さすらい人の独り言

山登り、日々の独り言。
「新潟からの山旅」別館
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さすらいの風景 ウィーン その14

2015年03月10日 | 海外旅行
王宮家具博物館の続きです。

フランツ・ヨゼフ1世の王座

ウィーンの王宮におけるセレモニーで必要な時に、臨時に用いられたようです。



フランツ2世の玉座









カロリーネ・アウグステ・フォン・バイエルンの謁見室

カロリーネ・アウグステ・フォン・バイエルンは、オーストリア皇帝フランツ1世の4人目の妃です。子供はいませんでしたが、異母妹の一人のゾフィーがフランツ1世の三男フランツ・カール大公と結婚して皇帝フランツ・ヨーゼフ1世を、もう一人のルドヴィカが同族のバイエルン公マクシミリアン・ヨーゼフと結婚してその皇后エリーザベトをもうけています。



マリア・ルドヴィカ・フォン・エスターライヒ=エステの部屋

マリア・ルドヴィカ・フォン・エスターライヒ=エステは、オーストリア皇帝フランツ1世の3人目の妃です。

同じような名前が出てきて混乱します。



皇帝の寝台。



Laxenburug Palace の皇帝の寝台



オーストリア大公妃ゾフィーと大公フランツ・カールの寝室



オーストリア大公妃ゾフィーの肖像画も飾ってありました。

ミュージカル「エリザベート」では、にくにくしげな初老の姿で登場しますが、ひけをとらない美人です。







メキシコ皇帝マキシミリアンのトリエステの別荘の部屋





皇妃エリザベートのブダペスト近郊のGoedoelloe城で用いられたキルト



皇妃エリザベートのナイトガウンとビデ





皇太子ルドルフの書斎机

拳銃や頭蓋骨が置かれているところに異常性が感じられます。



皇太子ルドルフが造らせたトルコ風の部屋

シュテファニー・フォン・ベルギエンと結婚した1881年に私室を増築することになり、この部屋が造られました。



マイヤーリンクの狩猟館における皇太子ルドルフのベッド

1889年1月30日、ルドルフは17才のマリー・ヴェッツェラを道連れに自殺をとげました。明け方に銃声を聞いた執事が施錠されたドアを斧で破って入ると、ルドルフとマリーがベッドの上で血まみれになって死んでおり、傍らに拳銃が落ちていたといいます。

マイヤーリンクの狩猟館におけるルドルフの部屋は、事件後に撤去され、その下に祭壇が設けられて教会に変わっていますが、その現場になったベッドが残されているとは驚きでした。

翌日に、マイヤーリンクを訪れることになるので、皇太子ルドルフへの興味が強まりました。

ハプスブルグ家の物持ちの良さには驚かされます。ミュージカル「エリザベート」の人気によって王宮内にシシー博物館ができましたが、ミュージカル「ルドルフ 〜ザ・ラスト・キス〜」が成功した場合にルドルフ博物館を作るだけの遺産は揃っているようです。



家具と共に「プリンセス・シシー」の映画の場面が映し出されていました。

ドイツで製作された1955年の「プリンセス・シシー」、1956年の続篇「若き皇后シシー」、』、1957年の第三作「ある皇后の運命の歳月」はシシー三部作とも呼ばれますが、この映画の撮影では、この王立家具博物館所有の家具が用いられました。

日本では1959年、当時の皇太子御成婚記念映画として第一作が封切られましたが、その他の二作は劇場公開されませんでしたが、現在ではDVDで見ることができるようです。



NHK・BSで放送された「プリンセス・シシー」をダビングしたものから切り取った画像です。場面は、バートイシュルにおけるお見合いの場面。

シシーを演じるのは、ロミー・シュナイダーです。ロミー・シュナイダーは、シシーを演じることによってアイドル的な人気を得ましたが、その代償として出演作の役は大衆向け娯楽作の甘い無害な歴史ロマンスのヒロインや清純な乙女といったものばかりになって悩むことになりました。しかし、家人の破産によって、意に反してシシーの続編に出演することになってしまいます。しかし、映画は大成功になってしまい、第四作の出演も望まれましたが、巨額の出演料を提示されても拒みとおしてしまいました。



「プリンセス・シシー」は、アウグスティン教会の結婚の場面で終わっています。

第四作で、シシーの悲劇的な死が描かれるはずだったので、三部作で終わったことは残念なこととしかいえません。



ロミー・シュナイダーは、アランドロンとの結婚(後に離婚)を機にフランスに渡って、フランスのトップ女優に登りつめます。

シシーを演ずることを嫌ったロミー・シュナイダーですが、1972年のヴィスコンティ監督の「ルートヴィヒ 神々の黄昏」で再び演ずることになります。ヴィスコンティによる映画や舞台への出演依頼によって、女優としての評価が高まったことによる恩返しだったのかもしれません。

私が皇妃エリーザベトについて関心を持ったのも、この「ルートヴィヒ 神々の黄昏」がきっかけでした。ただ、当初に興味を持ったのはワーグナーのパトロンでノイシュバンシュタイン城を建築した狂王ルートヴィヒの方でした。この映画でのシシーは美しく、ロミー・シュナイダーという名前を心に留めることになりました。34才頃の撮影ですが、16才の時のシシーよりも魅力が増しています。



再び中古家具展風の展示になりました。



まさに倉庫といった感じです。ここで面白かったのは、ここの廊下に並べてある椅子やソファーに、自由に座って確かめてくださいと掲示してあったことです。ちょっとした王宮気分が味わえました。



給湯器が供えられたバス。

宮殿内では、文化の進歩にともなって、改装が行われていったようです。



トイレ各種



第一次大戦後のキッチン

これ以後は、新しい時代の室内装飾が展示されていました。

















上の階に上がると、Wappensaal Coats-of-arms Hallと書かれた豪華なホールが再現されていました。紋章ホールということのようです。



王立家具博物館は、玉石混合の面白さがあり、じっくりと見れば発見のある場所でした。
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