l'esquisse

アート鑑賞の感想を中心に、日々思ったことをつらつらと。

オブジェの方へ-変貌する「本」の世界-

2010-01-10 | アート鑑賞
うらわ美術館 2009年11月14日(土)-2010年1月24日(日)



公式サイトはこちら

去年の書き残し第二弾に取りかかります。

うらわ美術館は、開館以来「本をめぐるアート」を収集の柱の一つとして活動していて、そのコレクションは1000点を超えるそうだ。本展では、そのコレクションから立体的な本、本のオブジェ、本のインスタレーションを選び展示とのこと。作品リストを見ると、展示数は約70点ほど。

構成は以下の通り:

1.海外の作品から
2.国内の作品から
3.箱・鞄
4・焼く
5.展開と広がり

正直ちょっとわかりにくい構成にも思えたが、とりあえず章に沿って観た順に、印象に残った作品を挙げていきます。

『未来派デペーロ 1913-1927』 フォルトゥナート・デペーロ (1927)



1913年から1927年までの、本人の仕事(絵画、デザイン、広告、建築などの業績)をまとめた本だそうだ。残念ながらこのアーティストを知らない私は、とりあえずボルトとナットで綴じられている装丁に目が行く。そして何の脈略もなく、昔フィレンツェの教会で初めて目にしたルネッサンス期の写本の重厚な造本ぶりを思い出したりした。皮のカバーに覆われたそれは、3ヶ所くらいに真鍮製のベルトが渡してあったっけ。

『アンフラ・ノワール』 エロ (1971)



エロは以前、『サンマルコ広場の毛沢東』(1975年)という不思議な絵画作品を一度だけ観たことがある。この作品もどことなくキッチュなフィギュアがゼリー寄せみたいになっているが、よく見ると下の台座に本が挟まっている。

『オパール・ゴスペル』 ロバート・ラウシェンバーグ (1971-72)



10枚のパネルが台にはめ込まれているが、各パネルにはアメリカ・インディアンの各部族の10篇の詩と絵が刷られているのだそうだ。頁の材質が紙でもなく、綴じられてもいない本。

このように本をテーマに作られたアート作品を「リーブル・オブジェ」と呼び、マルセル・デュシャンの「1947年国際シュルレアリスム展(カタログ)」に始まると言われているそうだ。そのカタログの出版元は「ル・ソレイユ・ノワール」社とあるが、上記エロのゼリー寄せ作品(勝手に!)の台座に収まっている本の背表紙にもその名が。

『佇む人たち』  福田尚代 (2004)



これ、何だと思いますか?

答えはこちら。『佇む人』 福田尚代 (2003)



はい、文庫本を削ってこのような形状に。

正面から見ると一瞬木の彫りものかと思うが、後ろに回るとお馴染みの様々な出版社の名が入った文庫本が並んでいる。やはり出版社によって高さはマチマチで、その不揃い感が趣を出している。文庫本の小口を彫刻刀で彫った作品とのことで、『佇む人たち』はそんな文庫本を羅漢に見立てたものだそう。紙を削るとこんな質感が出るのか、としばしその柔らかな断面に見入ってしまった。

『トランクの箱(ヴァリーズ)』 マルセル・デュシャン (1961)

1935年からデュシャンが継続的に制作した「ポータブル・ミュージアム」の一つだそうで、トランクの中に作品のレプリカが沢山入っている。画像はないが、本作品ではかの有名な『泉』やあの髭の生えたモナリザの絵など彼の作品の縮小レプリカ68点が詰め込まれており、展示ケースの中に広げられたそれらを眺めると「携帯可能な展覧会としての箱」というコンセプトが理解される。

この一角にはフルクサスのメンバーや私の知らないアーティストたちによるこの手の作品が並び、各展示ケースに平面、立体問わず混沌と中身が広げられている。

『アーティスト・アンド・フォトグラフ』 アラン・カプロー他 (1970)



一例。現代美術音痴の私ですら、“あら、あれはクリストさんね!”

