yurikago-sa

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四国八十八カ所 第七十番 本山寺

2015年01月17日 | 日記

四国八十八ケ所霊場 ご開創1200年記念のバスツアー巡拝 第11回

 平成26年10月27日 第七十番 七宝山 本山寺を参詣しました

本山寺は807年 平城天皇の勅願で 弘法大師が国家安泰のために 

一夜と思えるほどの短い間に本堂を建立したと伝えられ その際に

 本尊馬頭観音像を脇侍に阿弥陀如来を刻み安置し 四国霊場に定められ 

当時は寺号を 長福寺と称し 寺領二千石の大寺と伝えられていました 

本山寺と改称したのは1716~1736年ごろといわれています 

本山寺 境内図

仁王門

 円柱の どっしりとした八脚門は 鎌倉時代後期の建立で 国の重要文化財です

1573~1592年長宗我部元親の四国平定の戦火から

仁王門 本堂 五重塔は焼失を免れたと言われています

  

金剛力士像

鎮守堂

小さなお社に 善女竜王像が祀られています

竜王は水中に住み雨を降らす神様です

 慰霊堂

満洲への開拓団の犠牲者の霊をとむらっています

手水場 

 

十王堂と 護摩堂

亡くなった人の生前の罪を裁く 閻魔王はじめ十人の裁判官が祀られています

護摩堂は不動明王 愛染明王が祀られ 護摩木に願い事を書き

護摩木を焚いて供養をします

五重塔

大空にひときわ美しくそそり立っている本山寺のシンボル

四国霊場で 竹林寺・志度寺・善通寺・本山寺の4ヶ所だけの五重塔です

明治43年 当時の住職 盲目の頼富実毅(よりとみじっき)さんが 

四国霊場を巡拝中59番国分寺を巡拝した後目が見えるようになり 

その恩に報いるため 遠くからでも目に付くよう塔を再建されたと言われています

 

五重塔 本堂との間に大日堂

 

     仁王門から正面に本堂        馬頭観音像(ダウンロード画像)   

                                            

 弘法大師一夜の建立と言われている本堂は1300年の 建築で 国の重要文化財

ご本尊は 四国霊場唯一の頭上に馬頭をいただいている馬頭観世音菩薩です

ご真言 「おん あみりと どはんば うん はった そわか」

馬が草をむさぼるように人々の煩悩を 食べ尽くし 

畜生道に迷っている心を救済し悪を懲らしめる仏さまです

    

本堂の後方に 庫裏 納経所があります

境内に入って右手に 大師堂です

大師堂の側に みちびき大師像

右手に錫杖 左手に数珠 一歩踏み出した 躍動の銅像です

大師堂に向かって左に ご本尊馬頭観音にあやかって 2頭の馬の像 

家畜の守り神になっています

馬の像の左後ろに十三重供養塔

仁王門をくぐって右手に 鐘楼

鐘を付くことは供養とされ また朝夕の時報として鐘のひびきを聴くと

一切の苦から逃れ 悟りの功徳があると言われています

 寄進された方々の石柱がずら~っと本山寺を囲んでいます 

             

本山寺の 本尊の脇仏 阿弥陀如来像は「太刀受けの弥陀」と呼ばれ

1573~1592年 長宗我部元親の軍が攻め入ったとき 当時の住職が

立ちはだかり 兵士は住職の腕を切り 寺に押し入ると 本堂 内陣の扉が開き

脇仏の阿弥陀如来が 兵士たちに姿を見せ その右腕から血を流していたといいます

兵士たちは恐れて退散し 阿弥陀如来が住職の身代わりになり 寺は兵火から難を免れ 

元親の兵火にかからなかった 数少ない寺といわれています

        

つぎ後回しにしていた68・69番札所神恵院 観音寺 まで 約10km バスで約20分です

 おしまい


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