さすらい人の独り言

山登り、日々の独り言。
「新潟からの山旅」別館
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さすらいの風景 オスロ5

2008年06月22日 | 海外旅行
オスロの湾内に突き出た半島のビュグデイにフェリーで渡ると、海に関する博物館が並んでいます。

まずは、コンチキ号博物館。

ノルウェーの人類学者ヘイエダールは、ポリネシア人は東南アジアから移住したいうこれまでの通説に対し、南米のペルーから移住したという説を唱えました。

これを実証するため、有史以前にペルーのインディオが使った筏船を復元し、1947年、ペルーからポリネシアへと、800km、101日の漂流で到達しました。

「コンチキ号漂流記」として出版されて、有名になっています。肝心のコンチキ号の写真がなくてすみません。

1969年には古代エジプトとペルーの交流を証明するため、パピルス製の葦舟ラー号で大西洋横断を試み失敗しましたが,翌年ラー2世号で成功しました。

この写真がラー2号です。



帆の模様は、日の丸に見えますが、太陽神ラーの印です。



続いて、バイキング船博物館。デンマークのロスキレにもありますが、ここに展示されているオセベルグ号は、舳先に美しい渦巻き模様を持っています。長さ30m、最大幅6mの大きな船です。アーサ女王の棺として埋葬につかわれたとのことです。



渦巻き模様のアップ。他に二隻の船が展示されています。



フラム号博物館。

フラム号は、木造スクーナー。ナンセンは、この船を使用し、北極海の海氷に閉じ込められたまま漂流し、3年かかって北極海を横断するという観測探検に成功しました。
また、1911年、アムンセンは、ナンセンからこのフラム号を受け取り、始めは北極点到達をめざしましたが、ヒアリーによる北極点到達の報せを聞いて、南極点到達に目標をかえました。結局、スコット隊との先陣争いに打ち勝って、世界最初の南極点到達に成功しました。
このフラム号は、北極と南極の大冒険に参加し、ノルウェーの誇りになっているといいます。



ナンセンやアムンセンといった冒険家がこの艦橋に立ったと思うと、昔本で読んだ冒険が、身近なものに思えてきます。

こういった展示物を見ていると、北欧各国の中でも、ノルウェーがバイキングの血を一番濃く伝えているように思えます。
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4 コメント

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板子一枚下は地獄 (本読みと山歩き)
2008-06-23 04:58:38
今晩は。
さすが北欧、船に関する情報や物が多いですね。
古代人もバイキングも今思えばよくあんな船で、未知の世界へ乗り出したものです。
伊勢志摩にも「海の博物館」があり、たいへん興味深い実物の船や歴史などを学ぶことができました。
(昔の)海洋国家には共通する冒険魂があったのです。
さて、今の日本やノルウエーはどうでしょうね。
海洋交通 (さすらい人)
2008-06-23 17:36:30
本読みと山歩きさん:
冒険一般についての話ですが、昔の装備を見ると、このような粗末なもので、よくぞと思ってしまいますね。冒険心が第一ということなのでしょうね。
伊勢志摩の博物館は見たことがないので、機会がありましたらよってみます。
ノルウェーに関しては、入り組んだフィヨルドのおかげで、陸上よりも海上交通の方が便利で、海洋国家の色が濃く残されているような気がします。ノルウェー篇の最後に、おびただしいヨットの風景をお見せすることになります。
本物だ~ (テントミータカ)
2008-06-23 21:51:16
うわぁ~!これがアムンセンのフラム号ですか!。  数ヶ月前にアムンセンの伝記本や本多勝一氏の「アムンセンとスコット」を読んでいたので、こちらで、この船を見ると感激しますね。
フラム号 (さすらい人)
2008-06-23 22:08:45
テントミータカさん:
フィルム時代の写真なもので、デジカメと違って、撮影枚数が少なくてすみません。
フラム号の北極海と南極海での冒険を思うと、この船に思わず脱帽したくなります。

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