生き甲斐の心理学

自分は何の為に生きているのか? 日々の生き甲斐、自分の過去の生育史の解釈を変えると日々のストレスが激減します。

無意識の世界

2013年09月30日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
心の奥深い領域は神聖な世界らしい、という感覚は大昔からの神話を読めば誰でも気づきます。人間の能力の素晴らしさでしょう。予知能力もあり複雑な人間心理を民話や神話の普及により子供から高齢者まで、また、どんな時代でも地球上の不思議な現象に触れると、そこに疑問が生まれ、この答えを予測し、予測が当たれば人々から尊敬されたり、或いは殺害されたりする人類の歴史は知られた分野です。この問題を学問として考えていくには、やはりフロイトの「無意識の意識化」から思索を開始しないと、オカルトめいた話になり、少々、危険でもあります。この無意識の世界について暫く思索をすすめます。
<自分は何処へ旅しているのだろうか?:54>


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(1)テキスト「生き甲斐の心理学:ISBN 978-4-9903527-2-1」はアマゾンでもサンパウロ書店でも全国の書店で販売されています。

(2)気楽に広く理論だけを学習したい方は、この私のブログの左記の「カテゴリー」欄をご覧下さい。
その第1章「愛の領域」から11章(カリタス カウンセラーの基本とは)を見ながら思索すると楽しみながら勉強することが出来ます。

(3)この記事は6年間にわたり私が全力投球して系統的に理論を分かりやすく解説した2275回分の記事です。第1章から11章までを日常の言葉を使用ながら書いたものです。

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親しい人々との会話は、この世の天国!

2013年09月29日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
親しい人との会話はこの世の天国ですが苦手な人との会話は勉強にはなりますが、あまり楽しくはありません。親しい友人等と食事をしながら美味なワインで料理をいただき、好きな音楽が背景に流れていれば正に五感と体感のレベルでこの世の最大の幸せを味わう事となります。その会話では色々の価値観が飛び交いますが自己肯定、他者肯定の雰囲気があるので、何を語っても先ずは受け入れてもらえます。読書も楽しいですけれども、勉強仲間とか心許した人々との会話ほど、生き甲斐を彷彿とさせるものはありません。生身の人間との会話は視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚の五感と体感をフルに活用し、人間成長には欠かせない貴重なチャンスです。9月6日から今回まで「意識と知覚」「五感と体感」の大テーマのもとに語り続けましたが、明日からは「無意識の世界」について思索開始です。共に楽しみながら勉強していきましょう。
<自分は何処へ旅しているのだろうか?:53>


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聴覚

2013年09月28日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
何故かモーツアルトは音楽療法に応用されます。理由は色々でしょうが私が教えられた海外の研究室では病理論の中の諸説、その中でも、私が納得した理論はフロイドの「無意識の意識化」とカールロジャースの「自己概念の再構成」でした。例えば日本の演歌の中の某さんの歌は私の暗い感情を益々暗くし人生を絶望的にしていきますが、全ての毒素やストレス曲線が流れ出されます。無意識の意識化により猛毒が全部身体から出てしまうけれども希望、幸福曲線が補充されませんでした。所がモーツアルトは毒素、ストレス曲線が流れ出た後、生きる希望、幸福曲線が湧きだすのです。どの曲がこの現象を起こすかは、それぞれの生育史が決めますので、どれがいいかは皆さんが決める問題です。しかし、この聴覚による心の安らぎを確保する手法と原理を意識しておくと便利です。皆様に相応しい曲があると思いますので、この精神作用と理論を意識して、音楽による心理療法の原理を楽しんで下さい。
<自分は何処へ旅しているのだろうか?:52>


