yuuの夢物語

夢の数々をここに語り綴りたい

小説 秋の路1

2006-02-12 23:54:11 | 小説 秋の路
この小説は 海の華の続編である 冬の華の続編である 春の華の続編である 夏の華の続編である 秋の華の続編である 冬の路の続編である 春の路の続編である 夏の路の続編である彷徨する省三の青春譚である。
この作品は省三33歳からの軌道です・・・。ご興味が御座いましたら華シリーズもお読み頂けましたらうれしゅう御座います・・・お幸せに・・・。



221 


秋の路 枯れ葉踏む道は 果てしなく遠ても・・・。


 秋の路

1

 省三は何度か芳子を送っていった。その都度肩を抱くだけだった。公演が終わったらどうなるのだろうと思った。
 芳子はそれ以上を望んだが、前には進まなかった。


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        石井は思い余って飛び出してきて、二人の後ろ姿
        を見送る。
石井  花江ちゃん、雄三ちゃん・・・{小さく言った}
文造  見たか、子供達は心に大きな傷を持つていても、それを乗り越えようとしているではないか。
石井  {聞こえない振りをして、蒜山三座に視線を投げて}綺麗、若い木立ちが芽を吹いていて。
文造  懐かしいか。
石井  以前と少しも変わっていないわ。
文造  人間の心だけが変わったと思うか?
石井  それは・・・
文造  来て良かっただろう。家に閉じ篭もっていては身も心も滅いるだけだ。なにもかも忘れさせるためにここへ連れてきた。
石井  {教室の中を見渡している}・・・
文造  長太君の笑顔を思い出してみろ。
石井  お父さん、言わないで・・・
文造  おまえの心にそんなに深く重く・・・だから、ここで解決して欲しいのだ。出発した時の心で、場所で、あの頃のおまえに帰って欲しいのだ。
石井  ここには余りにも悲しいことが沢山有り過ぎます。
文造  分かっている。あの時は本当の事を言ってはいけない時代であった。{遠くを見つめて}私にだって、おまえと同じように深い悔恨はある。私が多くの傷兵になんの手当ても施す事無く見送ったことが、軍医として殺人者だと言うのなら、そう呼ばれても仕方がない。が、しかし、手当てをしようにも薬と言われるものはなにもなかった。アルコールが少々それに綿、それだけで一体なにが出来た。助かると分かっていてもなにもしてやれなかった。ただ、手を握ってやりお座なりの元気付の言葉を投げてやることが精一杯だった。その時ほど、医者として辛い事もなかった。悔しいこともなかった。
 だから、お前が一人の教え子を引き止めることが出来なくて、死なしてしまった思いからくる苦しみや辛さは痛いほど分かるのだ。お前の純粋な心にその悲しみはくさびとなって打ち込まれていることだろう。が・・・何時までもその事に心を痛めていて一体なにが生まれると言うのだ。長太君を行かせたくはなかった。が立場上行くなとは言えなかった、そのために・・・
石井  あの時、先生が行くなと言うのなら行かないとはっきり言ったのです。今でも、あの時の声がこの耳に残っているんです。瞼に思い詰めた悲しそうな顔が焼き点いているのです。
文造  例え、お前が引き止めたとしても、校長や村長んが手続きを済ませていたと言うではないか。お前が止めていたら、非国民として憲兵に引っ張られ、より長太君を苦しめることになっていたかも知れないのだぞ。
石井  私はその方が・・・あの時の顔、あの時の瞳・・・
文造  忘れろとは言っていない。何時もその心を大切にして生きて欲しいのだ。
 私も、多くの死んでいった傷兵の顔を心の中に刻み、これからの医療を考えてゆく積もりだ。
 お前は、教職に戻れ。そうして、二度と不幸で悲しい物語を創るな。それがせめてもの、これから生きる人間の、いや生き残った人間の勤めであると私は考えるのだが。
石井  ・・・出来ません、今の私には・・・
文造  お前は、今のままで良いと考えているのか、そんな人生しか歩めんのか。それがお前の本心としたら寂しすぎる。そんな自分自身のたのにだけ生きるような考えを教えた覚えはない。もう一度教育の現場に立って過ちを償え。長太君のためにも教壇に立て。過ちを二度と起こさないためにも・・・
石井  お父さん・・・
文造  今のようなお前を見るのは辛い・・・お前に教育者への未練が無いのなら早く嫁に行け。行ってもろくな嫁にはなれんだろうが。
 私は思う。時代の流れ中で人間がどのように生きるか、そして、どのように生きたかを次の世代へ向けて語る、それが真の教育だと考えるのだが。
石井  お父さんのように、私は強くもないし、勇気もありません
文造  柳井中尉はお前に何と言った。
石井  お父さん・・・
文造  お前に、良い先生になってくれと・・・
石井  そう、良い先生に・・・明文さんが・・・
文造  そして、九段には来ないでくださいと。
石井  そう、九段には来るなと・・・
文造  その言葉の意味が分からんか?私は二度と戦争と言う愚かなことを起こすな。そして、教え子を二度と戦場に送るなと言う思いが込められていると読んだのだが。
石井  二度と戦争と言う愚かな事を起こすな。・・・教え子を二度と戦場に送るな・・・
文造  そうだ。お前は愛した人の志を受け継ぐ義務がある。そして、長太君を二人と出してはならんと言うことだ。
石井  長太君を二人・・・
文造  そのためにも教職へ戻れ。
        「さあ、昼飯にしょう。入った、入った」
        校長の声がして、校長、花江、健次、雄三、お雪
        、春子、杏子、その外子供達が入ってくる。
        石井、文造の背に隠れようとする。
校長  石井先生!
石井  {顔を横に向けて}お久しぶりでございます。その節はご迷惑をお掛けいたしました。
校長  いや、いや、なんの。あの時は身も心もぼろぼろにならん方がどうかしていたんです。{文造に}この度はすいませんでした。{頭を下げた}
文造  いや、こちらこそ。
        「先生」「石井先生」「せんせえ」と子供達はま
        ぶれついていく。
        石井、みんなを抱えるようにして。
石井  みんな、元気そうね。
花江  先生、学校に帰ってきて。
健次  そうじゃ。帰ってきてくれ、みんなと遊ぼう。
花江  遊ぶんじゃのぅて勉強するんじゃが。
雄三  そうだよ。
健次  なにを!
校長  こら、止めんか。そんなことを言うて喧嘩をしていたら、石井先生は戻って来てくださらんぞ。
春子  おとなしくして良い子になりますから、帰ってきてください。
健次  おらも、もうわるさはせんから・・
花江  そうじゃ、ええ子にならんといけん、悪さをしたらおえん
健次  チェ!なんじゃ、お花だけがええ子になってからに。
お雪  先生、帰ってきて。
石井  お雪ちゃん。
お雪  先生、うち、もう泣き虫お雪じゃねえけえ。
石井  お雪ちゃん{と言って抱く}
健次  おらも、もう、くよくよしとらんけえ。
石井  健次君、そうね、そうよね。
杏子  せんせい、かえってきて。
石井  あなたは?
花江  長太ちゃんの妹の杏子ちゃんじゃ。
石井  あなたが長太君の・・・
杏子  うん。
校長  今日、石井先生が来られると言うことでしたから・・・長太君のお母さんにも。もう、おつつけ来られるじゃろう。
石井  私は{逃げ腰になる}
文造  逃げるか、逃げて一生暮らすか。
        「先生」「せんせい」「せんせえ」と子供達が叫
        ぶ。
石井  {頷きながら}私を、私をそんなに、こんな私に・・・
        おせつ、登場する。
おせつ  先生様。
石井  お母さん。
おせつ  あん時は真にすいませなんだ。何にも知らんで・・・
石井  いいえ、あの時のお母さんのお気持ち・・・
おせつ  あん時、うちはどうにかしとったんですらぁ。先生様は、うちとの約束を守ろうとしてくださいましたこと、後で聞きましたで、何度、先生様のお宅へ足を向けたか知れませんのんですんじゃ。が、どうしても行けませなんだんですんじゃ。
石井  おかあさん!
花江  うち、あん時、先生から言われて、長太ちゃんを追い駆け、よう考えるよう先生が言われとると言うたもん。先生が目に涙を一杯に浮かべて言われとった顔を、うちは覚えとるもん。それを長太ちゃんに言うたもん。
石井  花江ちゃん。
花江  でも、そいでも、長太ちゃんはもう決めたと言うて走ったもん。
石井  花江ちゃん、もういいのょ、いいの・・・
花江  毎日毎日、冬になると履きもんをストーブで暖めてくれた、先生の心の暖かさは忘れんと言うて走ったもん。勉強の出来んわしをおそうまで教えてくれたことを忘れりゃあせんと言うて泣いて走ったもん。
石井  {花江の頭を抱いて}いいの、もういいの。有難う、有難う。
おせつ  先生様、勝手なお願いじゃが、杏子を長太と思うて教えてやってつかぁさい。{頭を深々と下げて}この通りじゃ、うちがわるうございやした。どうか、この子らのために帰って来てくだせえ。
        おせつ座り込んで何度も何度も言う。
        「帰って来て」「先生「せんせいかえってきて」
        子供達の声が飛びかう。
石井  おかあさん・・・許してくださるのですか・・・
おせつ  先生様、許すもゆるさんも・・・
        石井、おせつの手を握りしめた。
石井  皆さん、有難う。私はもう逃げません。どんなことがあろうと、私は子供達のために頑張ります。この子供達を辛い思いや、悲しい思いや、ひもじい思いをさせません。私はそのために闘います。その事がこれからの私の人生であるからです。私は教育者として、人間の道を教え、真実の言葉の意味、そして、真理を教えます。
  そのためにも、私はもう一度教壇に立ちます。
  もう、逃げるのはいやです。
                           暗転

