エイドリアン・レイン『暴力の解剖学:神経犯罪学への招待』高橋洋訳, 紀伊国屋書店, 2015.
神経犯罪学という、犯罪の原因として遺伝的・生理学的要因があることを強調する領域の一般向け解説書で、著者は1970年代後半からこの領域を開拓してきた第一人者である。原著はThe anatomy of violence: the biological roots of crime (Pantheon, 2013.)である。冒頭カラーページにある、犯罪者の脳と普通の人の脳の比較画像はその異常をわかりやすく示している。
犯罪者となる──主に殺人を犯すような──人物の脳には異常がみられるというのその主要な発見である。物理的にはその前頭葉または海馬などが不十分な大きさしかなく、このため自制心や他者への同情心などの欠如が見られるという。また、テストをすれば、生まれつき恐怖心が低かったり、あるいは前兆と自己への害を因果的に結び付ける能力に問題があることがわかるという。では、なぜそのような異常が起こるのか。一つは遺伝的異常のため、もう一つは母胎内におけるストレス(母親の飲酒や喫煙)のため、さらには乳幼児期に受けた虐待や母性剥奪、特定の栄養の不足あるいは毒物の摂取が挙げられている。事故や病気などで脳に障害がもたらされた場合を除けば、受精時から幼少期までの期間が決定的のようだ。
いちおう育ちの影響も重視されている。脳の異常と酷い育児が重なるとより犯罪者となる確率が高まるというのだが、これは脳の異常の程度が低くても暴力的で冷たい家庭で育てられればそうなるということだ。環境もまた大きく影響するのである。一方で、愛情にあふれた中流家庭に育ちながら連続殺人犯になるような人物もおり、その場合は異常の程度が高いと見なされる。いずれにせよ、早期発見して早期対処というわけで、最後の章で予防的な介入──問題家庭への指導や問題児の訓練・投薬──をするべきだと、若干の逡巡が示されながらも提言されている。このような監視社会は、放置しておけば犯罪者となってしまうであろう人々にも普通の暮らしを可能にするので、良いという。
以上。デリケートな事実を提示するだけでなく、対処法まで踏み込んで論じており、論争的な内容である。20世紀後半に主流だった環境決定説に抗して、長年の研究で「生まれつきの犯罪者」がありうることを示した点が目を引く。しかし、最後まで読み進めると「脳の器質障害と悪い生育環境の組み合わせが犯罪者を生むこと」あるいは「悪い生育環境が脳の器質障害をもたらすこと」もかなり強調されていることがわかる。環境を重視する立場の論者でも、それほど受け入れ難い話でもないと思う。
神経犯罪学という、犯罪の原因として遺伝的・生理学的要因があることを強調する領域の一般向け解説書で、著者は1970年代後半からこの領域を開拓してきた第一人者である。原著はThe anatomy of violence: the biological roots of crime (Pantheon, 2013.)である。冒頭カラーページにある、犯罪者の脳と普通の人の脳の比較画像はその異常をわかりやすく示している。
犯罪者となる──主に殺人を犯すような──人物の脳には異常がみられるというのその主要な発見である。物理的にはその前頭葉または海馬などが不十分な大きさしかなく、このため自制心や他者への同情心などの欠如が見られるという。また、テストをすれば、生まれつき恐怖心が低かったり、あるいは前兆と自己への害を因果的に結び付ける能力に問題があることがわかるという。では、なぜそのような異常が起こるのか。一つは遺伝的異常のため、もう一つは母胎内におけるストレス(母親の飲酒や喫煙)のため、さらには乳幼児期に受けた虐待や母性剥奪、特定の栄養の不足あるいは毒物の摂取が挙げられている。事故や病気などで脳に障害がもたらされた場合を除けば、受精時から幼少期までの期間が決定的のようだ。
いちおう育ちの影響も重視されている。脳の異常と酷い育児が重なるとより犯罪者となる確率が高まるというのだが、これは脳の異常の程度が低くても暴力的で冷たい家庭で育てられればそうなるということだ。環境もまた大きく影響するのである。一方で、愛情にあふれた中流家庭に育ちながら連続殺人犯になるような人物もおり、その場合は異常の程度が高いと見なされる。いずれにせよ、早期発見して早期対処というわけで、最後の章で予防的な介入──問題家庭への指導や問題児の訓練・投薬──をするべきだと、若干の逡巡が示されながらも提言されている。このような監視社会は、放置しておけば犯罪者となってしまうであろう人々にも普通の暮らしを可能にするので、良いという。
以上。デリケートな事実を提示するだけでなく、対処法まで踏み込んで論じており、論争的な内容である。20世紀後半に主流だった環境決定説に抗して、長年の研究で「生まれつきの犯罪者」がありうることを示した点が目を引く。しかし、最後まで読み進めると「脳の器質障害と悪い生育環境の組み合わせが犯罪者を生むこと」あるいは「悪い生育環境が脳の器質障害をもたらすこと」もかなり強調されていることがわかる。環境を重視する立場の論者でも、それほど受け入れ難い話でもないと思う。