さすらい人の独り言

山登り、日々の独り言。
「新潟からの山旅」別館
http://iide.hp.infoseek.co.jp/

さすらいの風景 ローマ その2

2011年02月17日 | 海外旅行
コロッセオの前には、コンスタンティヌス帝の凱旋門があります。315年にローマの元老院と民衆がミルヴィオ橋での戦いの勝利を記念して建てたものです。

ミルヴィオ橋は、ローマの北にある橋です。ローマ帝国の終焉期の312年に、分割統治していたコンスタンティヌス1世が強力なライバルだったマクセンティウスを打ち破った戦いの場になりました。

コンスタンティヌス1世は、ローマ帝国を再統一し、キリスト教を公認して、大帝とも呼ばれますが、首都をコンスタンティノポリス(現イスタンブル)に遷都し、ローマの栄光も終わってしまいます。



高さ28mでローマで最も大きく、保存状態も良いものです。



コロッセオの西には、フォロ・ロマーノがあります。コロッセオの前から見えているのは、そのはずれにある考古学博物館です。



フォロ・ロマーノは、古代ローマ時代に、市民の集会、裁判、商業活動、支持討論の場として設けられた公共広場です。英語の「フォーラム」の語源になっています。

フォロ・ロマーノでは、東西600m、南北200m程の長方形の敷地内に、ローマ時代の遺跡が並んでいます。

中央の入り口から入って、アントニヌスとファウスティーナの神殿前から、西のセヴェルスの凱旋門方面を眺めたところ。

背後の塔を持った建物は市庁舎で、その手前に古代ローマにおいて公文書を保管したタブラリウムがあります。



右の三本並んだ柱は、ローマを勝利に導いたカストルとボルックスの神殿(双子神の神殿)の跡です。

左は、巫女が聖なる火を守っていたヴェスタの神殿の柱です。



エミリアのバジリカ。エミリア一族によって造られた公会堂の跡です。



ガイウスとルキウスのポリティクス

アウグストゥス帝が二人の孫の名前で建てたものです。



セヴェルスの凱旋門

203年にセヴェルス帝を記念して建てたものです。フォロ・ロマーノの西端に位置します。



様々な遺跡が並んでおり、いちいち確かめるのも疲れてきます。



セヴェルスの凱旋門の左にはサトゥルヌスの神殿。

サトゥルヌスの神殿では、神殿の入り口を飾っていた8本の柱だけが残されています。



レリーフも残されていましたが、いわれは判りません。



フォカスの記念碑が奥に見えています。



西を見ていますが、左の石畳は聖なる道と呼ばれています。

さらにフォロ・ロマーの遺跡をさまよい歩いてみましょう。
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« さすらいの風景 ローマ その1 | トップ | さすらいの風景 ローマ その3 »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む