「高知ファンクラブ」 の連載記事集1

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鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」 ・・・バーボン・ウイスキー

2010-11-24 | 鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」

「ぷらっとウオーク」                     情報プラットフォーム、No.227、8(2006)
{バーボン・ウイスキー}

出典:ウイキペディア バーボン・ウイスキー

                             

                                   19世紀のバーボン・ウイスキーの瓶


  アメリカ産のウイスキーであることは誰もが知っている。トウモロコシを原料とするウイスキーの総称と思っている人も多い。西部劇では荒くれ男の呑む安酒であり、強い酒の代表として登場する。何故バーボンと呼ばれるのかを考えよう。まず予備知識を。

ご感想、ご意見、耳寄りな情報をお聞かせ下さい。

鈴木朝夫  s-tomoo@diary.ocn.ne.jp

 高知県香美郡土佐山田町植718   Tel 0887-52-5154

 

鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」 目次 

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 1600年代になると北米大陸にイギリス人、オランダ人、スウェーデン人、フランス人、スペイン人、アイルランド人、フランス人、ドイツ人などが時を追って次々と入植してくる。またアフリカンも奴隷として連れてこられた。多様な入植者間の争いやネイティブ・アメリカンとの戦いも頻発する。

1700年初頭の勢力分布はアパラチア山脈の東はイギリス、西はフランスとなっていた。カナダのケベック州から五大湖、ミシシッピ川流域を経て、河口のニューオーリンズ(ラ・ヌーベル・オルレアン)までの広大な領域がルイジアナ(ルイ王朝の土地)と名付けられたフランス圏である。

度重なる英仏植民地戦争・英仏戦争の結果、1700年の中頃にフランスはミシシッピ川以西をスペインに(その後、またフランス領に)、以東をイギリスに譲渡することになる。このような歴史的背景の中で、1775年に始まる独立戦争で、ルイ14世はイギリスに対抗する民主主義のアメリカを支援する。

なお、フランス革命はアメリカ独立の13年後である。アメリカは第3代大統領ジェファソンの時、財政の窮乏したナポレオン統治のフランスからルイジアナを購入する。これ以降、アメリカは、スペインからフロリダを購入し、テキサスを組み入れ、カリフォルニアへと進出する。

この「ルイジアナ・パーチャス」は以後のアメリカの西部開拓のきっかけになったと言っても良い。セントルイスのニックネームが「ワンセント・シティ」である。購入金額を面積割りにすれば、今では300万人に達するこの大都市の土地の値段が1セントになるのである。


  冒頭のクイズに戻ろう。ウイスキーはWhiskyである。ところが多くのバーボンではWhiskeyとなっている。手当たり次第に調べてみると、スコッチ・ウイスキーはマッカラン、ジョニー・ウオーカー、バレンタイン、オールド・パー、シーバス・リーガルなどすべて「Eなし」、アイリッシュ・ウイスキーやフレンチ・ウイスキーは「Eあり」である。

スコットランドがウイスキーの本場と主張しているのである。フランス植民地からアパラチア山脈を越えて来るウイスキーは本場ものではない。やはりフレンチ・ウイスキーなのである。バーボン(Bourbon)とはフランス王朝、ブルボン家のことである。


 ホームパーティーなどで、このクイズを出すことを私の十八番としている。ホームバーにあるウイスキーの全部を並べて皆で吟味することで座が大いに盛り上がる。フォー・ローゼズ、ワイルド・ターキー、ジャック・ダニエルなど「Eあり」である。

でも、すべてのバーボンが「Eあり」ではない。アーリー・タイムスやメーカーズ・マークは「Eなし」である。このような指摘があれば、「例外のない法則ない」とか、「名称の中に既にEがある。Eは二度は使えない」などと逃げ口上を用意している。


  日本のウイスキーは? サントリーもニッカも「Eなし」である。製法の伝授を受けたことによるのである。また、必ずしもトウモロコシが原料とは限らない。ジャック・ダニエルの原料はスコッチと同じ麦芽である。                                 



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