佐賀県武雄市が市の図書館運営を蔦屋CCCに委託したことについて雑感。5月初めの新聞報道では、武雄市図書館の入館者数は、改装開業後のひと月で前年度4月の約5倍にのぼったという。今のところ樋渡市長の目論見通り以上の大成功ということになるだろう。僕の知人の図書館情報学者らも、新しい試みにとても寛容ということもあって「暖かく」見守る立場の人が多い。僕も考えをまとめておくために筆を起こした。
僕は同館を訪問したことが無いので、ウェブと報道の情報に基づいてまとめる。同館は今年度からCCCを指定管理者とし、開館時間を9時から21時に延長、年中無休とし、貸出対象を日本国内居住者に拡大している。館内のスターバックスで閲覧しながらお茶ができ、また書籍・雑誌販売、有料のレンタルCD/DVDのコーナーも併設されている。貸出用カードとして蔦屋のTカード併用版も利用できる。改装された館内は美麗で快適そうであり、ホームページも洗練されている。
開館時間の長さや貸出対象の範囲は評価したい。一方、スタバや書店併設についてはあまり驚くようなことではない。商業施設の中に場所をもつ公立図書館は日本全国に普通にある。武雄市は図書館の中に店舗があるという逆パターンであるが、その書架への近さが斬新であると言えるものの、高いハードルを乗り越えたというものではないだろう。公営施設に商店を入れるなという主張もあるようだが、そんなことを言いだしたら全国で飲食店を中心とするかなりのテナントが撤退しなければならなくなる。
カードを通じて一企業が貸出履歴を入手することを問題視する声もある。けれども契約で貸出履歴等の個人情報は図書館運営以外に使用されないということになっているようなので、現時点ではそれを信じるべきだろう。また、Tポイントの付与は商行為となり、著作権法(貸与権)に抵触するのではないかという日本書籍出版協会の指摘もあった。武雄市側はポイント付与は自動貸出機の使用に対してであり、著作物に対してではないので著作権法上問題ないとしている。
図書館を観光資源とできるという意見もあるようだ。しかしながら、武雄市は人口5万人ほどでその図書館の蔵書数は約18万冊にすぎない。率直に言って小規模であり、おそらく都会の読書家が満足するよう蔵書にはなっていないと推測される。偏ったサンプルだが、『ヤバい経済学』やジャレド・ダイヤモンドの書籍はあるが、ブルデューのほとんどとエスピン-アンデルセンは所蔵していない、と書いたらそのレベルがわかるだろうか。まあ、公立図書館の世界では僕のような読書ジャンキーを相手にする必要はないという考えも強い。職業的に本を読んでいるわけではない平均的な読者層がこの図書館を訪れてくれれば、成功なのだろう。
指定管理者云々という批判は、武雄市に限らない話なのでパス。こうしてみると、公立図書館の概念を揺さぶるような新しいことをやっている印象はない。ささやかながら利用者志向に向けて一歩進んだ、ただの地方の小さな公立図書館である。指摘された問題はクリアしているようだし、反対派が騒ぐほどのことでもないように思える。管理者が軟派なイメージの蔦屋であるというのが彼らの気に障ったのかもしれないが、結果として広く宣伝されることになってしまった。市長の炎上マーケティングの勝利でもあるだろう。
敢えて問題を挙げるとすれば、武雄市図書館が論争を引き寄せるような何か新しいものとして考えられてしまうことに対してである。
公立図書館一般の運営方針をめぐっては、10年以上も前にその過剰な利用者志向に対して関係者の間で反省がなされてきた。公立図書館は利用量の最大化を目指せばいいわけではない。単純にそうすることは民業圧迫であるとすでに批判を受けた。また、図書館利用の結果が利用者の私的利益に留まるならば、図書館に税金を投入する意味はなくなる。こうした認識の結果、一部の図書館関係者の間で、公共性のある成果を追及すべきだというゆるい合意が今世紀になって形成されてきた。目指すべき方向についてはっきりした結論は出ていないけれども、今さら利用者が多くなって良かったねという話にはならないのである。
こうした視点から見ると、今世紀に交わされてきた議論の回答となるような試みが同図書館で展開されているわけではないこともあって、それに大きな期待を寄せることは難しい。新しい意匠はあるが、本質は利用者満足を追求する従来型の公立図書館と想像され、それはすでに多くの公立図書館が通ってきた道だろう。叩かなければならないような逸脱や、賞賛に値する斬新な方針転換があるわけではないのだ。したがって、図書館関係者の態度としては、それこそ暖かく見守ってその成功を願うというのでよいのだろう。
