平成天皇のお言葉
スピーチとして、実に感動的なお言葉であった。戦後人間宣言までしなくてはならなかった昭和天皇。今上陛下もタイの王室も英国女王陛下も『人間』だということを我々はまず念頭に置く必要がある。市民革命によって絶対王政と血みどろの権利闘争のあげく掴んだ民主主義思想ではないため、天皇も「人間」であるというところを意識しておかないと勘違いをする。どうして、この私と天皇と、人間としての日本における権利において相違があるのであろうか。幸か不幸か私は天皇家に生まれ落ちてはこなかった。また、婿入りもしていない。私には名字がある。こういった役回りの違いはもう「聖霊」の仕業としか思えない。いずれにせよ、本日のスピーチにいたく感動したのである。
平成が戦争の時代でなくてよかった。
平和惚けとか云う人達がいるが、平和で何がわるいのだろいうか?平和なんだから、傍目には「ボケーッ」としているように見えて当然である。
象徴天皇の責務
欧州王室のように、私有財産、また征服民の血税をもって、各国の王室とお付き合いをしてきたわけではないので、日本の過去の天皇は他の王制とは比較できないユニークな制度だ。中世より直接天皇が国家を統治したとは多くの歴史学者はいってはいない。そこに、戦後は国家、国民のシンボルという存在を憲法により担わされている。一個の人間として、大きな不条理に直面して、それを何とか咀嚼しつつここまで存留されてきたわけだ。そしてこれからも。
夫人へのねぎらい
この辺は日本流にやや男尊女卑のそしりは免れないが、夫人がスピーチできないのでまぁ、これからの課題となろう。こういった点も日本を象徴しているわけだ。
沖縄や戦争、そして移民やマイノリティへの視線
次代の天皇に引き継がれる課題でもある。人間は生きている限り、祭り、政治、経済から逃れられない。天皇家は、これからも保守的で普通の家族像が求められ続ける。これは実に窮屈な思いがついて回る。人間である限り、憎しみ、愛情、好き嫌い、快不快、といった感情の表出。自分の生き甲斐の追究。思想、信条の自由がついて回るはずである。本当に開かれた皇室になるのであれば、こういった本来の人間が持つ葛藤や孤独感、それの先に見えてくる希望と愛を持ちたいはずである。
どうか、上皇、美智子妃殿下には気持ち穏やかに老後をお過ごし願いたいものである。
お疲れ様でした。
