「高知ファンクラブ」 の連載記事集1

「高知ファンクラブ」に投稿された、続きもの・連載記事を集めているブログです。

三郎さんの昔話・・・気ちがい

2010-11-25 | 三郎さんの昔話

気ちがい

 今でも気の変になった者は、ぼけ老人を除いて外に多少はおると思うが、世の中が進み病院や設備が出来て収容されているので、今の若い人や子供はほんとの気違いというものを見たり聞いたりしたことがないので、六、七十年前のことを少し話す。
 気違いは若い人に多かった。男の気違いは腕力が馬鹿に強く、暴れたり騒動がひどいので家の内牢に入れていたが、なにかの拍子に飛び出すと、着物は着ていても紐も締めずばたらげて、大きなチンチをぶらつかせ、大声で喚きながら暴れまわる。
 女や子供は怖うて家に逃げ込む。男衆でも「触らぬ神に祟りなし」で、とっとと皆避ける。
 そのうちに内まの男しが二、三人来て、格闘したりすかしたりして、やっと取り押さえて連れ帰る。 大きな騒動一段落、やれやれ、ああ怖かった。
 女の気違いは殆ど色きち、となる。奥の百姓家に、一人娘でおとなしい器量良しの「たね」という娘がいて、年頃になったので養子をもらった。
 その養子は「とも」いうて真面目で働きもので、二人の仲は人も羨む睦まじさで、二人は仲良う暮らしちょったが、ふとしたことで、ともやん風邪をひき、それがこくれて肺炎になり、ころっと死んでしもうた。
 仲良し夫婦じゃったたねは、突然の夫の死に嘆き悲しみ、もだえ苦しみ泣きふせていたが、苦しみのあまり頭が変になり、とうとう気が狂うてしもうた。
 年老いたふた親は、娘がむごうて身のまわりの世話やらいろいろと気を使うが、たねは夜昼なしに、ぷいっと出歩く。
 町の上の山の手に、昔からの兼山堀の、上ゆ溝がある。その小道を野花を手に持ち振りながら、歌やらなにやらわからんことを言いながら、たねが通るのはいつものことじゃった。
 たねのことを知らないよその中年の男が、この上ゆ小道は近道なので、春の宵闇に急ぎ足で南山の墓地下へ来たとき、向こうから赤いようなものが来よるような。 小曲がりを回るとバッタリ出会うた。
 薄明かりに見たら、色白に丸髷の髪が少しくずれ、ほつれ毛が垂れ下がり、着いた着物は薄柿色で、締めた小帯はほどけかけ、裾は乱れて白腿ちらり、男はおくれてアッと声が喉につまる。
 その女ニタリッと笑うて、「まあ、ともやん」言いながら抱きついてきた。男はこじゃんとおくれて、あとずさりに草山へすずれ下りながら、「幽霊が出たあー」と叫びながら、近い家へ駆け込んだ。
 色真っ青で、「幽霊がでたあ」と。家の者が、「まあ落ち着け」と静めて事情を聞き、そりゃあ奥の、たねという気違いじゃと話したら、男は胸なでおろし、お茶一服もろて飲み、帰ったと。
 男でも女でも、気が違った人はほんとに不幸な人で、むごいことです。

内ま=身内。 おくれる=おじけづく。 こくれる=こじれる。 すずれ=くずれる。

 

三郎さんの昔話 目次

情報がてんこもり  高知ファンクラブへ



最新の画像もっと見る

コメントを投稿