アボルダージュ!!

文芸及び歴史同好会「碧い馬同人会」主宰で歴史作家・エッセイストの萩尾農が日々の思いや出来事を語ります。

 出航!舟木号 2023・2・16 14:00   

2023-02-26 | 世情もろもろ
 2023年concert tour の最初の日。埼玉県、大宮ソニックシティ 大ホール。
キャパ2502、新型コロナウイルスの感染対策で最前列の座席を空けて、完売。『満員御礼』と表示。
 客席は、音なく、二千何百という人々が聴き入る様を感じる。じっくりと聴かせ、心がしっかりと胸に届いた。そして、圧巻の2時間のステージ。
 歌たちの登場の順番も(?)、流れがスムーズだ。自然だ。聴きやすかった。心を傾けやすかった―と、音楽しろうと(!)が生意気に綴る。
「アゝ、今年も、出航した」
 困難な世界状況(もう「世相」というレベルでは語れないほどの…)の中に、ここだけは別の風を吹かせて、出航―。
 昨年は、ステージのどれひとつ欠けることなく、完走した!
 たくさんの意味を込めて、拍手山盛り!
 来年の今頃、今年を振り返って、やっぱり、「拍手山盛り」でありたいと、まだ、始まったばかりの中で、思った。
                                  (2023/2/17)

…と、ここまで綴っていたところで、凄まじい多忙(?)に巻き込まれ、中断しているうちに、次のステージ、2月24日、東京葛飾の公演―。こちらも、『満員御礼』―。
 歌たちの登場の順番…云々と、書いた。
 その歌たちの中、舟木一夫作詞作曲の三曲がある。
『29小節の挽歌』、『夢幻』、『序曲だけのコンサート』とつづく流れ。これは、思いがけない嬉しさの極み(!狂喜乱舞!ほどの)。全部、大好きな歌たち、滅多に聴くことのできない歌たち。
『夢幻』は艶のある歌詞で、数年前に聴いた時、さらにそれより前に聴いた時、もっと前、舟木一夫がこの歌を作った時(これはCDで聴くしかなかったけど)―と、〞成長著しい〞(と小さき児童の成長を現すような表現だが)、まさに、その通り。
「どんどん、深くなっていったなぁ」
と、過去の『夢幻』に思い馳せて思う。
この先の航海(ステージ)で、どこまで深くなるか、どこまで遥かな歌になっていくか、とても楽しみだ。

 2023年になった―と思ったのもつかの間、もう2月も終わる。春隣(はるとなり)の時期は逝き、春盛りの季節が間もなく…か。
 短い春がくる、あっという間に薫風の五月、『五月の薔薇』(これも大好きな歌)の五月になり、そうやって、季節はさっさと訪れ、去る。
 そういう1年の流れの中で、聴けるとは予想していなかった『29小節の挽歌』と『序曲だけのコンサート』も今年は聴くことができる。
「今年は、この3曲、このコーナーを聴きにいくぞ!」―と、いや、他の歌たちも、心和ませてくれる、元気になれる、自身の眩しい輝きの時代にさえ思い馳せることができる、そんな山ほどのプレゼントを運んでくる、このことは、しっかりと告げておこう。

 3曲、全て、音源(CD)になっているから、いつでも聴くことはできる。
 が、前述したように、レコーディング時から、歌は成長していく。数年経った時、思いもかけないほどに彼方を見つめた歌になっていることは多々ある。(歌う人にもよる、いや、歌う人の心、想いによる…これが、正しい)。
 昔はそれほどと思わなかった歌が、現在(いま)、ものすごく心に染みる歌になっていることを、舟木一夫concertで、随分と目撃、いや、聴いてきた。
 
 二時間、一人で、ステージに立ち続け、歌う舟木一夫concert、歌う人の想いが、波のように心に届く。この人のステージは、この人の歩んだ道をも告げてくるようだ。そして、それは、私の歩いた道を、その道程も出来事も、遠い過去から告げてくる。
 そして、緞帳の降りた時、「これで、よかったのだ」と、自分に告げることができた。そのことに、少し、驚いて、3曲の贈り物(歌の好みは人それぞれだが、私には、まさに、珠玉の贈り物)を、そっと、いや、しっかりと(!)抱えて、駅への道を急ぐ。

                                   (2023/2/26)
 

