l'esquisse

アート鑑賞の感想を中心に、日々思ったことをつらつらと。

国立トレチャコフ美術館所蔵 レーピン展

2012-10-05 | アート鑑賞
Bunkamura ザ・ミュージアム 2012年8月4日(土)-2012年10月8日(月・祝)



本展の特集ページはこちら

今週末で終わってしまいますが、もしお時間があったら是非足を運ばれることをお薦めします。芸術の秋にふさわしい、「絵画の魅力」を堪能できる展覧会です。

イリヤ・レーピン(1844-1930)は、19世紀後半から20世紀前半にかけて活躍した、ロシア絵画の巨匠。激動期のロシアに寄り添い、歴史画、風景画、肖像画などさまざまなジャンルを通してその姿を描出し続けました。本展にはトレチャコフ美術館所蔵のレーピン作品から、油彩画、素描約80点が並びます。

ついでに国立トレチャコフ美術館は、「ロシアのメディチ」の異名を持つ実業家、パーヴェル・トレチャコフ(1832-1892)によって創設された美術館。トレチャコフはレーピンを非常に高く評価し、その作品を蒐集しながら世界最大のレーピン・コレクションを築きました。

本展は日本における過去最大の本格的な回顧展とのことで、東京展のあとは浜松市美術館、姫路市立美術館、神奈川県立近代美術館 葉山へと巡回するそうです。お近くの方は是非!

構成は以下の通りです:

Ⅰ 美術アカデミーと≪ヴォルガの船曳き≫
Ⅱ パリ留学:西欧美術との出会い
Ⅲ 故郷チュグーエフとモスクワ
Ⅳ 「移動派」の旗手として:サンクト・ペテルブルク
Ⅴ 次世代の導き手として:美術アカデミーのレーピン


では、いくつか心に残った作品を挙げていきたいと思います:

≪ヴォルガ川のシリャーエヴォ渓谷≫ (1870年)

 

≪ヴォルガ川にて≫ (1870年)



久々に驚嘆するような鉛筆画を観ました。画像では伝わりにくいかと思いますが、デリケートな鉛筆の濃淡のみで風景が見事に立ち上がってきます。2点とも≪ヴォルガの船曳き≫(実作品は今回来ていませんが、写真をパネルにして参考図版として展示されています)のための準備素描です。

≪浅瀬を渡る船曳き≫ (1872年)



≪ヴォルガの船曳き≫のヴァリエーションとして描かれた作品。展示されている同テーマの一連の習作も合わせ、胸が苦しくなるような作品です。後方に浮かぶ船から伸びる網を体に巻きつけ、ぬかるむ足元の中、全体重をかけて前へ進もうとする労働者たち。その過酷な情景は、労働者ひとりひとりが描き分けられていることで現実味が増し、観る者に重くのしかかってきます。

≪皇女ソフィヤ≫ (1879年)



政権争いから、異母弟ピョートル1世によって修道院に幽閉された皇女ソフィヤ(1657-1704)。カッと見開いた目、そして全身から発せられる憤怒の凄さには思わずひるんでしまいます。しかも窓の外には、処刑されて吊り下げられた、ソフィヤ派の同胞の影。

この作品の制作にあたり、レーピンは入念な時代考証を重ね、ソフィヤの当時の衣裳を仕立てることまで行ったそうです。また、この主題の背景にはトルコとの露土戦争(1877-1878)によるナショナリズムの高揚があり、画家の、ピョートル1世以来の西欧化に対する反抗が込められているとのことです(嗚呼、ロシアの歴史は要勉強だ。。。)。

≪トルコのスルタンに手紙を書くザポロージャのコサック 習作≫ (1880年)



コサックと聞くとコサック・ダンスしか浮かばないような私はここで少しお勉強。図録の解説によると、コサックとは「15世紀から17世紀のロシアで、領主の過酷な収奪から逃れて南方の辺境に移住した農民とその子孫」。この作品はザポロージャのコサックたちの伝説にもとづいたもので、降伏してトルコの臣民になるよう勧告してきたアフメト4世(1642-1693)に対して嘲笑しながら断りの手紙を書いているところだそうです。

それぞれの顔の表情(アジア系の人も見受けられます)から感じられる、生きるための狡猾さと逞しさ。手前右手の、卓抜な短縮法で描かれた禿頭の男性の後ろ姿もアクセントとなり、コサックたちの一致団結した熱気が波打つような構図となっています。

≪巡礼者たち≫ (1878年)



昔のロシアには、人生の全てを参拝に捧げ、修道院から修道院へと歩き続ける巡礼者たちがいたそうです。この二人の女性が歩く長い道のりには、ここに描かれるのどかな田園風景ばかりが広がっているとは限りません。昔のロシア、と聞きながら、今もこの二人が歩いているようなリアリズムを感じさせます。

≪休息―ヴェーラ・レーピナの肖像≫ (1882年)

記事冒頭に載せたチラシにある作品で、画家の妻の肖像画です。ソファでうたた寝するその寝顔はとても幼い印象ですが、彼女は1855年生まれなので、1882年に実年齢で描かれたとすると27歳ということになります。

足を組んで曲線を描く体の柔らかなラインと、それを包み込むドレスの質感。主調となるボルドー色が今の季節ともマッチし、とても素敵です。

最初は彼女も起きていて、目は開いて描かれていたのですが、ポーズをとるうちに眠りに落ちてしまい、レーピンも寝顔に描き直したそうです(セザンヌだったら「リンゴが眠りますか!」と激怒したことでしょうね)。

ついでながら、本展には家族の他、トルストイなどの文化人たちの肖像画もたくさん並びますが、皆カッチリとしたポーズを取らず、椅子の上に姿勢を崩して座り、リラックスした表情をしています。背景もあまり描き込まれていません。

レーピンは肖像画を制作中、そのモデルと会話をすることを愉しみにしていて、ときに議論に熱中しすぎて絵がそっちのけになってしまうこともあったそうです。それがモデルの自然な表情を引き出すことにつながったのでしょうね。

≪少年ユーリー・レーピンの肖像≫ (1882年)



あどけない表情が何とも愛らしい肖像画。レーピンの息子です。子供4人のうち3人は娘ですから、パパは相当この男の子を可愛がったことでしょう。

≪作曲家モデスト・ムソルグスキーの肖像≫ (1881年)



この肖像画は、ムソルグスキーが亡くなる10日前に描かれたということを事前に知っていたので、絵の前に立つときに何となく力が入ってしまいましたが、思いがけず惹きつけられたのは、そのあまりに澄んだ瞳の美しさでした。病床からやっと起き上ったことをうかがわせる着衣や頭髪の乱れにはそぐわないような、深い知性を漂わせる生きた瞳です。

ムソルグスキーはレーピンが学生の頃からの知り合いで、レーピンは彼のことを親しみを込めて「ムソリャーニン」と呼んでいたそうです。長年の友が不治の病に冒されていると知るや直ちにモスクワからペテルブルクに向かい、病室を訪れてこの作品を描いたというエピソードには泣けてきます。

≪キャベツ≫ (1884年)



いとも鮮やかなキャベツです。画家の観察力と画力(手前の写実的に描かれたキャベツでさえ、わりと軽妙に絵具をポンポン置いている感じです)にほとんどウットリしてしまいます。

以上、他にも素晴らしい作品がたくさんありますが、とても紹介しきれませんので、最後に画家本人にご登場頂きましょう。

≪自画像≫ (1887年)




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