 省三はあの夜に何も起こらなかったが、芳子を意識するようになっていた。
「先生、これでいいのでしょうか」
 佐武役の順子がビスティリックに叫んだ。省三は最近不安定な気分で見ていたことを知った。それをいち早く関知していたのだった。
 順子は農家の娘で幼稚園の先生をしていた。日焼けした大きな声のでる女性だった。オートバイに乗って練習に通っていた。帰りに痴漢に会いオートバイをひっくり返されたというので、あとを走って護衛をしていた。
「すまん、見てなかった」
 省三は正直に言った。
「困ります、真剣に見てください」
「悪かった・・・」
 省三が恐れていたことだった。みんなに気づかれただろうか・・・芳子の仕種が、芳子への眼差しがと省三は思った。
「時々、心ここにあらずです・・・」
 順子は痛いところをついてきた。
「来年の構想を考えていたんだ」
「本当ですか・・・」
 順子は佐武の老いを表現し感情たっぷりに演じていた。省三はギリギリまで注意しないで置こうと思っていたが、
「順ちゃん、佐武は今の君のままで演じ、台詞から感情を取り去ってくれないか」
と省三は駄目を入れたのだった。
「なんでもっと早く言ってくれなかったのですか・・・」           「計算があったのだよ」
「計算てなんですか・・・へんな計算はしないで下さい」
「出来たときにひっくり返すという・・・」
「覚えていてください」
「やって見せてくれないか」
「ええ、いまからですか」
「そうだ、今からだ」
「やってみます、しっかり見てください」
 順子は立派に演じて見せたのだった。
「いいよ、それでやってくれ」
「なんだか、この方がやりにくいです」
「やり難くてもやってくれ」
「今日もついて来てくれますか」
「ああ、かっこいい後姿を見ながらついていくよ」
「かっこいいかな・・・困ったな・・・」
 順子は笑いながら言った。
 佳世はおせつを演じていた。大人しい性格だが、激しい起伏のある役をこなしていた。校長役の小川、加納と文造役の土師、小使いさん役の古賀、房江役の梶原も順調に上がっていた。子供たちが完全にリードしていた。石井役の芳子はのびのびと演じていた。
 省三はそんな芳子を見ていて、弄ばれているような気になることだあったくらいだった。
「順ちゃん、いい男でも出来たかな」
「はい、何十人もストカーを引き連れて帰っていますから・・・。先生、私は好きになったら私のほうから犯しますから・・・気をつけていてください」
 順子はそう言って省三を睨みつけた。
 順子とは忌憚なく何でも話すことが出来た。冗談も通用した。

