さすらい人の独り言

山登り、日々の独り言。
「新潟からの山旅」別館
http://iide.hp.infoseek.co.jp/

さすらいの風景 長春 その6

2011年06月22日 | 海外旅行
偽満皇宮博物院の同徳殿は、勤民楼と緝煕楼の建物が、満洲皇帝の住まいとしては貧弱なため、日本人の設計によって建てられたものです。

溥儀と李玉琴の住まいとして設けられましたが、猜疑心の深い溥儀は盗聴器が仕掛けられていると疑って使用しなかったといいます。



入り口のホールです。

映画「ラストエンペラー」にも、満洲国建国のパーティーの場面の撮影に使われました。



二階からホールを見下ろしたところ。



李玉琴が皇妃として迎えられる場面



皇帝のベット



応接室



李玉琴の居間でしょうか。人形が置かれており、絨毯に皇后のシンボルである鳳凰が描かれています。



ビリヤード室

溥儀は、天津の租界での生活で、西洋風の生活に馴染んでいました。



一階の片隅にあった小さな噴水



会議室





御用係り吉岡安直と関東軍の指示のもとに、種々の公布が出されました。



映写室



座席の方からみると、正面にスクリーンが置かれています。

自分を主人公にした映画が作られてヒットするとは思わなかったでしょうね。



日本の神社を思わせる内装の施された部屋



建物の間には、小さいながら美しい庭園が造られていました。



築山も造られていました。



この築山を回り込んだ所に、防空壕の入り口がありました。中に進むと、急な階段がはるか下に続き、ガイドの指示で引き返すことになってしまいました。

防空壕内には皇帝専用室があり、満洲国崩壊につながるソ連参戦のニュースも溥儀はこの防空壕内で知らされたといいます。



出口に向かう途中に、川底から発見された東清鉄道の蒸気機関車が展示されていました。



蒸気機関車は、アメリカのフィラデルフィアで作られたもののようです。



出口に向かう途中、塀に鳥居の飾り付けが施されているのが見えました。

建国神廟入り口の鳥居で、以前は壁に塗り込められていたものが復元されたようです。

溥儀は、天皇との会談で、天照大神を満洲に奉じたいと申し入れます。これは、関東軍の意向を酌んだ吉岡の指示であったとか、溥儀自身の絶対的権力への憧れによるものであったとか言われています。

満洲人も日本人も、満洲国に天照大神を祀ることに違和感を覚え、結局のところ、建国神廟は満洲人の反日感情を強めることになりました。

地元ガイドも、この建国神廟には触れずにスルーしました。



附属施設としては、立派な建物の東北陥落史陳列館も設けられていました。愛国教育のための施設ということで、日本をどのように説明しているか、ちょっとのぞいてみたかったのですが、スルーされました。

長春の観光はこれで終わって、瀋陽に向かうことになりました。

長春は、旧満洲国の首都の新京の遺構が多く残されていましたが、どこか違和感を覚えました。
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« さすらいの風景 長春 その5 | トップ | さすらいの風景 長春から瀋陽へ »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む