さすらい人の独り言

山登り、日々の独り言。
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さすらいの風景 瀋陽 その5

2011年06月30日 | 海外旅行
瀋陽が奉天と呼ばれた満洲時代には、日本の支配下にあった鉄道附属地に、日本人の設計による多くの建物が造られて、現在でもそのまま使われています。

日本の支配地を代表する奉天大広場は、現在では中山広場と名前を変えていますが、その周囲は日本人が建築した建物が取り巻いています。

代表する建物としては、奉天ヤマトホテルがまずあげられます。

奉天ヤマトホテルは、ヨーロッパ・ルネッサンス様式が取り入れられており、現在も遼寧賓館として、ホテルとしての営業を続けています。

ヤマトホテルは、かつて南満州鉄道株式会社が経営していた高級ホテルブランドで、1907年から1945年まで満鉄線沿線の主要都市を中心にホテル網を展開していました。



夜の奉天ヤマトホテル。

ここで、山口淑子こと李香蘭が初めて舞台に立ちました。




横浜正金銀行奉天支店

内部を吹き抜けにした典型的な銀行建築とのこと。



東洋拓殖奉天支社

満州事変の時には、関東軍司令部が置かれたといいます。



朝鮮銀行奉天支社



朝鮮銀行奉天支社の夜景。

バスの中からの夜景撮影は難しいですね。



奉天警務署

鉄道附属地での警察業務を担当した関東軍の下部組織でした。



奉天大広場の中央には、日露戦争の戦勝記念碑が置かれていましたが、現在は毛沢東像が建てられています。

独裁者の銅像は、どうして同じポーズをしているのだろう。



満洲鉄道総局・旧館



満洲鉄道総局・本館

瀋陽には、関東軍に対抗して、奉天城を中心として張作霖による都市改造が行われました。ここでは、洋風建築をあまり理解しないで取り入れたために不思議な構造になった中華バロックと呼ばれる建物が見られるのですが、このツアーでは残念ながら紹介されませんでした。
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