クラシック好きです

交通事故でC3.C4の四肢麻痺になって
障害者施設から在宅生活に戻れた日々の出来事

県立N総合病院5西其の3

2011-02-21 08:01:07 | 日記
事故から3か月ほど経過した頃の私の精神状態はどうであったのだろうか?

まずテレビですが普通の番組はうるさすぎて見ることできませんでした
もっぱらピアノのクラシックで癒し系とかうたってる音楽を聞いてることが多かったです。

そのうち
DVD準備して宇宙やら自然やら歴史番組を見るようになります。
ナショジオやヒストリー・ディスカバリーと言った類いですね。

しばらくして
友達のドカモンちゃんが色んなDVDをダヴィングして持ってきてくれるようになり非常に助かったしありがたかったことを覚えています
ただ違反ですが・・・あは


そのなかで印象的だったのが
「冬のソナタ」

年を取ったせいか
事故で怪我したせいか
やたら涙もろくなっている自分を発見

事故前は映画見て泣くことなんてほとんどなかったのに・・・


冬ソナの最終回にでてきた家
こんなところに住みたい!

強く思うようになりました


もともと
海辺の家ってのに興味があって

テレビ映画ギャラクシーにも
原爆が落ちるシーンに目の前湖か?

時間を越えて手紙をやり取りする映画の手紙受ける家も湖の上か?


とにかく目の前に海が広がる場所に住みたいと願うようになりました。



そんな頃
事故の加害者が見舞いに来たり
警察の調書取る以外は面会謝絶のままにしてありました。

自分のピアノの生徒なんかが見舞いに来てたらしいが
個人情報なんちゃらで病院にいるのかどうかもわからなかったらしいです。


この時期
ベッドのギャッチは30度前後までしかあげられなかったと思います
OTのひとと座位?
身体を起こす練習を盛んにやったと思います
とにかく車イスに乗られるようにと言うことだと思います


たとえ
起きられて車イスに座れるようになっても人工呼吸器が外れなかったら
自由がありませんので、人工呼吸器を外すにはどうしたらよいのかと
麻酔科の先生と相談指示していただいたのを覚えています。

機械はなにもしなければ勝手に肺に空気を送ってくれます
自分で呼吸するとそれに追従してくれたりします。

一分に18回を
一分に5回くらいまでさげることと

圧?も下げていったような
とにかく今までのどんな部活よりきついかも
等と思いつつやってた記憶があります


そんなときですね

おばちゃん看護士Nさん横目でさげすみながら
「どうせとれもしないのに」捨てぜりふでいなくなり

健康優良児Tさん
この子胸ポケットにやたらボールペンやら小物が垂れ下がってる子でしたね
赤ペンだけでも3本くらい差し込んでありましたね
そんなTさん

「どうせ明日疲れた言うんだから止めておいたら!」


足を引っ張られましたが
まだ序の口ですね

人工呼吸器外すために積極的に後押ししてくれたのは
親分Oさんと
物静かなIさん・・のちに名字は変わりますが
この二人の大胆な決断がわたしを後押ししてくれました。


○ご意見ご感想お待ちしております○
yozame
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