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舞台明かりが点く。
お雪  お父!
健次  お父!{叫ぶ}
石井  御免なさい。お雪ちゃんや健次君を悲しませるために読んだのではありません。先生も戦争を憎みます。戦争があった為に多くのお友達はお父さんやお兄さんを戦死されたのです。
 私達は、その人達の尊い犠牲の上に今、こうして生きているのだと言うことを忘れてはいけないと思って・・・先生はみんなに幸せになって貰いたいのです。この願いは長太君の願いでもあると思います。
花江  長太ちゃんの・・・
杏子  あんちゃんの。
石井  先生は長太君の願いをみんなの願いにしたいのです。お雪ちゃん、健次君のお父さんが願っておられた平和をみんなで守っていくことが、私達の努めだと思うのです。それは、この戦争で犠牲になられた尊い命を無駄にしない為にでもなのです。
花江  そうなんじゃな、そうじゃ。
雄三  そうだと思います。
石井  先生は、長太君に相談を掛けられましたが、行かないようにとは言えませんでした。あの頃、忠君愛国、お国の為に死ぬことが立派なことなのだと教えられ、私も教えました。だけど戦争が良いことだとは思っていませんでしたから、はっきりと長太君に答えてあげることが出来ず、曖昧な態度を取ってしまいました。そして、長太君の遺髪を見て、大変な過ちをしたと後悔し、みんなの前から逃げました。でも、それでは長太君の死を無駄にすることになることに気付きました。私は、これから多くの教え子と巡り合うと思います、その度に、長太君の話をし、この戦争を知って貰い、平和がどれほど大切かを考えていこうと思います。
 この作文にもあるように、戦争を憎みます。二度と戦争はいやです。みんなもこのことは確りと覚えていて、子供の父になり母になったら教えてあげて欲しいのです。
        お雪の父、復員兵の姿で登場する。
お雪の父  {窓から覗き}先生!
石井  はい、なにか。
お雪の父  わしは、お雪の父ですが・・・
石井  {驚いて}ええ!お雪ちゃんの。
お雪の父  へい。家に帰ったらだぁれもおらなんだもんで・・・
石井  そうだったんですか、御無事だったのですか。
お雪の父  島の奥へ逃げて隠れておりやした。今帰ったところですが。
石井  {深く頷いて」ご苦労様でした。さぞ・・・{泣いている、お雪を見て}お雪ちゃん、おとうさんですよ。
お雪  {立ち上がって}おとうか、本当におとうか。
        お雪、泣きながらお父の胸に。
 おとう!
お雪の父  おゆき!
お雪  おとうのバカ、バカ・・・戦死したなんて言うから・・・
生きとったんか。生きとったんなら、なんでもっとはょう帰って来なんだん。
        お雪、父の胸を拳で叩く。
        石井は子供達とうれし泣きをしている。
        健次、お雪に近寄って。
健次  お雪、本当に良かったな。
        健次は運動場に駆けり出た。
石井  健次君″!
        石井は健次の後を追った。
                           暗転

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  稽古も追い込みに入り、連日になっていた。
 公演一週間前になると台詞を落とす人が続出していた。
「もう一度覚えなおしてくれ・・・そうすれば完全に体につくから・・・。それに台詞は動きに合わせて体で覚えて欲しい・・・」
 省三は最後の駄目を出して言った。

 十一月三日文化の日、開場前から列が出来ていた。二千二百人の満員の観客が開幕を待っていた。
「楽しんでください・・・青春の一日の命をここで燃やして欲しい」
 少し歯の浮くような言葉を贈って送り出した。戸倉はカメラを提げて客席に回った。
 省三は舞台袖で舞台監督の役をしていた。
「お願いします」
 時計を見て、予ベルの指示を出した。
 開場にベルが大きく鳴り響いた。観客席の明かりが落ちで静かになった。
「行ってきます」
 次々と役の衣装を着込んだ人たちが通り過ぎて言った。
「武者振るいがします」
 順子が舞台袖へ向った。
 子供たちが足音を忍ばせて頭を下げと通り過ぎた。
「行ってきます・・・公演が終わったら付き合ってください」
 芳子がそう言って舞台袖へついた。
 省三は総ての出演者が通り過ぎたのを確認していた。
 踊り場の着替えの衣装を点検した。五分間はあっという間だった。
「お願いいたします」
 省三は本ベルの指示を出した。ベルが鳴り終わったとき、会場に「若鷲の歌」が鳴り響いた。戦勝の模様がスパーで流された。緞帳がゆっくりと上がっていった。省三はインカムで音と明かりの指示を出していた。

