ジェイソン・ブレナン『投票の倫理学:ちゃんと投票するってどういうこと?』 玉手慎太郎, 見崎史拓, 柴田龍人, 榊原清玄 訳, 勁草書房, 2025.
政治学。投票率が高いことは本当にいいことなのか?政治についてわかってない人は投票しないほうがいいのではないか?という疑問を扱っている。結論は──訳者解説のフレーズを用いれば──「バカは選挙に行くな!」ということだ。議論は明快でわかりやすいが、常識に反するこの主張は読者を戸惑わせる。原著はThe Ethics of Voting(Princeton University Press, 2011)で、『アゲインスト・デモクラシー』より前の著作となる。
著者によれば、投票は私的利益を目的としてはだめで、共通善を目的としなければならない。しかも、候補者の政策と共通善の関係は認識的に正当化されている──すなわち、論理的に正しいまたは科学的な裏付けがある──ことが条件である。投票者が共通善に益すると根拠なく思い込んでいる、あるいは誤解している(例えば特定の宗教観にもとづいた政策への支持)というのもだめで、かつまたよくわからないけれどもまぐれ当たりで正当な候補者を選んだというのもだめである。いずれの場合でも、共通善に資する候補者が選択されることに対して、不要なコストをかけさせることになるからである。共通善を正しく認識できないならば、投票しないほうが望ましいとする。
投票の放棄は社会に対して不道徳な振る舞いなのだろうか。そうではない、と著者は言う。共通善への奉仕は、投票とは異なる方法でも行うことができる。ボランティア活動とまでいわずとも、「自分の仕事をすること」が十分な貢献になるはずである。票の売買も次の条件で正当化される。政策について無知な有権者や、誤った認識を持っている有権者の票を購入して、彼らを投票に行かせないというケースである。あるいは、彼らに共通善に資する候補者に投票するよう要請するケースである。さらに、優れた認識を持っているにもかかわらず投票に行こうとしない有権者を投票させるために票を買うということもありうる。
以上。「共通善」という重要概念の内実については保留したままの議論となっている。共通善だとか公共善を目的とするという考え方は米国で伝統的な考え方ではない。政治とは私的利益がぶつかり合う場であり、それぞれの権力を分立させることによって均衡・調整がはかられるというのが『フェデラリスト』的世界観であった。そういう点で、さまざまな前提を置いて論理だけで議論をすすめる本書のアプローチは、政治思想を扱う本として特異な印象だった。確かに刺激的であるが、思考実験として読むべきだろう。
政治学。投票率が高いことは本当にいいことなのか?政治についてわかってない人は投票しないほうがいいのではないか?という疑問を扱っている。結論は──訳者解説のフレーズを用いれば──「バカは選挙に行くな!」ということだ。議論は明快でわかりやすいが、常識に反するこの主張は読者を戸惑わせる。原著はThe Ethics of Voting(Princeton University Press, 2011)で、『アゲインスト・デモクラシー』より前の著作となる。
著者によれば、投票は私的利益を目的としてはだめで、共通善を目的としなければならない。しかも、候補者の政策と共通善の関係は認識的に正当化されている──すなわち、論理的に正しいまたは科学的な裏付けがある──ことが条件である。投票者が共通善に益すると根拠なく思い込んでいる、あるいは誤解している(例えば特定の宗教観にもとづいた政策への支持)というのもだめで、かつまたよくわからないけれどもまぐれ当たりで正当な候補者を選んだというのもだめである。いずれの場合でも、共通善に資する候補者が選択されることに対して、不要なコストをかけさせることになるからである。共通善を正しく認識できないならば、投票しないほうが望ましいとする。
投票の放棄は社会に対して不道徳な振る舞いなのだろうか。そうではない、と著者は言う。共通善への奉仕は、投票とは異なる方法でも行うことができる。ボランティア活動とまでいわずとも、「自分の仕事をすること」が十分な貢献になるはずである。票の売買も次の条件で正当化される。政策について無知な有権者や、誤った認識を持っている有権者の票を購入して、彼らを投票に行かせないというケースである。あるいは、彼らに共通善に資する候補者に投票するよう要請するケースである。さらに、優れた認識を持っているにもかかわらず投票に行こうとしない有権者を投票させるために票を買うということもありうる。
以上。「共通善」という重要概念の内実については保留したままの議論となっている。共通善だとか公共善を目的とするという考え方は米国で伝統的な考え方ではない。政治とは私的利益がぶつかり合う場であり、それぞれの権力を分立させることによって均衡・調整がはかられるというのが『フェデラリスト』的世界観であった。そういう点で、さまざまな前提を置いて論理だけで議論をすすめる本書のアプローチは、政治思想を扱う本として特異な印象だった。確かに刺激的であるが、思考実験として読むべきだろう。