東洋経済は、面白い。
知らなかった、株価と、負債。
「アメリカの株価下落を震源に、平成最後の年末年始は日本株市場が乱高下を繰り返した。この数年間、私たちは株式相場の右肩上がりのトレンドに慣れていただけに、株価急落を目の当たりにすると、世界の市場の陰でくすぶるリスクへの不安が急に頭をもたげてくる。
なかでも気になるリスクは、経済規模の大きな国・地域が、ほとんど例外なく政府債務・民間債務を膨張させていることだ。とくに日本の政府債務と中国の民間債務がひどい。対GDP比で通常の状況の国が負うことのない水準まできている。アメリカも政府債務が過去最悪の金額まで膨らんでいる。欧州ではイタリアが政府債務を拡大し、EUの懸念材料だ。
こうした「債務大国」の財政は持続可能か。デフォルト(債務不履行)リスクの瀬戸際ではないのか。ここで1980年代のラテンアメリカの債務危機を振り返り、現代への教訓を探ってみよう。
ラテンアメリカは「稼ぐ力」が弱かった
アルゼンチン、ブラジル、チリ、コロンビア、メキシコ、ペルー、ベネズエラといったラテンアメリカ諸国は、日本の明治維新より早く19世紀前半に独立を果たした。第2次世界大戦、2度の石油ショックがあったにもかかわらず、1970年代まで比較的順調に経済成長も遂げた。しかし1970年代後半に入ると軽工業の発展が一巡、それを主要因に各国の経済成長は鈍化し始める。
ラテンアメリカの経済成長の牽引役は活発な国内投資だった。成長鈍化の兆しが見えると、各国は投資資金をまかなうために海外からの借り入れを増やした。同時期に貿易自由化の政策をとった国も少なくなくない。
しかし、アジア新興諸国と比べると工業の対外競争力が強くなかったラテンアメリカ諸国では財やサービスの輸入が急増。その原資はやはり海外からの借り入れによってあがなわれた。それが債務危機に向かう「第1フェーズ(段階)」だった。ラテンアメリカ諸国の工業力が対外的に弱かった、つまり「稼ぐ力」が弱かったために危機の入口に足を踏み入れてしまったのだ。
海外からの借り入れに依存するラテンアメリカ諸国の債務水準は上がっていった。同時に「借り入れ条件の悪化」が起こった。借り手(国)の財務状況が悪ければ、貸し手(国)は高い金利を求める。その流れが強まった。
ラテンアメリカ諸国の輸出は1次産品が多かったが、1980年代に入る前後から世界的に1次産品は価格が低迷。ラテンアメリカ諸国は「交易条件の悪化」にも見舞われた。債務危機への「第2フェーズ」は、「稼ぐ力」のさらなる低下、そして「借り入れ・交易条件の悪化」のダブルパンチが招いたのだった。資金の海外逃避もこの頃から増え始めた。
債務危機に陥る「3つの本質的な要因」とは何か?
こうした状況は1982年に臨界点を迎え、以後ラテンアメリカ諸国は相次いでデフォルトを繰り返すようになる。貸手の先進諸国は官民とも柔軟に債務返済の繰り延べに応じたものの、焼け石に水だった。ラテンアメリカ諸国は累積債務の「負のスパイラル(連鎖)」に入ってしまったからだ。
ラテンアメリカ諸国は債務の増加、資金の流出を抑えるために輸入制限を行った。しかし、それは経済成長、雇用維持を困難にしただけでなく、物資不足からインフレにさらなる上昇圧力をかけることになり、ハイパーインフレへと事態が悪化した。そこで各国は通貨切り下げを行う。
だが、インフレ率の上昇がそれを上回って進行したため、結果的に切り下げ率は不十分となり、各国の通貨水準は軒並み割高になってしまった。「割高な通貨」はその国の産業に壊滅的な影響を与える。交易条件がさらに悪化したラテンアメリカ諸国では、産業の弱体化から民間企業の倒産が相次ぐようになった。
その後は通貨を切り下げても輸入物価の上昇につながり、ハイパーインフレがさらに加速。通貨は一段と割高になり国内企業の倒産が続く……という負のスパイラルが実に10年も続いた。これによってラテンアメリカの社会不安は増大し治安が急速に悪化。現在でも「ラテンアメリカ」と聞くと、犯罪、麻薬、テロ、ハイパーインフレといったネガティブイメージを想起する人が多いのではないだろうか。