「先生、私好きな人が出来ました」
 芳子はそう言って舌をぺろりと出した。
「よかったね・・・それでいいんだ」
 公演は大成功で終わった。そのあと舞台をばらし打ち上げをしていた。
 省三は肩の荷が下りたようにほっとしていた。
 戸倉は広告の集金に走り回っていた。
 みんな飲んだり食べたりして興奮し喜びを言葉に代えて話していた。
 省三は少し離れた席で静かにコーヒーを飲んでいた。客席には育子が子供たちを連れて観に来ていたはずであった。分るが分らないかこれで子供たちに父親の後姿を見せられたと省三は思った。
「先生、今日、送ってくれますか」
 順子がコーヒーのお変わりを持ってきていった。
「飲んでいるのか」
「少し」
 打ち上げの終わりの挨拶までには戸倉も帰ってきた。
「ご苦労様でした」不器用な男だった。
 戸倉は平然と言った。
 芳子は新しく入った宗田と帰っていった。
「さあ、帰りましょう」
 順子が省三と歩き出していた。

小説 秋の路2

2006-02-12 23:51:25 | 小説 秋の路
公子  ここが、お母さんの教師としての出発点だったってわけ・・・
        公子は佐武を見る。佐武は教室の一つの机に見入
        ったまま、その頬に一筋光るものがある。
 お母さん!
佐武  {語り掛けるように}長太君、私はこの四月一日をもって教員生活を終えたわ。漸く長太君に合いに来れたの。御免無さいね、何時も気になりながら、いいえ
 一時も忘れたことはないわ。・・・三十五年ぶりね。ここの小学校から岡山の学校へ転勤が決まったとき以来ね。
公子  {腕時計を見て}お母さんそろそろ、、みんな待っているわ。
佐武  長太君、今日長太君のお墓参りをするからと、花江ちゃんに連絡したら、みんな集まってくれるって、後でみんなでお参りさせていただくは・・・
公子  お母さん!少ししめっぽいわよ。
佐武  長太君が生きていてくれたら・・・
公子  お母さん、泣いているの。
佐武  思い出してね。{指で頬をぬぐった}
公子  お父さんが交通事故で亡くなった時にも涙を見せなかったお母さんが・・・
佐武  小学校の時なのに良く覚えているわね。
公子  そりゃ、覚えているわ。お母さんは涙が無い人なのかと思ったもの。私一人泣いたもの。
佐武  私は、泣くまいとあの時に誓ったの。泣く暇があったら、しなくてはならないことが沢山あると思ってね。
公子  でも、今のお母さん、人間らしいわ。
佐武  忘れていた、忘れようとしていたのよ。私の教え子の運命を変えた私が私に架せた唯一つの誓いだったのよ。どんな事があっても涙を流すまいと言うことが。
公子  そうだったの。
佐武  泣けたらどんなに楽かと思ったことはしばしばあったわ。
公子  もう、長太君も許してくれるわ。お母さんは教育者として立派だった。娘の私が言うのもなんだけど。
佐武  いいえ、何もしなくったつて、どんどん年は過ぎて行く。だけど今、こうしてこ立ってあの頃を振り返えってみれば、十七歳の私がそこに立って、長太君や、花江ちゃんや、健次君、お雪ちゃん、春子ちゃん、雄三君らが机に座っていて・・・今までの人生がなんだか夢のようだわょ。
公子  お母さんたら・・・それじゃ、私は、これから夢を見るってわけ。
佐武  そうだよ。人生なんて過ぎて見れば夢のようなもの、だけどどんな夢を見るかが問題なんだけれど・・・公子も先生になるんだから、子供達の夢を大切に育ててあげて欲しいわね。教えるのではなく、人間として共に学ぶ、その姿勢が無くては、教育は本当に怖いもの。一つ間違えば、一人の人生を駄目にする。
公子  分かっているって、これでも私はお母さんの娘よ、確りお母さんの後ろ姿を見せて貰ったから・・・
佐武  だったら良いけど、言っとくけどどこの社会でも四五十人を把握出来ない人は、人の上に上がれないのに、教師だけは、最初から三十何人の生徒と付き合う、本当に難しいわょ。
公子  分かっているって、少しお母さんくどいわょ。
佐武  くどいくらいで丁度いいのよ。
公子  もう、お母さんたら。
佐武  お母さんは思うんだよ。今、本当に子供達の瞳は輝いているかってね。教育、その本来の理念がなんだか曖昧になっているようで、まるで、自由とは名ばかりで一つの思想にはめ込もうとしているように思えるんだけれど。
公子  お母さん・・・
佐武  子供達の顔に明るさが無いし、瞳に輝きが無いってことにある種の怖さを感じるのだょ。なんだか、いやなよのなかになるような・・・公子、これは、是非守って欲しいの。おまえの教え子を戦場にやらない。そして、どんな時でも、子供達にとって教師が最高の教育環境でなくてはならないってこと。
公子  分かってるって、お母さん。
        佐武はバックから絵を出して、長太の机であつた
        机の上に広げる。
佐武  長太君!
        その時、嘗ての教え子達が登場する。全員中年で
        あること。
        「ふるさと」のBGMTがINする。
花江  先生!お元気で、ようこそおいでくださいました。
健次  先生、お待ちしとりました。
お雪  先生。
雄三  先生、教員生活ご苦労さまでした。
春子  先生。
杏子  先生・・・
佐武  {一人一人の手を握り}花江ちゃん、健次君、お雪ちゃん、雄三君、春子ちゃんそして、杏子ちゃん・・・皆、昔の面影が・・・
        石井は涙ぐみ、頬に涙が溢れる。
        全員で「先生」と言う。杏子だけがひとテンポ遅
        れる。
        石井を含めて全員泣き笑い。
花江  先生、今日は先生に・・・
雄三  花江ちゃん、言わない方がいいょ。
健次  びっくりして先生がひっくり返るかも知れんぞ。
お雪  そうよ。
佐武  なによ、みんなどうしたと言うの。
杏子  実は・・・
        その時、人民服を着た中年の男が登場する。
長太  先生、せんせい。
佐武  あなたは・・・
        石井はじっと見つめる。
花江  先生、夢ではないんですょ。先生が・・・長太ちゃんなんです。
佐武  なんで・・・なんで・・・               雄三  戦火の中を逃げ惑っている時、中国の人に助けられ、中国人として育てられたのです。今ではすっかり日本語を忘れていますが、先生のことだけは覚えていて、この村のことが分かったらしいのです。
杏子  あんちゃん・・・
佐武  本当に、本当に、夢ではないのね。
お雪  本当の本当ですょ。
佐武  長太君!
        石井は長太の胸の中に飛び込んでいく。
長太  せんせい!
佐武  これが本当なら、今日が私にとって一番の嬉しい日だわ。
公子  お母さん。
        全員が「先生」と叫ぶ。
                        ゆっくりと幕