『コンヴェックス・ミラー(凸面鏡の自画像) (1984)



パルミジャニーノの『凸面鏡の自画像』(1524)をもとにジョン・アシュベリーという人が詩を作り、その詩をもとにその友人のアーティストたちが作った版画を添えた作品だそうだ。レコードはアシュベリーが詩を朗読したものが吹きこまれているそうで、コンセプトも観た目も統一感があってすっきりした作品(それまで観てきた同系の作品の中身が混沌としていただけに)。パルミジャニーノの作品は実物大とのことで、こんなに小さいのかと思いつつ、アシュベリーがどんな詩を書いたのかも気になった。きっと放射線状に記されているのがその詩だと思われるが、字が小さくて読めなかった。

しかし、このあたりで「本」とは何ぞやという疑問が湧いてくる。この一角に並ぶのは、通常の本の体裁を取らない、「思考の集積」みたいじゃないか。もしや「本」には私なんぞの知らない概念があるのかもしれない。昨年だって書斎を意味するビューロー(bureau)は「本来13世紀頃に使われた毛織物を指す言葉」と習った例もあることだ。

家に帰って、早速国語辞典に手が伸びた。

「本」を引くと「書物」とだけある。「書物」を引くと「本・書籍・図書」。「書籍」を引くと「書物・図書」。ああ、もういい。

とか言いながら、私の手は性懲りもなく今度は英英辞典に伸びる。

book: a set of printed pages fastened together inside a cover, as a thing to be read

(読むためのものとして、印刷したページを綴じ、カバーをつけたもの)

基本そうだよね、やっぱり。

でもその次に、以下のようにあった。

“any collection of things fastened together”

(一緒に括られた収集物)

これですね!

年明け早々、私は何をやっているのか?

『新修漢和大辞典』 西村陽平 (2002年)



何も手を加えずに1000度以上の高温で本を焼くと、このようなオブジェが出来上がる、と解説にあってもにわかに信じられない現象。科学音痴の私には、何故紙が灰にならないのか不思議で仕方がない。しかしながらこの作品はオブジェとして大変美しいと思った。

『敷物―焼かれた言葉―』 遠藤利克 (1993年)



2000冊の本を燃やし、タールを染み込ませて並べた作品とのこと。床の上、565cmx330cmの面積に、黒こげの本が横や縦に寝かされたり、それらに寄りかかるように斜めに立てかけられたりしている。近寄るとタールの焦げ臭い匂いが鼻をつき、アスファルトの補修工事の現場や地下鉄の匂いを思い出させられる。作家にとってこれは「彫刻」作品だそうだが、テーマは何なのだろう?

今どきの子供たちは電子辞書に慣れているので、紙の辞書の引き方がわからないと聞く。どの国も新聞の発行部数が減り、日本の若者の間では携帯電話で読む小説が流行りだそうで。いったい「本」というオブジェクトはどうなるのでしょう?

と、ちまちま考える私のちっぽけな脳みそも、いずれは焼かれて灰になるのだが。

本展は1月24日(日)までです。

ついでながら、この美術館は浦和ロイヤルパインズホテルと同じ建物に入っている。我が浦和レッズが優勝祝賀会などにも使う(最近はそんな行事遠のいてしまったが)、こちらのホテルの各レストランはお薦めです。平日の13:00以降90分間は内税1800円きっかりで楽しめる1Fのブッフェも美味しい。昨秋パリで行われた料理コンクールに出場した日本代表はここのフレンチ・レストランのシェフだそうで、同じく1Fにあるパン屋さんのスタッフさんたちもいろいろ賞を取られているようですよ~!


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4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (meme)
2010-01-11 19:59:29
作品の画像が沢山掲載されていて嬉しいです。
私はもう記憶が飛んでしまって、特にラウシェンバーグの作品、エロの作品なんてもう。
ホテル1階のカフェを利用したことがありますが、確かに美味しかったですし、よくパンを
お持ち帰りします。

図録はさすがに、出来上がっていたのでしょうか。
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Unknown (YC )
2010-01-11 22:58:57
☆memeさん

こんばんは。

はい、昨年末に行ったのですが、図録はありました。
薄いながら大判で(ざっと計ってみたところ縦36cmx横26cm)、
取り込める画像も限られ。。。

でも喜んで下さる方がいらっしゃると思うと嬉しいです!

ホテルへのコメントも有難うございます。私が宣伝するまでもなく、
あの美術館に行かれたらきっと皆さんご利用されますよね。
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hon hon hon (panda)
2010-01-17 21:35:32
素敵な紹介 ありがとうございます。
本ってなかなか...燃えないんですよ。
オブジェとして美術館に並ぶのも
面白い気分です。
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Unknown (YC)
2010-01-18 20:33:28
☆pandaさん

こんばんは。

お褒め頂き、恐縮です。

そうですよね、酸素がなくては燃焼しませんから、
紙が分厚く密着した本をそのまま燃やすと意外な
オブジェができたりするのでしょうね。
紙以外の「本」も沢山あって、面白い展覧会でした。
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