このように1980年代ラテンアメリカ諸国の債務危機を振り返ると、その原因は複雑に絡み合うとはいえ、3つのエッセンス(本質的な要因)が浮かび上がる。
では、今や債務大国となった日本、アメリカ、中国は、この3つのエッセンスをどこかにはらんでいないだろうか。
まず「対外的に稼ぐ力はあるか」という1つめの要因について見ると、日本も中国も経常黒字だ。また、ドイツに牽引されるEU諸国も高い工業競争力を有し、経常黒字だ。一方、アメリカは財政・経常の「双子の赤字」を抱えてはいるものの、「GAFA」のような巨大企業を中心に巨大インターネット企業が世界市場を席巻、世界の株式時価総額の約半分をアメリカ株式市場が占めている。現在の債務大国の「稼ぐ力」は、1980年代のラテンアメリカとは比べようもない。
では、日米中は今後、債務累増の過程で「借り入れ条件の悪化」に見舞われたりしないだろうか。
債務の積み上げには、債券を発行したり借り入れ・借り換えを行ったりする。その金利水準は、借り手のリスクのみで決まるわけではない。金利水準は、借り手の需要と貸し手の供給のバランスでも決まってくる。日本の政府債務と中国の民間債務はどちらも世界屈指の工業力により蓄積された巨額の国内資産でまかなわれており、その点で対外借り入れに頼らざるをえなかった1980年代ラテンアメリカとは異なる。
日本と中国は「借金大国」だが一方で、対外輸出で多額の資金を蓄積している。そのマネーでアメリカや欧州諸国の国債も大量に購入している。つまり、資金の貸し手のニーズがあまりに強く、借手にとって借り入れ条件の悪化(金利の上昇)は起きていない。
「割高な通貨」がその国の産業に壊滅的な影響を与えることを説明したが、今の日米中でそうした状況が起こりえるだろうか。現在では通貨についてフェア・バリュー分析をする技術が進んでいる。2008年のリーマンショック直後から数年間の日本円を例外として、主要通貨があからさまに割高な水準に放置されるという状況はほとんど見られない。
警戒すべきは「ユーロ圏の周縁国」
こうして見ると、現在の債務大国は1980年代のラテンアメリカ諸国が陥った負のスパイラルからは縁遠い状況にあると言えるだろう。
とはいえ、現在の状況が永遠に続く保証はない。日本についても、例えば今後新規に生産される自動車のほとんどがEV(電気自動車)に置き換わり、その市場の大半を中国に持っていかれるようなことになれば、どうなるかわからない。「稼ぐ力」が一気に低下し、債務返済能力に疑問符が付くかもしれない。しかし、実際のところ日本には莫大な金融資本が蓄積されており、それを有効活用すれば、工業競争力の低下から直ちに債務危機に陥るようなことはないだろう。
中国はどうか。政府債務が増え続ける日本やアメリカ、欧州諸国とは異なり、中国では民間債務が年々、膨張している。仮に民間債務が不良債権化すると、政府による救済策を行ったとしても一定の経済混乱は続くことになるだろう。ただし政府債務について見れば、中国は日本やアメリカほど積み上がっていない。中国の工業競争力についても、今後強まりこそすれ弱まると見る向きは少ない。中国も日本と同様、直ちに債務危機に陥るとは考えにくい。
では、ラテンアメリカの二の舞を演じそうな国は見当たらないのか。そんなことはない。筆者は「ユーロ圏の周縁国」から、再びギリシャのように難しい状況に追い込まれる国が現れてもおかしくないと見る。そもそも「稼ぐ力」がさほど強くない周縁国もある。しかも、ユーロという単一通貨を採用していることから、昨今の先進国では起こりにくい「割高な通貨」という事態に見舞われる可能性も小さくない。先に述べた「3つのエッセンス」を図らずも満たしてしまう危険性があるのだ。
ただし、EU域内でそうした危険性をはらむ国を事前に救済する仕組みができあがれば、債務危機は起こらないだろう。そう望みたいものだ。」
何か、連鎖反応かもしれない。
玉突きのような、関連して、経済の低迷。