 この「秋の路」ここで終わらせていただきます。
 ご愛読ありがとう御座いました。
 脱稿 2006/02/12 yuu yuu


2006/02/12 物書きは・・・。

2006-02-12 19:31:21 | Yuuの日記


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晴れ風が寒い花はこの寒さでも鮮やかに咲き誇っている・・・。

朝までトリノを見ていた・・・眠いです・・・。
モーグル・・・上村pr_ph1.jpg、里谷060210_06.jpg・・・残念・・・。

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九太郎を散歩に連れて行く・・・。何時ものコースを覚えたか・・。走り回っているが・・・。あっちこっちへシッコをしている・・・。まだサカリは続いているのか・・・。
夕餉は家人が組合のお食事会で外にでて会食・・・。何も作るのが大儀で外食になるか・・・。すし屋かドイツレストランか・・・。寿司は土曜日に食べたから・・・。
あと2日で「秋の路」も終わる予定・・・。これで「華」「路」シリーズが終わる・・・。これが済んだら「空」シリーズをと考えているが・・・。それとは別に老いの物語をじっくりと書きたいと思っているが・・・書き急ぎのきらいがあるので注意を・・・。「路」は随所に台本を入れて横着をしたが「めぐり来るときは」は少し隙間を埋める文章で書きたいと思うが・・・。今構想を練っているところである・・・。醗酵するのはいつか・・・。文章読本でも読んで準備をするか・・・。小夜子姉貴さん、marin kazeさん、龍さん、恵さんと・・・分野は違うが素晴らしい小説を書いておられる・・・まだまだたくさんの方がいいものを書いておられるだろうが・・・目に届かないのです・・・。刺激を受けるなというほうが無理か・・・。60歳になったとき一度はペンを置いたのだが・・・劇団の台本だけは書こうと決めていたが・・・。自伝的な創作小説のシリーズ物を書き上げ中だが・・・書く楽しみが再度全身を貫いているが・・・。書くことから離れられないということか・・・。
人生の物語を書きたいあなたへ人生の物語を書きたいあなたへ井上ひさしと141人の仲間たちの作文教室<井上ひさしと141人の仲間たちの作文教室/a>深くておいしい小説の書き方深くておいしい小説の書き方


このブログを始めて7ヶ月・・・ヤフーのHPとは違って色々と勉強をさせていただいた・・・。訪問をしてくださった多くの人に支えられて今日まで来た・・・。これからもそれを支えに進んで行こうと・・・。

 繰り返す暑さ寒さを過ぎるとき
             蕾綻び梅が春告げ

 2006/02/12今年はホントに寒かったそんな思いが春を呼ぶのか・・・。




小説 夏の路1

2006-02-12 03:01:59 | 小説 夏の路 
この小説は 海の華の続編である 冬の華の続編である 春の華の続編である 夏の華の続編である
秋の華
の続編である 冬の路の続編である 春の路の続編である彷徨する省三の青春譚である。
この作品は省三33歳からの軌道です・・・。ご興味が御座いましたら華シリーズもお読み頂けましたらうれしゅう御座います・・・お幸せに・・・。

221 

 

 夏の路

1

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 子供たちは回し読みが終わり半たちも終わって立ち稽古に入っていた。
「館長、ホールを貸して欲しいのですが」
 省三は練習室が狭いので動きが狭くなって演出が困っているのを見て館長に言ったのだった。
「書類を出してください」
 館長は杓子定規に冷たく言った。
「舞台に明かりをくれればいいんです。全部を必要としていないんです」
「困りましたな・・・」
「誰も使っていないんでしょう・・・広い場所が今必要なのです」
「私に明かりを付けろといわれてもどのようにしていいか・・・」
「館長がいいといえば係りの人がつけてくれる事になっていますが・・・」
「鍵も開けるということですか・・・貸し館の承諾もなくですか・・・そのように係りのものが・・・無断で・・・。今村さん、私にこの件を言った以上は・・・私が聞いた以上は・・・出来ないとないと言わねばなりません・・・」
「そうですか・・・」
 省三は帰りかけた。
「ですが、私が聞いていなく、係りのものが好意でホールの鍵を開け舞台に明かりをつけたということになれば、これは係りの責任です・・・万一そのことが問題になった場合は責任者の私の手落ちになります・・・」
 館長は回りくどく言った。
「今村さんは私に季節の挨拶に来た・・・そのほかのことは私は何も聞いてなかったということに・・・」
 館長は続けて言った。
「誰か間違って鍵を開け明かりをつけてくれるでしょう・・・私にも母がおり・・・子供がいます・・・稽古をしているような孫もいます・・・。しっかりおやんなさい」
 館長の声は途中から小さくなった。
「暑くなりました、くれぐれもお体を大切にしてください」
 省三は深々と頭を下げて外に出た。
 まだこんな館長がいることを有難いと思った。
 周囲の暖かい思いやりでホールを使い練習が進んでいた。
 
