アボルダージュ!!

文芸及び歴史同好会「碧い馬同人会」主宰で歴史作家・エッセイストの萩尾農が日々の思いや出来事を語ります。

舟木一夫theater concert in 京都・南座

2022-05-24 | 世情もろもろ
 2022年5月20日~22日、京都南座に於ける三日間の公演が昨日、無事に終わった。『満員御礼』の大盛況のうちに…。つい「無事に」と綴ってしまうのは、世の中がもう三年も、混乱、困惑の状態だから…。
 私は、初日と二日目を観た。
『千年王城の地』という京都には、『魔』が棲むというけれど、『魔』は必ずしも悪いものばかりではなく、良い『魔』に援(たす)けられて、良い不思議な出来事に遭遇しての二日間(?)だったかな?
 何よりも『恋唄』を聴くことができた。
『恋唄』について、数年前に、「音楽素人(しろうと)」の身で、勝手な想いを書き綴ったことがある。
 歌は、想いを連れていく。人それぞれのいろいろな場へ、様々な想い出の中へ…。
『恋唄』の三コーラスの歌詞(上田さん作詞、つまりご本人の作詞)のすべてが、風景を脳裏に運んでくる。
♪想い出つもるふるさとに昔あずけた恋ひとつ♪ ―置いてきた恋のふるさとが、脳裏に訪れる。太平洋側ではなく、日本海側の、北陸か、あるいは、山陰あたりか。金沢は昔も昔なりに都会だから、能登の方…か。そんな風に、私の脳は勝手に想いを飛ばす。
 2コーラスの♪あなたがとても好きだった竹の葉末の露のいろ♪と、舟木一夫の歌う声がとどけば、その露の清々とした様も、遠くから届いてくるようだ。
 そんな『恋唄』を聴くことができた。それが、とにかく、二日間の山ほど嬉しかった出来事のひとつ…か。
 そして、出来事といえば、先に書いた『千年王城の地に棲む魔』―時々、いたずらをする。
 私は、四条大橋はほとんど通らない。理由は単に人が多いから、混んでいるから(笑)。
 二年前の二月、この時も、南座に於ける舟木一夫theater concert―。二日目の帰りは月がのぼる時刻になっていた。四条大橋より下る団栗(どんぐり)橋を渡りながら、のぼってきた月を見た。まん丸、まっ黄色、大きな月。友人と、「きれいだね~」と、少しだけ眺めて四~五歩歩いて、再度、月を見たら、かなり上まで登っていた。
「!!」
「月、あんなに早い速度でのぼるのだっけ?」
 あっという間に真上。
「京は、魔が棲むからね」
と、いい加減なひと言で片付けて、少し、怖くなった気持ちを振り払って、団栗橋を渡ったが、あの時の、きれいな綺麗な、まっ黄色の大きな月は二年たっても忘れられず…。
 しかし、『魔』の方からしたら、「人間の方がよほどこわいよ」と、言うかもしれない(笑) 
 二部構成の今回のtheater concertは、先にさんざん書き立てた(笑)『恋唄』ばかりではなく、全てが素晴らしかった。「素晴らしい」という表現が当たっている。舟木一夫は「素敵だった」けれど、ステージの全部を言葉にするなら、「素晴らしかった!」とその言葉が最初に出てくる。

 そして、そのステージの中で、私は、コーラスにも感動してしまった。
 モンシェリーというこのコーラスグループ(?)は、いつも、パワー全開で、それは、観ていて気持ちよいくらいに元気いっぱいだ。
 ほかの人々のコンサートやライヴでも、コーラスに感動するということはなかった。申し訳ないけど、何となく聴いているといった風だったのだけど、澄んだ歌声が会場に響いた時、「!!」―。顔が見たくなって(コーラスの方々、ごめんなさい)、一日目は前方の席、この二日目は後方の席だったので、持参していたオペラグラスを覗いてしまった。
「歌うのが大好きだ」という表情(かお)だった。
 プロに対してこういう言い方をしては、失礼かもしれないが、ひたむきな、一生懸命な心が伝わってきた。何よりも、とても楽しそうで、こちらも楽しい気持ちになってくる。
 一緒に観ていた友人も同じように感じて、
「コーラスに感動したのは、初めてだよね~」―と。
 歌に対する思いがまっすぐだ。
「歌うのがものすごく好きなんだ」
と、それは、当たり前かもしれないが、何しろ、『音楽素人』の私だから、やっぱり、自分勝手にそうやって思ったりした。
 思ったそのことに自分でも感動して、スタンディングの時は、モンシェリーの彼女たちの手の動きを真似して(笑)、手を振り上げてしまった(笑)
 