間もなく出航―舟木号2023

2023-02-13 | 世情もろもろ
 コロナ禍で様々な状況が変わった2020年2月から、ここ(2023年2月)までの3年間―。 
 新型コロナウイルスが消滅したわけではないけれど、
「もうこのあたりでいいだろう」―という軽い見解からではないことはわかっているが、この3年間の政府の対応を見ていると、そんなところ程度なのではないか―と、ちょっと危ぶむ。この先は(いや、今までも)、自分の身は自分で守る。国は守ってくれないという事をより知った3年でもあったか。
3月半ばから、いろんな規制が外される。5月には、新型コロナウイルスは感染症2類から5類に引き下げるとの事。

 3年の間、あらゆる状況が変わった。
 コロナ禍で、飲食店などは窮地に立たされ、演劇も、liveも、concertも、あらゆるイベントは、開催すらできなくなった。
 やがて、たくさんの規制を付けて、各イベントが再開され、私たちは、そのたくさんの規制の中、最初は戸惑いながら、入場時の検温、消毒、マスク、規制退場など、鬱陶しい事柄をクリアしながら、3年の時間をクリアした。
 演劇もコンサートも変わった。
 舟木一夫コンサート、観客が舟木一夫に花束や果物や菓子やらのプレゼントを渡し、舟木一夫は歌いながら、受け取り握手―半端ではないプレゼントの量(!)に、テレビでその様子が映されると、大抵の人は驚く。そして、その様子は、かつてのconcert(つまり、昭和からの景色?)の風景だと聞かされる。
 コロナ禍の規制の中で、〞それ〞が、まず、消えた。ウイルスの感染拡大を憂うれば、確かに、危ないか。手から手へ、そして、その手から口へ―という経路を考えないわけには行かない。
 鬱陶しい事が多かった3年間の芝居、concert、イベント。けれど、その時間の中で、ただひとつ、良い事、素晴らしいことに、今になって、気が付いた。それが、当たり前になっていたから、あらためて、「気がつく」ということは無かった。
 しかし、3月13日から、マスクの着用は各自の判断にするとか(どうなるのか、はっきりはしていない)、あらゆる規制を外し、普通の日常を目指す―というような事態を政府が発表し始めたので、ふと、3年を振り返ってみた。
 そうしたら、
「宝がそこにあったではないか!」
などと、いくらか、大げさに呟いてしまった。
 舟木一夫concert、できなくなった景色はあったが、新らしい風景が、そこに、存在していたではないか!―と。宝の景色だ―と、思わず、呟いた。
 長い長い間の景色であったプレゼント渡し、握手という様はできなくなったことによって、歌をじっくりと聴くことができた―そういう3年間でもあった。
 鬱陶しい規制の中で、それは、素晴らしいことだった。歌う人の想いや心をゆっくりと受け止めることができた。歌の心がしっかりと、聴くこちらの耳に、胸に、届いた。確実に受け止めた、3年間のconcertだった。
 Concertとライブの違いは、はっきりとはわからないが、「まさにコンサート!」がこれ(?)だったか―と、思ったりした。「素晴らしい時間だったな」と、呟く。
 コロナ禍前のconcertも観客はいっぱい。何十年ぶりに観る人、初めて劇場に足を運んだ人、その人達は、終了後、
「楽しかった!」「プレゼント(の数)に驚いた」―等々、話していた。
 現在(いま)、コロナ禍で、
「歌が心に染みた!」「じっくりと聴かせてもらった。また観にこよう」―と、話している。
 前者の感想も、嬉しかったが、私は、現在状況下の感想がより嬉しかった。
 ちなみに、昨年春、仲間の友人が初めて舟木一夫コンサートに足を運び、ゆっくりと、じっくりと歌を聴き、舟木一夫のtalkに触れ、「また、必ず、来る」と感動し、その後、後援会に入ったと、その友人は言っていた。
 これ、ちょっと、嬉しかった私…である(笑)

 鬱陶しいばかりのコロナ禍で、ただひとつ、よかったこと、宝のような時間が、その中にあったこと―。
 そして、2023年、まだ、つづくコロナ禍の中、間もなく、舟木号は出航する。
 1年前より、世界中が滅茶苦茶な中で、その海を行く。多分(!)、力強く。
 我らも、力強く、一歩を出す時…かな。
                                   (2023/2/13)