        お石が登場する。石井の後ろから。
お石  先生様
石井  {振り返って}まあ、お石おばぁちゃん、何か?
お石  先生様、少し話を聞いてくださらんかの。
石井  はい、どのような・・・。
お石  わしは一人になってしまいましたがの。
石井  おばあちゃん、それはどういうことですの。
お石  みんな、わしを残して、独りっきりにして戦争に行きよった。前の大戦で連れ合いをのう死、今度の大戦で伜を三人とも取られてしもうた。
石井  おばあちゃん・・・。
お石  独りはさみしゅうておえませんわの。あっちこっちでこのさみしさをしゃべってあるかにゃあ・・・。先生様はわしの話を聞いてくださいますかの。
石井  {頷いて}はい。
お石  そうですかいの、それは有り難いですの。一番目は支那じゃ。そん次は満州、そん下がフィリッピン・・・。ですがの、ですがの、一番下のフィリッピンにいっとる伜が戦死をしたと言う公報が届きましたんじゃ。・・・役場の奴らぁ、靖国神社に祭られて光栄じゃとぬかしよるんじゃ。そんなもんですかの。わしは、靖国の母、九段の母、よう死んだ、おまえはお国の為によう死んだと褒めてやらにゃあならんのですかいの。伜が祭られとる靖国神社に行って、白砂利の上に膝を付いてこのばばの頭を下げて、お前は天子様のために、国のために死んで、こんな立派なお社に神と祭られてほんに幸せな奴じゃと言うてやらにゃならんのですかいの。・・・わしのような馬鹿なばばにゃあ分かりませんけえ。先生様そげんなもんですかいのう。
石井  おばあちゃん!それ以上は・・・。
お石  自分の伜が死んで喜ぶもんはおりませまあ。・・・。先生様はどう思われますりゃあ。
石井  私は・・・。おばあちゃんの心は良く分かっております。私も父を・・・。そして、あの教え子達のお父さんや家族の方々が・・・。
お石  分かってくださいますかの。こん村の奴等は、わしのことを非国民じゃ、気が触れたんじゃとぬかしよるんじゃ。
石井  おばあちゃん、この村からも多くの男の人が、どこの家からも・・・。
お石  そんなら、余計にわしの心が分かると言うものではねえんかのう。
石井  でも分かっていても言えない事つてあるでしょう。
お石  そりゃあ、そうじゃが・・・。でも冷たすぎるわの・・・。淋しすぎるわの・・・。わしは軍国の母じゃから泣いたらおえんと思いますがのう。でものう・・・伜が・・・。
石井  辛いでしょう、淋しいでしょうが、それ以上言ったら憲兵に・・・。
お石  {石井を睨み付けて}先生様もそう言われますかのう。・・・わしゃ、いつまでも、いつまでも、こん命がつくるまで戦争を恨みますけえの。憎みますけえの。・・・伜をわしの腕から奪って行ったことは忘れませんけえの。
石井  おばあちゃん・・・・
お石  わしゃ、九段には死んでも行きませんけえの。
        お石そう言ってぷいと退場する。その後ろ姿をじ
        っと見つめる石井。