知らなかった、株価と、負債。
「アメリカの株価下落を震源に、平成最後の年末年始は日本株市場が乱高下を繰り返した。この数年間、私たちは株式相場の右肩上がりのトレンドに慣れていただけに、株価急落を目の当たりにすると、世界の市場の陰でくすぶるリスクへの不安が急に頭をもたげてくる。
なかでも気になるリスクは、経済規模の大きな国・地域が、ほとんど例外なく政府債務・民間債務を膨張させていることだ。とくに日本の政府債務と中国の民間債務がひどい。対GDP比で通常の状況の国が負うことのない水準まできている。アメリカも政府債務が過去最悪の金額まで膨らんでいる。欧州ではイタリアが政府債務を拡大し、EUの懸念材料だ。
こうした「債務大国」の財政は持続可能か。デフォルト(債務不履行)リスクの瀬戸際ではないのか。ここで1980年代のラテンアメリカの債務危機を振り返り、現代への教訓を探ってみよう。
ラテンアメリカは「稼ぐ力」が弱かった
アルゼンチン、ブラジル、チリ、コロンビア、メキシコ、ペルー、ベネズエラといったラテンアメリカ諸国は、日本の明治維新より早く19世紀前半に独立を果たした。第2次世界大戦、2度の石油ショックがあったにもかかわらず、1970年代まで比較的順調に経済成長も遂げた。しかし1970年代後半に入ると軽工業の発展が一巡、それを主要因に各国の経済成長は鈍化し始める。
ラテンアメリカの経済成長の牽引役は活発な国内投資だった。成長鈍化の兆しが見えると、各国は投資資金をまかなうために海外からの借り入れを増やした。同時期に貿易自由化の政策をとった国も少なくなくない。
しかし、アジア新興諸国と比べると工業の対外競争力が強くなかったラテンアメリカ諸国では財やサービスの輸入が急増。その原資はやはり海外からの借り入れによってあがなわれた。それが債務危機に向かう「第1フェーズ(段階)」だった。ラテンアメリカ諸国の工業力が対外的に弱かった、つまり「稼ぐ力」が弱かったために危機の入口に足を踏み入れてしまったのだ。
海外からの借り入れに依存するラテンアメリカ諸国の債務水準は上がっていった。同時に「借り入れ条件の悪化」が起こった。借り手(国)の財務状況が悪ければ、貸し手(国)は高い金利を求める。その流れが強まった。
ラテンアメリカ諸国の輸出は1次産品が多かったが、1980年代に入る前後から世界的に1次産品は価格が低迷。ラテンアメリカ諸国は「交易条件の悪化」にも見舞われた。債務危機への「第2フェーズ」は、「稼ぐ力」のさらなる低下、そして「借り入れ・交易条件の悪化」のダブルパンチが招いたのだった。資金の海外逃避もこの頃から増え始めた。
債務危機に陥る「3つの本質的な要因」とは何か?
こうした状況は1982年に臨界点を迎え、以後ラテンアメリカ諸国は相次いでデフォルトを繰り返すようになる。貸手の先進諸国は官民とも柔軟に債務返済の繰り延べに応じたものの、焼け石に水だった。ラテンアメリカ諸国は累積債務の「負のスパイラル(連鎖)」に入ってしまったからだ。
ラテンアメリカ諸国は債務の増加、資金の流出を抑えるために輸入制限を行った。しかし、それは経済成長、雇用維持を困難にしただけでなく、物資不足からインフレにさらなる上昇圧力をかけることになり、ハイパーインフレへと事態が悪化した。そこで各国は通貨切り下げを行う。
だが、インフレ率の上昇がそれを上回って進行したため、結果的に切り下げ率は不十分となり、各国の通貨水準は軒並み割高になってしまった。「割高な通貨」はその国の産業に壊滅的な影響を与える。交易条件がさらに悪化したラテンアメリカ諸国では、産業の弱体化から民間企業の倒産が相次ぐようになった。
その後は通貨を切り下げても輸入物価の上昇につながり、ハイパーインフレがさらに加速。通貨は一段と割高になり国内企業の倒産が続く……という負のスパイラルが実に10年も続いた。これによってラテンアメリカの社会不安は増大し治安が急速に悪化。現在でも「ラテンアメリカ」と聞くと、犯罪、麻薬、テロ、ハイパーインフレといったネガティブイメージを想起する人が多いのではないだろうか。