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触覚

2013年09月27日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
寂しい時、辛い時、親しい人がさりげなく手を握ってくれますと涙が流れる時があります。死にゆく人で物が言えない臨終の時も、手を握り自分の名前を言うと涙を流して嬉しそうに口元が少し緩む事もあります。臨終に間に合った私の父がそうでした。第二次世界大戦まで軍艦であちこちの海戦を経験した職業軍人でしたが、終戦から数十年後も生き抜いて畳の上で死を迎える事が出来ました。子供としては幸せでした。私が東京から新潟県長岡市の実家にかけつけるまで、必死で息子の帰郷を待っていたようで、到着、数時間後に臨終を迎えました。このように親しい人の触覚は人を幸せにし安心感を与えていきます。五感(視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚の5つ)と体感は人間の幸福曲線(平安感、友好的な感情、健康感、幸福感、統御感の5つ)とストレス曲線(不安感、怒り、身体症状、鬱、錯乱の5つ)をもたらしますが、相手により、この感じ方が違います。好きな人の触覚は幸福曲線ですが、嫌いな人はストレス曲線でしょう。この基礎知識を意識化し知覚しておくと、後はそれぞれの生活の中で、この本能をどんな時に活用するか、訓練と知恵で上手に識別し、使用して、明るく元気に逞しく生き抜いていきましょう。触覚はとても大事な基礎感覚です。
<自分は何処へ旅しているのだろうか?:51>


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万葉集

2013年09月26日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
野山に咲く花を味わうのは私の生き甲斐の一つですが、私の心の中の感動を更に深めてくれるのが万葉集の歌です。色々調べる学者さんが居て、面白い数字を見た事があります。約4500首に詠まれている植物の数はおよそ160種、色々の花を詠んでいるのですが一番詠まれている花の順位を下記のように統計されていました。
一位:萩:142首、二位:梅:120首、三位:松:78首、四位:橘:75首、五位:葦:53首、六位:桜:42首、このような数字は古代日本人の美意識を現わしているようです。さて、この和歌を意識して身近な花を味わうと、私の心は一段と深い美しさを感じるのは何故でしょう?歴史や小さな情報が美意識を深めるのは確かのようです。近くの古い神社仏閣への散歩、多摩川の散歩で、ふと見ると、知らない野草が何とも美しく咲いています。写真を撮り、後で調べると万葉集で有名な花だったりしますが、そのような情報を知ると次の散歩の折に、その花に逢いますと、別な喜びと感動が私の心に湧いているのに気付きます。人々の心を幸せにするこれら万葉の花達に改めて感謝です。
<自分は何処へ旅しているのだろうか?:50>


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美しいと感じれば、それで良いじゃないか、という患者さん

2013年09月25日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
或事例のお話ですが「美しいと感じたんだから、それでもう良いじゃないか、何故、美しいと感じたか等、いちいち分析するのか」とその人は文句を言います。しかし退院されていく時は何故、美しいとあの時感じて、それにのめりこんでいったのだろう、と意識化されると、段々と身体症状が激減し精神が健全と定義される領域に入り、そして元気に明るく現実の生活を送られるようになりました。人の身体には自然治癒力という驚くべき回復力が誕生時から、身体に備わっています。環境により心の発病のメカニズムは多少違いますが、その人の置かれた環境の中で現実適応能力が欠落すると、心の病になりやすいのですが、本来、人間が所持している理性(真善美への渇望、更にデジデリウム「見神慾」といわれる宗教的感情、神仏への憧れ、天地万物という大自然への恐れを含む憧れ本能)も所持しています。この人間という動物の仕組みを知らないと常軌を逸脱する路線を人は歩みだしていき、気付かないで病気になる場合もあります。美しいと感じればそれでいいじゃないか、と言う場合でも、この基本的心理状態のシステムを意識した上で発言し、意識していれば、心の病気にはなりにくいのでしょうが、美の世界に堪能している人間の心の恐ろしさ、その結末への配慮が無いと、人はとても危険な美の世界に没入していきます。気がついたときは人格障害的な段階に置かれていた、という現実が多いのです。美の追求はとても重要ですが、この原理をキチンと意識化し、知覚した上で、美を楽しみましょう。
<自分は何処へ旅しているのだろうか?:49>


