Praise the Lord!

聖書のことばを通して、生活の中で示されたことやインスピレーションが与えられたことをつらつらと書き記しています。

桃の木を植えて

2019年04月18日 | 日記
 昨年の秋、ふと桃の木の苗に目がとまり、庭に植えました。今の庭には前の持ち主の方が生垣も含めて季節ごとに様々な花が咲くように植えられているので、十分だったのですが、私たちは自分たちで何か植えて育ててみようと思ったのです。肥料をまき、水をやり、順調に根付くかなと見ていました。

 冬になると、緑の葉が紅葉することなく全部落ちてしまったので、「枯れてしまったのか!?」と植物に無知な私は悲しくなりました。折しも、夫が仕えている益子にある教会の庭に、こじんまりとした枝垂桜の木が植えられていて、毎年美しく咲いていたのですが、昨年の春を最後に突然木が枯れてしまったばかりでした。それで木も虫や病気にやられてしまわないよう、世話が必要なのだと思っていた矢先だったのです。しかし、我が家の桃の枝には、よく見ると春に向けての花のつぼみが、細い枝の先に用意されていて、ほっとしました。そして、厳しい冬を超え、今庭先で美しく桃の花が咲いているのを見ることができ、神様の創造された自然の美しさに感動しています。

 春はイースターの季節で、イエス・キリストの復活を特に覚え、希望を新たにされる時でもあり、自然界を見ても新しい命があちこちで芽生える、生まれる時期でもあります。キリストは十字架にかけられ、確かに死んだことが確認され、埋葬されましたが、3日後に甦られ、弟子たちに現れた後、天に戻られたことが聖書に記されています。そのことを目撃した大勢の弟子たちが、全世界に出て行って、キリストの十字架と復活のことを伝え、このことによって人間の救いがあるという福音を宣べ伝えました。そのおかげで東の果ての日本に住む私のようなも、この福音を聖書を通して知ることが出来、魂が死んでいたような状態から、新しい命が与えられました。キリストを信じる信仰が与えられていることは本当に感謝です。なぜなら目には見えないですが、今も天でキリストが生きておられ、信じる者の心に聖霊が与えられ、日々新しく生きていけるように様々な生活の場面で導いて下さっていることを、ことさらイースターの時は喜びをもって実感できるからです。そして、信仰の成長を見守り、また必要な助け、慰め、励ましを人を通して、聖書の言葉を通して与えてくださるキリストを心から感謝しています。

 桃の実がなるのは、数年先のことだと思いますが、今後引っ越したとしても、可能な限り一緒にこの木を持っていき、この小さな木が季節ごとに成長していく様子を見届けたいと願っています。私たちのような小さな者の信仰が成長していくのを、神様が忍耐と愛をもって見守って下さるように。

「だから、植える者も水をそそぐ者も、ともに取るに足りない。大事なのは、成長させて下さる神のみである。」 第一コリント人への手紙3章7節