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つれづれなるままに・・・・

「どうせ無理」と思ってる君へ/植松努

2018-02-27 | 読書

私は以前から植松さんの本を読んでいます

子供達にも読ませました 北海道でロケットを作って飛ばす町工場の社長さんの話です

きっとこの本は中高生向けに書かれたものだと思いますが

大人の私が読んでも励まされます

植松さんのことはTEDで見てから知った方も多いようです

この本も 子どもにも、すべての人に夢と希望を贈り

世の中には、若い人の夢をつぶしてしまう人が大勢いるけどそんな人たちに負けないでほしい

その人たちを恨まないでほしいといいます

あきらめなくて、いいんだよ、だったらこうしてみたら? こんな方法があるよ

そんなふうに「どうせ無理」という言葉に負けないための方法がかいてありましたかいてありました

「どうせ無理」という言葉は恐ろしい言葉で 

やる気も自信も壊して 何もやらない自分への言い訳になるという

そうだったら こうしてみたら?という言葉に置き換えて流行らせたら?という考え方だ

なんとも前向きです

大人になると現実や自分の前のことばかり見て視野が狭くなりがちですが

この本を読むと まだまだできることたくさんあると思うし

人の役に立てることできるんじゃないかと希望を与えてくれます

今回もそういう意味で私にたくさんの勇気をくれました

まだまだ頑張れることたくさんあるような・・・励まされました

一生懸命頑張っていれば必ず道は開けると・・・

生徒たちにも自分の価値観にとらわれず いろいろな考え方や道があることを伝えてきたいと思います


十津川警部 出雲伝説と木次線/西村京太郎

2018-02-25 | 読書

西村京太郎の十津川警部シリーズ      地元 奥出雲を舞台にしたサスペンス

奥出雲 木次線を走る おろち号がトレインジャックされた

この電車には休暇中の亀井刑事親子も乗っていました

犯人からの要求は スサノオ伝説をめぐる古代史が

大和朝廷が押し付けた神話であり 犯人が考える出雲神話こそ正しい

だから スサノオの神社を潰せ  そうしなければ 人質60人を殺害するというもの

スサノオノミコトがヤマタノオロチを退治したという奥出雲のことが詳しく書かれていました

このおろち号人気です

三段スイッチバックで三井野原まで登るところが見どころです

乗ったことはありませんが 木次線には昔何度も乗りました

ですから 書かれている景色や駅 全て思い浮かびます

サスペンスというより 出雲神話について詳しく書かれていて

まるで古事記や日本書紀、出雲風土記の世界  

私はこのあたりのことは詳しくないのですが

去年  宮司さんの講演で説明を聞いたので何となく頭に残ってました

さらに踏み込んであって なるほどそうだったのかと・・・

特に 宮司さんの話の時と同様 国譲りの話が興味深いです

稲佐の浜で天神である建御雷之男神( タケミカヅチノオノカミ)と

大国主命の息子である建御名方神(タケミナノカタノカミ)が葦原中国をかけて勝負していた

闘神タケミカヅチはタケミナノカタに掴まれた左腕は氷となって相手の腕を滑らし

右腕は刀となり、怪力によってタケミナノカタを遠くまで

タケミナノカタは山里を飛ぶように逃げ去り、科野国(しなののくに)

洲羽の海(諏訪湖)まで逃亡して身を潜めていたがタケミカヅチに捕らえられた

何とか命だけは・・・と諏訪の地に留まることで助けてもらい

タケミナノカタは御柱祭で有名な諏訪大社の祭神になった話だ

サスペンスという感じがなく 神話でちょっと想像とは違いましたが

改めて出雲神話の勉強しました  写真は三井野原手前のスイッチバックを走るおろち号


生粋/花田優一

2018-02-02 | 読書

連日話題になってる大相撲の貴乃花親方の長男で靴職人花田優一さんの著書

まだお若いのでこれから・・・だと思いますが、今の自分について素直に語っておられるのはよかったです

若い頃のようにまっすぐ前だけを向いて 自分を貫くようなことは今の自分にはなかなかしづらいですが

わが子がそんな風に頑張ってるのかなぁと親目線で読ませていただきました

自分の若い頃もそういう感じだったのかなぁ・・・と昔を重ねてみたり(笑)

 