【追記】世界中が滅茶苦茶だ。多発する自然災害、その大きさ、あまりの悲惨さ。受けるのはいつも民人―。自然を止めることはできないが、以前にも言ったように、戦争は人が起こすものだ、人によって止められないはずはない。「戦争をしている場合ではないよ!地球の状態を、しっかり目を開けてみろよ!(怒)為政者たち」…と言いたくなる、世界は滅茶苦茶になってしまった。

【追記その2】2月13日、明日はバレンタインデーだった。
 今年も、きっと素晴らしいステージを届けてくれる舟木一夫とバンドメンバーの方々に、ありがとうのチョコレートを贈ろう―といっても、心のチョコなので、実物は無し。怒らないで、心を受け取ってくださいませ、皆さま。
 2023も、頑張って!💛

寒い立春~春隣(はるとなり)~『その人は昔』にふいと涙して…

2023-02-04 | 世情もろもろ
 昨日は節分、本日は、立春。
♪春は名のみの風の寒さよ(早春賦)♪―まさに、その通りの名のみの春か。
 節分で、季節が変わるから、
「これは大変」
と、何が大変なのか、心急いて、「昨年のスタート」を見た。
 舟木一夫の60周年のスタート。
 2022年1月19日、国際フォーラムAホール。コロナ禍で、観客を満杯に入れることはできないので、最前列や所々を空けて、4000席にして、完売―。
 そのステージを収録したDVDが昨秋、発売になり、勇んで購入はしたけど、手に入れてしまうと安心して(?)、封を切ったのが、昨日、節分の午後。あまりの遅さに自身で呆れる。
「ここからスタートした」
などなど思いながら、一年前のステージを思い出し、12月21日の素晴らしかった、そして、涙あふれたロングコンサート最終日、Thanks concertまで、一向に出口の見えないコロナ禍での60周年という記念の年。公演の回数はかなり多かったけれど、途切れることなく、
「完走!!」
そんな一年が脳裏を巡る。
『その人は昔』の組曲、56分を短縮して―と言っていたが、短縮とは思えない40分余、歌いきった。画面を見ながら、いつの間にか、私は泣いていた。『その人は昔』はテーマ部分(?)は殆どと言ってよいほど、各ステージに上がってきた歌、そのたびに、涙溢れるということはなかったのに、全てを聴いたら、いろんな思いが溢れたのか。
 国際フォーラムAホールの広い広い会場、客席―その40分余、物音ひとつ、話し声ひとつしなかった。観客は、聴き入っていた。それも、また、素晴らしい時間だった―そんなことも思い出した。
 そして、節分が過ぎて、春隣という季節―。
 冬隣の季節(時期)は、空が抜けるように高く、青が濃くなる晩秋で、とにかく、空が一番綺麗な時期だけど、地は、冬枯れる。
 春隣は、温かな春を待つ心から生まれた言葉―。俳句の季語によく登場。
 そして、今、まさに、春隣の季節。空の青さは、冬隣の季節にはかなわないが、そちらの青さが、うかつに触れると切れるような濃い青であることに対して、春隣の空の青さは、水色に寄る。そっと、手を伸ばしても大丈夫(?)である。
 その季節の中、2023年の船出―。舟木号の舟木キャプテン、メンバー、用意はいいか~と、大きな声で呼びかけたい気持ちだ。
 2月16日、埼玉県大宮ソニックシティ大ホールでスタート。
 ここからのスタートは、60周年の昨年を除いて、例年通り…。
 このステージは、20何列という後方席だから、また、オペラグラスに登場してもらって(笑)、今年のステージへの思い膨らませて、歌と構成と演奏をしっかりと受け止めよう。
 ステージ上の舟木一夫と仲間たち(バンドというより、もう「仲間たち」といったほうが、ぴったり来る)の面差し、表情、雰囲気を目に焼き付ける(大袈裟な!)のは、前方席で観ることができる次回の葛飾公演…か。
 いずれにしても、舟木一夫は、いや、舟木号は、また、航海に出る。この年のラストの港はどこだろう…ではなかった。
「今年のfinalは、国際フォーラム」―と、本人(舟木一夫)が言ったそうだ。
 今年のstart公演がまだ、始まっていないのに、final ステージを語る。すでに、まっすぐ、その地点に照準定めて―か。
 こちらも、立ち上がろう―と、覚悟(!)を決める春隣の季節…。

                                  (2023/2/4)

【追記】「寒い立春」とタイトルして、午後になったら、太陽が出てきて、暖かくなった。
「午前中は寒い立春」とタイトルしなくてはいけなかったかなぁ(笑)