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美意識と心理療法の世界

2013年09月24日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
美の世界は美しくもあり恐ろしくもあります。70億の人類にはそれぞれの生育史があり、その一人一人が美しい、と感じる内容は全部違います。美を感じ意識化し知覚すればするほど、周囲から見ても何ともバランスがとれていて、人々を幸せに明るく爽やかにするタイプの人もいれば、その美の世界に埋没し、周囲を否定し、人々に孤独感と嫌悪感を感じさせるタイプの芸術家も居ます。美の世界を感じた結果、その感じた人が、周囲の人を幸せにするか、不幸にするか、この問題は非常に複雑で難しい領域です。心理療法の最終目的は、どんな人でも最終的に戻っていく現実の生活環境の中で明るく逞しく元気に生き抜いていけるように対処していきますので、美意識からストレス曲線(現実生活でのストレスから身体症状が出ている事例)で入院してくる人を、また、現実に戻す時、再び入院してこないように逞しい人間になれるよう対処していくわけです。その為に、感じる美意識、美から生まれてくる感情の取り扱いいかんで、ストレスが生きるエネルギーともなれば、生きる事自体が嫌になる対処方法、その二つの違いが、その人の生育史が全て遠因なので、身体症状への過程を本人に意識化させていく以外方法はありません。内科医等の医師の範疇の人は医学へ、心因性病理で、かつ、対処成功の可能性のある人の場合はサイコセラピストが担当出来ます。身体症状があり、医師の範疇の事例と思われるものでも、案外、言語療法で成功する場合も多いのです。美の世界の心は魂の領域でもありますので基礎知識の上で対応していく必要がある非常に難しい世界です。真善美は貴重な世界だけに根が深い領域です。
<自分は何処へ旅しているのだろうか?:48>


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五感である視覚としての美、この美を意識すると、どうなるか?

2013年09月23日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
五感の中でも視覚による美、この美しいものを、しっかりと感じ取り、意識化出来る人は幸せか不幸か?芸術家の中で、あまりにも熱心に美を追求するあまり心のバランスを失う人がいますが、これは良い悪いの問題ではなく、心の精神衛生を無視した生活に問題があるようです。セルフコントロールを意識すれば芸術が成立しないような領域もありますので、難しい問題です。暫くこの美に対する生き甲斐の心理学の立場を思索していきます。美しい異性、宇宙の壮大な美、数学の合理的な美しさ、野に咲く小さな花達、可愛らし動物や小鳥たち、そのそれぞれの美しさは人々を本来、幸せにします。この美の世界についてどんな視点から生き甲斐の心理学はアプローチしているのでしょうか?
<自分は何処へ旅しているのだろうか?:47>


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月に関する科学めいた知識は五感の中の視覚を正確にする!

2013年09月22日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
紀元前330年頃、アレキサンドロスの時代にシンプリキオスという哲学者がいました。彼によるとカレンダーの語源ともなる古代カルディア人は、その頃、すでに過去1903年間の天体の記録を保持していたらしいのです。そして下記の事を既に熟知していたらしいのです。(1)月の平均運動速度は1日13度10分35秒と定めていた。(2)朔望月 29日12時間44分、(3)恒星の年間運動の春分点を知っていて1年の長さを365日6時間11分、(4)黄道12宮を作成した、と書いているようです。「暦の歴史:創元社参照下さい」さて、生き甲斐の心理学講座で、何故、このような記事を書いたかといいますと、五感(視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触感の5つ)は正確な知識、或いは、情報を大脳が意識し知覚すると、それに伴い意識と知覚も変動する、という原理もあるようです。一人で静かな墓地を歩いていると柳の下に亡霊がいる、と感じる場合でも、柳は柳、お墓はお墓だと平然と意識して知覚して歩けば、そう簡単にお化けは出現してきません。月と心理療法を日常生活で活用する時は、出来れば最低限の月の科学知識を知った上で、来談者と語り合わないと、オカルトめいた心理療法になっていきますので、一言書きました。
<自分は何処へ旅しているのだろうか?:46>


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月と心理療法

2013年09月21日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
古来から人は月により心を慰められています。世界各地の神話や民話では、太陽が善玉だったり悪玉だったり、月も善玉、悪玉にされたりと、文化により相当解釈が違いますが、この月は私の大切な宝物。月は私に大きな生きる喜びを与えてくれています。お月様のお陰で、私の心のもやもやは大いに癒されてきました。私の大好きな月に関する本は沢山ありますが、その中でも「根本順吉著:月からのシグナル:筑摩書房:¥1100」があります。1996年12月10日、第4刷:この名作は図書館なら読めると思います。アマゾンで古本として売られているといいのですが!さてこの本には色々の歌、和歌、俳句も掲載されていますが、清少納言の「月は、有明の、東の山際に、細く出るほど、いとあわれなり」、これも味わい深いとおもいませんか?心の不安感、怒り、身体症状、鬱、錯乱が月をしっとりと眺めて、平安感、友好的感情、健康感、幸福感、統御感に激変した体験は沢山あります。月を眺めて生き甲斐を感じる話は古代から現代まで無限にありますので、是非、月にお願いしつつ、明るく元気に爽やかに人生を送りたいものです。
<自分は何処へ旅しているのだろうか?:45>


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時々変な体感がある、何故だろう?