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        校長が登場して石井の姿を眺めていたが。咳ばら
        いをして、
石井  {振り返り}校長先生。
校長  あのおばあさんは気が触れたのじゃ。この大事なときに、みんなが力を合わせにゃあならん時に、ああやって、村中を歩いて銃後を守る人達の心に動揺を与えておる。困ったもんじゃて。
石井  私には・・・。
校長  滅多なことは言えませんぞ。私達教師は子供達に忠君愛国を教え、もったいなくも天子様に命を捧げることの出来る誉れを教えなくてはならんのですぞ。つまり、私達国民総ては天子様の赤子であり、天子様は神であることを。そして生命を捧げることが恩に報いる総てであることを。だから、私達はその模範を示さなくてはならんのですぞ。
石井  はい。
校長  ところで、海軍に行っておる家の生徒は誰と誰だったかな
石井  はい。健次君とお雪ちゃん、それに・・・。
校長  お雪のてて親が戦死なされた。
石井  それは、本当ですか?
校長  今、役場を覗いたらそう言っておった。村長にも尋ねたのじゃが、間違いはない。ガタルカナルの海戦で、山本五十六連合艦隊指令長官が名誉の戦死をされ、その時大変な死傷者が出たらしい。
石井  その中に、お雪ちゃんのお父さんが・・・
校長  うむ。
石井  何と言うことに、何と言うことに。お雪ちゃんはお母さんと二人きりになってしまったのですね。
校長  政府もここに至っては、もう事実を発表して国民に今まで以上の一層の発奮と努力を強いるしかないとのお考えらしい。
石井  あのこのお父さんが・・・私はどのように・・・
校長  先生に知らせたのは心の準備をしていてほしいと思ったからですのじゃ。
石井  {頬に散る涙を手でぬぐった}
校長  泣いては子供達が動揺しますぞ。確りして下されよ。今こそ 私達は強い心をもって・・・。                
石井  でも、私は他人事として考えられません。父は軍医として・・・。
校長  だからこうして・・・いづれ役場からお雪の家に公報が届き・・・。そのとき先生が心を取り乱していてはと思い、それが心配で。
石井  ・・・はい。分かりました。・・・それで戦局は・・・・
校長  ガダルカナルからブーゲンビルまで、もう落とされていると言うことじゃ。
石井  もうそんなに・・・
校長  首都東京は空襲が激しくなり、何れ強制的に学童疎開が・・・。
石井  噂にあった、学徒動員令は・・・。
校長  うん、議会は通過したらしい。これからは多くの学生がどんどん戦場に狩り出されるであろうの。
石井  これからの日本は・・・。
校長  その先は言えませんぞ。これ以上は私達の言えた立場ではありませんからな。
先も言ったように天子様の赤子に教えていることを充分認識して下されよ。
石井  はい。
校長  では・・・。{子供達を見て}あかるうて元気のええ子供達じゃ。あの屈託のない澄んだ瞳と笑顔は眩しいくらいじゃ。
        校長は子供達を見て頷きながら退場する。
石井  {遠くに視線を投げながら}明文さんは京都帝国大学の文科生、若しや徴兵に、学徒出陣に・・・。私はどうすればいいの。・・・お雪ちゃんのお父さんのこと・・・ああ。戦争が無かったら、戦争が・・・。
        子供達が「せんせいはようみにきてくれ」「こん
        なもんでええんかの」と呼んでいる。
        石井ははっとして振り返り、
石井  はい、すぐ行きますから。
        お雪の母、民江が「お雪!」「お雪!」と叫びな
        がら登場する。
春子  お雪ちゃん!
お雪  {振り返って}おかあ!
        お雪立って、母のほうへ近寄ろうとする。
        民江は運動場にへなへなと崩れるように座り込む
        。お雪は母にかぶさつていく。
お雪  おかあ、どうしたん。
民江  おとうが・・・おとうが・・・
お雪  おとうが、どうしたん・・・おとうがどうしたん・・・
民江  おとうが・・・
お雪  おかあ・・おとうが・・・
        民江はお雪をしつかりと抱き締めて立ち上がり。
民江  お雪、泣いたらおえんぞ。おとうは日本のために死んだんじゃ。泣いたらおえんぞ、泣いたらおえんぞ・・・
        舞台明かりが消え、お雪と民江の抱きあって空を
        眺める姿に、ピンスポットが照らす。そしてもう
        一つは、石井を取り囲んだ子供達にサススポット
        があたる。石井は子供達をしつかりと抱悔しそう
        な長太の顔、心配そうな健次の顔、涙を咬み殺し
        ている花江の顔。
        段々とピンスポットがお雪と民江の顔に絞り込ま
        れていく。石井のサススポットはその前に消えて
        いる。
健次  お雪!
お雪  おとう!おとう!
        お雪はあらんかぎりの声を上げて叫んだ。
                            暗転

2

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 省三は時折小さな不安発作が現れたが薬を飲んで難なく乗り越えていた。その発作の頻度は少なくなっていた。演劇作りの忙しさで身体が慣れていったのか省三は自信が持てるようになっていた。病気と演劇作りを闘っている省三がいた。
 省三は稽古を見ていておかしいと思われるところを直ぐに書き直した。家に帰って読み追加の原稿を書いた。それが次の稽古の日に渡され台本に短冊のように貼られた。
 八月中は昼は子供たちの稽古、夜は青年の稽古が続いていた。
 公演日は十一月三日の文化の日、市民会館大ホールと決まっていた。二千二百人収容のホールだった。
 戸倉は広告取りや観客動員に奔走し演出とは名ばかりで稽古は省三が見ていた。青年はまだ本を持っての稽古だった。足らずの青年たちは戸倉が何処からか連れて来ていた。構えからの人達とは明らかに差があった。二ヶ月あればどうにかなるだろうと省三は楽観的に考えていた。
 
 省三は家に帰るとほっとした。体から総ての力を抜いて一息ついた。稽古を見るということはそれだけ神経を使っているのだと思った。
「今日も恙無く・・・」
 育子が笑いながらそう言って部屋に入ってきた。
「ああ、子どもたちを見るのは疲れるね」
「上がっているの」
「子供は早いよ・・・どんな名優も子供には負けるというが・・・」