このように1980年代ラテンアメリカ諸国の債務危機を振り返ると、その原因は複雑に絡み合うとはいえ、3つのエッセンス(本質的な要因)が浮かび上がる。
では、今や債務大国となった日本、アメリカ、中国は、この3つのエッセンスをどこかにはらんでいないだろうか。
まず「対外的に稼ぐ力はあるか」という1つめの要因について見ると、日本も中国も経常黒字だ。また、ドイツに牽引されるEU諸国も高い工業競争力を有し、経常黒字だ。一方、アメリカは財政・経常の「双子の赤字」を抱えてはいるものの、「GAFA」のような巨大企業を中心に巨大インターネット企業が世界市場を席巻、世界の株式時価総額の約半分をアメリカ株式市場が占めている。現在の債務大国の「稼ぐ力」は、1980年代のラテンアメリカとは比べようもない。
では、日米中は今後、債務累増の過程で「借り入れ条件の悪化」に見舞われたりしないだろうか。
債務の積み上げには、債券を発行したり借り入れ・借り換えを行ったりする。その金利水準は、借り手のリスクのみで決まるわけではない。金利水準は、借り手の需要と貸し手の供給のバランスでも決まってくる。日本の政府債務と中国の民間債務はどちらも世界屈指の工業力により蓄積された巨額の国内資産でまかなわれており、その点で対外借り入れに頼らざるをえなかった1980年代ラテンアメリカとは異なる。
日本と中国は「借金大国」だが一方で、対外輸出で多額の資金を蓄積している。そのマネーでアメリカや欧州諸国の国債も大量に購入している。つまり、資金の貸し手のニーズがあまりに強く、借手にとって借り入れ条件の悪化(金利の上昇)は起きていない。
「割高な通貨」がその国の産業に壊滅的な影響を与えることを説明したが、今の日米中でそうした状況が起こりえるだろうか。現在では通貨についてフェア・バリュー分析をする技術が進んでいる。2008年のリーマンショック直後から数年間の日本円を例外として、主要通貨があからさまに割高な水準に放置されるという状況はほとんど見られない。
警戒すべきは「ユーロ圏の周縁国」
こうして見ると、現在の債務大国は1980年代のラテンアメリカ諸国が陥った負のスパイラルからは縁遠い状況にあると言えるだろう。
とはいえ、現在の状況が永遠に続く保証はない。日本についても、例えば今後新規に生産される自動車のほとんどがEV(電気自動車)に置き換わり、その市場の大半を中国に持っていかれるようなことになれば、どうなるかわからない。「稼ぐ力」が一気に低下し、債務返済能力に疑問符が付くかもしれない。しかし、実際のところ日本には莫大な金融資本が蓄積されており、それを有効活用すれば、工業競争力の低下から直ちに債務危機に陥るようなことはないだろう。
中国はどうか。政府債務が増え続ける日本やアメリカ、欧州諸国とは異なり、中国では民間債務が年々、膨張している。仮に民間債務が不良債権化すると、政府による救済策を行ったとしても一定の経済混乱は続くことになるだろう。ただし政府債務について見れば、中国は日本やアメリカほど積み上がっていない。中国の工業競争力についても、今後強まりこそすれ弱まると見る向きは少ない。中国も日本と同様、直ちに債務危機に陥るとは考えにくい。
では、ラテンアメリカの二の舞を演じそうな国は見当たらないのか。そんなことはない。筆者は「ユーロ圏の周縁国」から、再びギリシャのように難しい状況に追い込まれる国が現れてもおかしくないと見る。そもそも「稼ぐ力」がさほど強くない周縁国もある。しかも、ユーロという単一通貨を採用していることから、昨今の先進国では起こりにくい「割高な通貨」という事態に見舞われる可能性も小さくない。先に述べた「3つのエッセンス」を図らずも満たしてしまう危険性があるのだ。
ただし、EU域内でそうした危険性をはらむ国を事前に救済する仕組みができあがれば、債務危機は起こらないだろう。そう望みたいものだ。」
何か、連鎖反応かもしれない。
玉突きのような、関連して、経済の低迷。