2013年09月20日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
理性が自分の体感が変だと教えてくれますが、体感をあまりにも信用しすぎると人生が狂う事があります。心がいつも自然体で、どんな厳しい環境、例えば事件、災害、嫌いな人間の出現等の時、それでも、心は無防備で、相手の気持ちを推し量る余裕もあり、現実を受容する余裕感もあり、間をおく心の余裕、現実を理解しようとする気持ち、冷静な理解力、人(人間、人類、生き物)への愛情があれば、このような心の状態の時、体感は本物と言われています。このような平素の人間修行の努力もしないで、体感は宝、と言いきれない現実を認識する必要もあります。それでも心理療法家は赤ちゃんから高齢者まで、更には、どんな生育史の人でも、臨床の現場では、来談者の体感を非常に重視します。精神病と言われている領域の人を治療する場合でも、今ここでの体感が、どんな偏見と病理を背景としていても、その体感を健全な方向へと対処していくのが仕事ですので、その場、その場での体感の内容をキチンと記録しつつ、仕事を進めていきます。体感の内容の記録分析は非常に重要なものです。例えば太陽が昇る時に、あの光を毛嫌いしていた人が、太陽に対して感謝の手を合わせて祈る時、何故か、その人は退院していきますし、月を見て泣いていた人が退院する時は月を愛でる和歌をつくったりしているのです。体感を盲信するのではなく、幸福になる道での、一つの指標とする前提がとても大事な勉強です。体感が狂う理由は日常生活での上記の修行と意識化が必要とされてきます。修行を生き甲斐としないと人間はどんどんとつまらない生活へと押しやられていきます。
<自分は何処へ旅しているのだろうか?:44>


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「体感は知恵の宝」と言われるのは何故か?

2013年09月19日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
どんな素晴らしい知識でも、その活用次第で、宝ともなり猛毒ともなりますが、その分かれ道は本人次第です。環境により、その活用の仕方も違います。例えば心理療法の勉強では体感を案外、重視していて、お固い倫理道徳学者が勉強不足から時々感違いして、この「体感は知恵の宝」という概念を侮蔑し警告を発します。人間は理性と感情の世界を所持しているのは当然で、理性が大事な事も分かるのですが、入院してくる哲学者、宗教家、信念の固い人、職業上の関係で感情や体感を抑え気味の人が、退院していく時は、自分の湧き出す感情や体感をあまり道徳から自虐しなくなっています。残念ながら生身の人間の心と体は理性で一応コントロールさされてはいますが、どんな人間の生活、心の生活、感情の生活でも、堂々と人前で披露できるようなものではありません。「自分は少しも恥じる事は無い」と断言する人は偽善者か少々頭の働きが鈍いか、自己分析が不足しているのです。人は何故、謙遜になる必要があるか、と言いますと、深層心理の世界を神様の前で反省すれば、誰でも気づくはづです。宗教が何故、人類社会に誕生したかと言いますと、己を正直に反省すれば、魂の救いは神仏によらないと無理だと理解出来るからです。とまあ、こんな次第で何故、倫理道徳学者に気を使いつつ、体感が何故、宝か、暫く思索していきます。
<自分は何処へ旅しているのだろうか?:43>


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親密な関係が恐ろしい!

2013年09月18日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
親子でも、友人、恋人、学友でも「親密な関係は危険なものとして避ける」傾向のある人がいます。ロジャースはこの場合を低辺、「危険だという感じが減少する」を中辺、「瞬間的体験過程にもとづき開放的に自由な関係をもつ」を高辺、と解釈しています。この文章の解釈は面談の勉強会でも誤解されやすい文章ですが、とても重要な指標なのです。一番多い事例がお見合い結婚で散見出来る事例ですが、幸福の条件から見ても、デートの雰囲気から感覚的、体感的にみても、もう文句なし、という事例でも、少し親密な状態になりそうな場合に無意識で逃げ出す男女がいる話です。生育史上の理由があるので、何故、大事な時に、無意識で逃げ出し、折角の幸福への道を自分から閉ざしてしまうのか、とても重要な問題を潜在しているようです。生き甲斐の心理学は、この傾向を五感で恐怖を感じ折角の幸福への道、自己実現への道に支障がないように、心理療法を進めていきます。理性で恐怖を感じなくても、五感で恐怖を感じる病的な事例が今回の対象となります。
<自分は何処へ旅しているのだろうか?:42>


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少々狂っている五感、無くて七癖、さあ楽しく自己分析を!

