、舞茸独特の香りとシャキシャキとした歯応えが堪りません。こういうものを頂くと、秋も深まってきたな…と感じることができます。

こうした秋らしいものが美味しく頂ける秋が、一日でも長く続いてくれることを切に願うばかりです。
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