 三日目を観た友人が、帰宅の道すがら、この日も、素晴らしかったステージの様を電話してきた。
 今は、まず、このステージに関わったすべての人に、お疲れさまでした、ありがとう―と、伝えたい。力いっぱいの拍手とともに…。
 来年もまた、南座の公演が開催されたら行こう。優しい『魔』たちに、また、良い出来事をもらいに…。
                      
                                (2022/5/23)

【追記】京都から戻り、何をしたか、ネットで、チケット販売のぴあをみて、5/30のconcert tour2022~群馬県高崎市公演の残チケットをみた(笑)。ぴあでの「販売枚数終了」、がっかり(笑)。
高崎公演を観にいく友人がいる。「行かれなかったらチケット、まわすね」と言っていた彼女は、南座の2日目と千穐楽を観た。そして、今では、「這ってでも行く」と、気持ちが変わっていた。(残念だ!いや、「行かれそうでよかったね」と、いわなければならないだろう(笑)。
七月待ち・・かな。七月は、はじめの方から、楽しみのある月。
6月は、仕事するぞ~!
もう楽しみがないと仕事ができなくなったか?いや、そんなことはないよ―と、自己弁護、言い訳。

                                       (2022/5/24)







舟木一夫『仲間たち』、新しい海路(うみ)へ

2022-05-14 | 世情もろもろ
2012年の舟木一夫concert tour2012の公演で『仲間たち』の歌が、胸の底を衝いてきたことがある。そう、「密やかに心に入ってきた」のだ。それで、そんなタイトルで、文字に綴ったのは2014年だった。
『仲間たち』の歌が世に出たのは、舟木一夫自身もリアルタイムの時期―歌の歌詞のように、仲間たちとは別れてきたばかり、故郷は後にしてきたばかり、目の前にはでっかい未来(!)が拓けていて、世の中の怖いものなどは若さが吹き飛ばしていくはずだ!そんな熱い青春の思い込みに満たされていた人生のひとつの季節。だから、その時の『仲間たち』の歌には、切なさは無い。
 巣立って三十数年後、吹き込みなおした『仲間たち』(高校三年生も)は、ちょっと切ない風が吹いていた。(決して暗い風ではない)
 そう、仲間たちは、もう遠くなった。だから、この歌が(この歌も)、時に心の深いところを衝いてくる時がある。
 そんなことを2014年に綴り、その時でさえ、かつての仲間たちの消息も分からなくなっている。仲間たちは遠い。そして、現在(いま)、それは、遥かになった。
「遠いなぁ」
と、ちょっと呟く。少し、切なくなって….
 昔々に聴いた『仲間たち』、その三十余年後の『仲間たち』、そして、ありとあらゆる困難が目の前に存在している状況の現在(いま)、船(!)の行く海路が、新しい局面(ひとつ先の海域)に入ったことを、5月9日の埼玉県川口市に於ける舟木一夫コンサートで、知った。勿論、私の勝手な思い(思惑)ではある。
 ちょっと泣きそうになった。
 この船は希望の船だけれども、航海は楽ではない。船の動力は、船長(舟木一夫)の想い(それは、ものすごく温かな思い、強い想い)と、ひたむきな心のみ。波は高い。外の状況は、凪の海ではない。
 だから、ちょっと思ってしまうことも、ごくたまに、ある。
「もう少し、手を抜いてもいいのに」―などと。
 人は自身のやること(私は書くこと…かな)、望んだ道に誠実であれば、あとはいい加減でもよいとまでは言わないが、マァマァでよい―と思っているくせに、自身が望んだ道を歩いている人に、
「もうちょっと手を抜いても…」などと不遜な事をつい思ってしまう時がある。生身の身が心配になる故だと、そこは、ちょっと許してもらう―と、また勝手に思い込んで(!?)
 しかし、そんなこちらの思惑などは、その二時間余の熱量の前に、いつも、砕け散る。
 それなら、私も、船の漕ぎ手(?)になろう―と、さしたる力も無いくせに、少し真剣に願った。
 新たな海(海域、海路)に出たから、こちらも心して、航路の先をしっかりと見つめていようと、ひたすらに願う。
                                               (2022/5/14)

【追記】
2014年に綴った一文の終わりは
『あの歌たちは、あの時のためよりも、遠い道のりを歩いてきた現在(いま)のために、ゴツゴツの山道だったかもしれないが、それでも、何とか、峠を越えて辿り着いた者たちの、今のために、待っていてくれた歌たちなのだ。私は音楽には素人であるが、その確信は、揺らぐことはない。』
と、ちょっとエラそうに結んでいる(笑)。
が、インターネットを介して、不特定多数の人々の元へと辿るブログなどなど…これらは、深いところまでは綴ることができなくて(単に私の勇気のなさか?)。この点では、紙の原稿に綴るより難しい。インターネットの便利さ、不便さ…かな。