僕は同館を訪問したことが無いので、ウェブと報道の情報に基づいてまとめる。同館は今年度からCCCを指定管理者とし、開館時間を9時から21時に延長、年中無休とし、貸出対象を日本国内居住者に拡大している。館内のスターバックスで閲覧しながらお茶ができ、また書籍・雑誌販売、有料のレンタルCD/DVDのコーナーも併設されている。貸出用カードとして蔦屋のTカード併用版も利用できる。改装された館内は美麗で快適そうであり、ホームページも洗練されている。
開館時間の長さや貸出対象の範囲は評価したい。一方、スタバや書店併設についてはあまり驚くようなことではない。商業施設の中に場所をもつ公立図書館は日本全国に普通にある。武雄市は図書館の中に店舗があるという逆パターンであるが、その書架への近さが斬新であると言えるものの、高いハードルを乗り越えたというものではないだろう。公営施設に商店を入れるなという主張もあるようだが、そんなことを言いだしたら全国で飲食店を中心とするかなりのテナントが撤退しなければならなくなる。
カードを通じて一企業が貸出履歴を入手することを問題視する声もある。けれども契約で貸出履歴等の個人情報は図書館運営以外に使用されないということになっているようなので、現時点ではそれを信じるべきだろう。また、Tポイントの付与は商行為となり、著作権法(貸与権)に抵触するのではないかという日本書籍出版協会の指摘もあった。武雄市側はポイント付与は自動貸出機の使用に対してであり、著作物に対してではないので著作権法上問題ないとしている。
図書館を観光資源とできるという意見もあるようだ。しかしながら、武雄市は人口5万人ほどでその図書館の蔵書数は約18万冊にすぎない。率直に言って小規模であり、おそらく都会の読書家が満足するよう蔵書にはなっていないと推測される。偏ったサンプルだが、『ヤバい経済学』やジャレド・ダイヤモンドの書籍はあるが、ブルデューのほとんどとエスピン-アンデルセンは所蔵していない、と書いたらそのレベルがわかるだろうか。まあ、公立図書館の世界では僕のような読書ジャンキーを相手にする必要はないという考えも強い。職業的に本を読んでいるわけではない平均的な読者層がこの図書館を訪れてくれれば、成功なのだろう。
指定管理者云々という批判は、武雄市に限らない話なのでパス。こうしてみると、公立図書館の概念を揺さぶるような新しいことをやっている印象はない。ささやかながら利用者志向に向けて一歩進んだ、ただの地方の小さな公立図書館である。指摘された問題はクリアしているようだし、反対派が騒ぐほどのことでもないように思える。管理者が軟派なイメージの蔦屋であるというのが彼らの気に障ったのかもしれないが、結果として広く宣伝されることになってしまった。市長の炎上マーケティングの勝利でもあるだろう。
敢えて問題を挙げるとすれば、武雄市図書館が論争を引き寄せるような何か新しいものとして考えられてしまうことに対してである。
公立図書館一般の運営方針をめぐっては、10年以上も前にその過剰な利用者志向に対して関係者の間で反省がなされてきた。公立図書館は利用量の最大化を目指せばいいわけではない。単純にそうすることは民業圧迫であるとすでに批判を受けた。また、図書館利用の結果が利用者の私的利益に留まるならば、図書館に税金を投入する意味はなくなる。こうした認識の結果、一部の図書館関係者の間で、公共性のある成果を追及すべきだというゆるい合意が今世紀になって形成されてきた。目指すべき方向についてはっきりした結論は出ていないけれども、今さら利用者が多くなって良かったねという話にはならないのである。
こうした視点から見ると、今世紀に交わされてきた議論の回答となるような試みが同図書館で展開されているわけではないこともあって、それに大きな期待を寄せることは難しい。新しい意匠はあるが、本質は利用者満足を追求する従来型の公立図書館と想像され、それはすでに多くの公立図書館が通ってきた道だろう。叩かなければならないような逸脱や、賞賛に値する斬新な方針転換があるわけではないのだ。したがって、図書館関係者の態度としては、それこそ暖かく見守ってその成功を願うというのでよいのだろう。