横綱の息子として不自由のない生活の中で彼なりにいろいろなことを考えて

靴職人という人生を選んだ花田さんですが

留学そしてイタリアでの修行時代いろいろご苦労もあったことでしょう

そのような中でもただまっすぐ自分の道を貫く姿勢は親譲りなのかもしれませんね

枠とらわれず自分の人生をただ一心に進む若い人って今は少ないのかもしれません

骨のある人だと思います

印象に残った言葉はいくつかありますが

必死というのは今の自分を殺すことだ という解釈はなるほど~と思いました

信念を曲げず正直に生きる 己は貫いても自我は出さない 区切りはつけても妥協はしない

枠を外れろ ひとりになれ 必死になれ

こんな22歳いるんだなぁ・・・そして

考える暇があるなら、やれ

という言葉もが~ん・・・若い頃 師匠にそんなことよく言われてました^^;;

そして今の私は

誰かにすがったり、誰かの前で泣いたりできるうちは、本当に孤独なのではない

それはただの甘えだ

孤独の扱い方が未熟だというだけだ

22歳の発言でこんなにが~んと頭を殴られるなんて^^;

というより若いからこそ出てくる言葉もたくさんで

かえって新鮮っていうか、今の自分が忘れてしまいがちな無垢な心を思い出したりしました

メディアにも時々出ておられ そのことを批判されてることに対しても書いてありましたが

自分の考えを堂々と語っておられてあっぱれです

大横綱の父の姿を見てそう育ったのかなと・・・

若いっていいなぁ・・・


遺言/養老孟司

2018-01-31 | 読書

25年ぶりの書き下ろしということで予約が回ってくるの待ってました

予約してた本が同時期に5冊回ってきて参りました(笑)

今回は感覚と意識がテーマでした

音楽をしているので感覚についてとても興味があります

実際養老さんの本は そのことについて書かれてることが多いのでいつも参考になります

感覚から観察すれば私は変化しているのになぜか意識は同じだという

意識のもつ同じだとする働きがそのようにさせてしまい

バナナもぶどうも感覚では別々だけど意識は、それらを果物と名づけて同じにするといいます

なるほど・・・そういうことなんですね

また私は1章の動物は言葉をどう聞くか というのが興味深かったです

動物は絶対音感の持ち主で 人間には絶対音感が赤ちゃんの頃備わっていたのに

年齢と共に失うもの・・・というのだ

だから幼少の頃から鍛えないと失うってことで なるほど〜でした

もう一つは 7章のヒトはなぜアートを求めるのか

コンピュータは芸術家になれないし

生演奏は強く その理由は音は耳だけで聴くものではなく身体だって振動してる

ただ生演奏に何が含まれているかわかったものではない

意識はわかっていないことはないこととして無視し 全てをゼロと一にしてしまう

だから養老さんは芸術はゼロと一の間に存在するという

 

最後に少子化について書かれていました

東京などの人工的な大都市ほど子どもが生まれないのは

感覚入力を一定に限ってしまい 意味しか扱わず意識の世界に住み着いているため

子どもという 自然 と対峙する方法を忘れてしまったからだと・・・

私も意識の中にに住むという現代の病にかからないようにできたら・・と思いました


いのち/瀬戸内寂聴

2018-01-30 | 読書

作家で僧侶の瀬戸内寂聴さんの小説・・95歳になられるんですね

以前NHKスペシャルでガンの闘病、リハビリを見ていた時

新作を書き始めていたので興味がありました

長い入院生活を終えた心境から始まって

内容は親交のあった女流作家の大庭みな子と河野多恵子の思い出が綴られると同時に

自分の親しい男性のことが書かれていました

正直 友人のことここまで書くの??って思ったけど 

人間くささがすごくあってリアルでどんどん読み進みました

きっと寂聴さんこのお二人のことお好きだし才能を認めてるからこそ

小説にできたんだろうと思いました  いいライバルだったんですね

友人や愛した男性が亡くなり、自分も闘病する中で

自分の死やいのちと向き合ってできたと思うこの小説

書くのは体力的にも大変だったに違いないですが

だからこそ渾身の小説なんだろうなって思いました

あの世から生まれ変わっても私はまた小説家になりたい。それも女の

寂聴さんらしい最後の言葉でした