2013年09月17日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
体感はとても重要な指標ですが、もし、繰り返し自分の人生に嫌な事がしばしば起きる事に気づいたならば、多分、それは五感のレベルが少々狂っているか、生育史上、身辺の森羅万象を身体で感じる時に、無くて七癖のような、習慣的な悪い感じ方があるのかもしれません。例えば、どんな場合でも人の意見に先ずはケチをつける親を持つ場合、知らず知らずに、その感じ方に素直でない人が沢山います。こう書いている私がそうです。私は5人兄弟の末っ子、どうしても母親から甘えさせられる傾向がありましたし、自分で、その傾向に気付いたのは何と、この心理療法を勉強しだした23歳頃です。何となくは分かっていましたが、肌がぞーっとするくらい、自分の甘えん坊に恐怖を感じました。自己嫌悪に入る事、しばしばで、恩師が同情するばかりでなく、固執障害者かと誤解されるくらい自己嫌悪になりました。もうすこし具体的に言いますと、黙っていても周囲が自分を助けてくれる期待感で、それが男女の親友ともなれば、相手は相当、私の為に、犠牲を払っていたのを感謝もせずに、当然のことと解釈している自分に本当に厭になりました。当時を想うと汗が出てきます。今でも、まだ、迷惑をかけていると推察していますが、この五感の傾向を知ったことで、益々、自己肯定他者肯定、共存共栄への道を大事にしています。また、その努力からくる周囲の人々の好意、愛情、友情を益々、感じ入るにつけ、自分の幸福曲線を深く堪能していますし、周囲の人々も、それを堪能しているのを感じます。互いに相互の幸福曲線を大事にしている学友達に感謝。カールロジャースという学者は、そのプロセススケールの第6ストランズで「変えようとする要求がない」を低辺、「変化することを怖がる」を中辺、「問題のある側面の中に生きる」を高辺、と診断しています。
<自分は何処へ旅しているのだろうか?:41>


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湧き出す感情の意味はわかったが、解釈の仕方に問題が!

2013年09月16日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
よくある話です。母は嫌い、父は嫌い、と色々と、軽く、或は重く、友人と語り合います.
倫理的には両親を嫌うことは、あまり良い事ではない、と心の奥底では自分の批判を気にしています。これが普通の生身の人間でしょう。例えば、湧き出した感情の意味について、幼児時代、虐待されたから、この憎しみは当然のことだ、と解釈すると少しは心が落ち着きます。年老いた親を高齢者施設に見舞い、親から幼児時代虐待した反省と涙に触れますと、この解釈もまた変化します。体験の解釈について、時々、立ち止まり、自分の解釈の方向性、傾向について、再考したほうが、これからの人生が幸福になるようです。出来れば、生き甲斐の心理学の理論を勉強しながら、この体験の解釈を、どの方向へ変更したら過去のストレスが解消し、今後の指針について良い知恵が浮くでしょう。現実は少しずつ変化していきますので、構成概念、信念、思い込みが自分を縛っている事に気付かない事が多いのです。厳しい人生は信念がないと、ふらふらして正中線がなくなると自信を喪失し、生きにくくなりますので、信じる道は大事なのですが、激動する人生を明るく元気に爽やかに柔軟に生き抜く為に、時々、この領域を点検したほうが良さそうです。このところ何故か生きにくいなあとか、意味不明のストレスが蓄積されるなあとか、不快なストレス曲線を体感レヴェルで感じた時は、警鐘かもしれません。自分の体感の感覚を信じて、その体感を大事にして生きていきたいものです。自分の五感と体感を信じないと、いつも、ぐらぐらした生活をおくっていくことになります。反省はいつでも出来ますので先ずは自分を信じてみましょう。自分を信じた上で、その解釈の傾向を楽しく思索するのです。この思索は人生を豊かにしていきます。私は何時も同志である勉強仲間に、勉強かで相談しつつ生きています。学友は人生の宝物です。
<自分は何処へ旅しているのだろうか?:40>


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