東北弁のなかで暮らしていると、
西日本のことばは、
イントネーションがぜんぜん違うから、
面白い。
お兄さんは元気?
七草のバイトに行っとる。
水洗いって手が霜焼けになるんやろ?
時給がいい。
草についてる農薬落とすん?
農薬じゃなくて土やな。
七草いうのは、売れるん?
規模にもよるけど、億稼ぐとこもあるんよ。
と、隣の会話を延々とメモしていると、会話のリズムが体に入ってきて、戯曲の構想が浮かぶこともある。
でも、わたしの両親の故郷は、韓国の慶尚南道。
旅支度を整える間もなく身一つで日本に密入国し、異国で生きていくのは大変だったろうな。
その二人の間に生まれたわたしが、
もはや、韓国語を自分のことばとして使えず、日本語で思考し、読み書きしているのは、ときどきとても不思議な気がするし、国とことばを失ったことが悲しくもある。
人生は短いから、勉強をして、ことばを取り返したいと思う。