長太  お母が来たんじゃろう。おなごはめめしゆうておえんけえの。
石井  本当に行くの。
長太  {大きく頷いて}うん。
石井  どうしても。
長太  {うなずいて}うん。
石井  もう決めたことなの。
長太  {石井に背を向けて}うん。
石井  お母さん、おばあちゃん、妹さんをほったらかしにしても平気なの。
長太  そりゃあ・・・
石井  どうして、そのことを一番に考えないの。
長太  じゃあけえど、神国日本の国が鬼蓄米英に負けよるんじゃ。家のことなど言うてはおられんけえ。
石井  戦争は大人に任せて・・・戦争と言うのは兵隊さんだけがするんではないと先生は思うの。銃後を守ることも立派なことなのよ。愛国心なのよ。
長太  先生!先生はわしに行くなと・・・
        石井は教室の外を見る。校長が隠れるように見て
        いる。
石井  いいえ。そうは言ってないわ・・・でも・・・
長太  先生が行くなと言うのじゃつたら・・・
石井  いいえ、そうは・・・
長太  先生!わしは本当は行きとうはないんじゃ。なんで、伯母あゃ、お母、妹をほったらかしていけりゃあ・・・去年、東京の叔父さんが来て、おまえも小学校を卒業したらお国の為に尽くせ。そのためには、満蒙開拓青少年義勇軍には入れと言われたんじゃ。・・・わしゃどうすりゃあええんか分からんかった。この半年考えたんじゃ。わしがおらんようになったら、妹に、お母に、おばあに、わしの喰いぶちがやれるし、お父が満州にいっとるけえ、万が一にも会えるかも知れん、そう思うたんじゃ。そんなことやなんやかやで、村長さんが行けと言うて来た時、行くと言うてしもうたんじゃ。
        長太は泣きながら言った。
石井  長太君!{じっと耐えている}
長太  じゃけえど、今なら、止められるけえ。先生!行くなと言うてくれ。そんなら行きやせん。
        長太、石井の胸の中へ飛び込んで行く。
石井  長太君、長太君、先生はなんにも言えないのよ。言いたいことが一杯つまり、喉迄出かかっているけれど、言わなくてはいけない言葉も沢山あるけれど、それを知っているけれど言えないのよ。
長太  先生!
石井  先生には、長太君の心が良く分かるの。その思いが胸を締め付けて痛い程分かるけれど・・・だって、でも・・・長太君が考えた末のことなのだから・・・{泣きながら}先生は・・・
        校長が登場して来て。
校長  長太、良く決心をしたの。それでこそ天皇陛下の赤子の日本男児、お国の為に働くのが、天子様に命を捧げるのが、忠君愛国の精神と言うものじゃ。満州は広い、そして、多くの資源が眠っている。それに、肥沃の大地が膨洋と拡がっている。それを、若い君達が拓き耕しあらゆる資源の増産をはからなくては日本は世界の乞食になってしまう。そこのところを良く考えての、頑張るのじゃぞ。石井先生もこうして賛成しておられる。後に続く本校の後輩のためにも、長太の考えは良い手本となることじゃろうて。
長太  {石井に}先生!
石井  {目を伏せた}
長太  先生!
石井  ちょうた・・くん。
        長太、石井の顔を少しの間見ていたが、自分の机
        に行き、一枚の絵を取り出して、石井の前に出して。
長太  これ、わしが描いた先生の顔じゃ。受け取って欲しいんじゃ。
石井  長太君・・・ありがとう。きっと、きっと大切に・・・{絵を胸に抱いて泣いた}
長太  {泣きながら}先生、さよなら。
        長太、走って退場する。
石井  長太君!{追い掛けようとする}
校長  石井先生!{大きな声で諌める}
石井  校長先生!
校長  よかったんですょ、あれで。これから先の事は、あの子の持って生まれた運命に託すより他にないのですからな。元気でいてくれよ、と祈るしかもう私らには出来んのですからな。
        校長退場する。
        花江が教室に入ってくる。
花江  先生、長太ちゃん、どうしたん。
石井  後を追って、そして、先生が良く考えてと言ったと言って、そう伝えて。
花江  うん。
        花江急いで退場する。石井は呆然と立ち尽くす。
石井  あの子の運命、あの子の運命。そうなんですか。私には元気でいてくれることを祈るしか出来ないのですか。ただそれだれけの力しかないのですか。それで本当に良いのですか。

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 省三の脳裏には稽古の様が去来していた。子供たちは生き生きと演じていた。一人の青年がその姿をじっと見詰めていた。
 古賀は省三のところに原稿を持ってきて読めといった男であった。省三は何年か勉強してもう一度来いとつき返したのだった。その古賀をこの演劇に引き込んでいた。古賀が子供たちに戦争のことを話し予備知識を与えていた。若いが台本を読み込みその背景を勉強してきていて、子供たちと良く話していた。
「古賀君がよくやってくれて助かるよ」
「そう、あなたのお気に入りだから・・・」
「ああ、私の意を汲んで、子供たちとの橋渡しになってくれているよ」
「いい人が出来るといいのにね」
「出来るさ、古賀君なら」
「そうね」
 省三と育子は何の変哲もない会話に幸せを感じていた。
 省三は病気の事はすっかり忘れていた。そんな暇がないくらい熱中していた。熱さも熱いと感じなかった。
 部屋には水冷のクーラーがからからと音をたて冷風を出していた。
 省三が帰る頃には二人の子供たちは眠っていた。どんなに遅くなっても朝には保育園に送って行った。それがせめてもの父親の存在感を見せるものだった。
 八月が終わろうとしていた。

「この演劇は反応がいいぞ・・・広告もすんなりと取れて・・・観客動員もあらゆる団体が興味津々・・・こんなのだったら二回の公演にすればよかった」
 戸倉は興奮して言った。
「何回でも公演すればいいではありませんか・・・何年か後には国際児童年があることですし・・・」
 省三も頬を崩して言った。
「それを決めておこう・・・何年後だ・・・」
「五年後ですよ」
「丁度いい頃だ・・・」
「その時に青年から市に対して、この町が母と子を大切にするというシンボルを建ててはどうかな」
「なんだ、それは」
「例えば、「母とこの像」とか」
「それもやろう・・・みんなで協力して建てよう・・・今から手を回して・・・準備期間も丁度いい」
 戸倉と省三は話が弾んだ。
 収益と寄付で賄う、倉敷の駅前に建立すると決めたのだった。
「上がっとるか・・・何もかも任せて済まんな」
「それは構わないけど・・・明かりと音は早いほうがいいよ」
「分った」
 戸倉は強く言った。