l'esquisse

アート鑑賞の感想を中心に、日々思ったことをつらつらと。

リバプール国立美術館所蔵 英国の夢 ラファエル前派展

2016-02-26 | アート鑑賞


2015年12月22日-2016年3月6日 Bunkamura ザ・ミュージアム
公式サイトはこちら

ラファエル前派の名作を多数所蔵している美術館としてつとに有名な「レディ・リーヴァー・アート・ギャラリー」と「ウォーカー・アート・ギャラリー」。この二つに「サドリー・ハウス」を加えた、イングランド北西部の三つの美術館から出品された65点の作品により本展は構成されています。

ちなみに「リバプール国立美術館」とは「リバプール内及び近郊の美術館、博物館7館の総称」だそうで、上記3館もその一部であるということを今回初めて知りました。

19世紀のリバプールは、産業革命によって造船業や貿易の輸出港として大変栄え、多くの新興の中産階級を生み出しました。余談ながら、当時アイルランドからアメリカに移住する人々もリバプール港から出航する船で大西洋を渡ったそうで、中にはそのままリバプールに居ついた人も多いと聞きます。地理的にとても近いし、ビートルズをはじめリバプールやマンチェスター出身のロック・バンドのメンバーもアイルランド系が多いですよね。

そんなウンチクはさておき、経済的に裕福になった企業家たちがパトロンとなり、芸術が繁栄した結果としてこれだけの潤沢なコレクションが地元に残るわけですが、ビジネスで成功し、豪邸を建てた人々が好んだ画題はやはり「見た目に美しいもの(美しい女性)」が多いという印象を受けます。

章立ては以下の通りです: 

Ⅰ.ヴィクトリア朝のロマン主義者たち
Ⅱ.古代世界を描いた画家たち
Ⅲ.戸外の情景
Ⅳ.19世紀後半の象徴主義者たち

Ⅰ章の1作品目、ジョン・エヴァレット・ミレイによる≪いにしえの夢―浅瀬を渡るイサンブラス卿≫(1856-57年)。チラシにある作品です。

解説には、「画家は馬が大きすぎることに気づいてあとで修正した」というようなことが書かれています。言われてみれば、確かに馬の鼻の輪郭が結構大胆に白っぽい絵具で上塗りされ、細く修正されているように見えます。素人目にはややぞんざいにも感じられ、クスッとなりかけた瞬間、ん?と思い当たる事が。そうか、油彩画だからか!

ここでちょっと横道にそれます。

実は何となく私にとってずっと掴みづらいところのあった「ラファエル前派」。どうもしっくりこないその主義主張、そしていったいどの画家がその範疇に入るのか?

美術史的には、「ラファエル前派(Pre-Raphaelite Brotherhood=PRB)とは1848年に結成されたグループ」であり、PRBとしての活動は1853年に自然消滅したことになっています。しかしながら、今回の出展作品は1点を除いてそれ以降のものばかりです。

ついでに、今回も5点出品されているジョージ・フレデリック・ワッツの、イングランドに所在する「ワッツ・ギャラリー」の入口には、「ワッツはラファエル前派ではありません」という断り書きがしてあると聞きます。

そもそもラファエル前派が目指したとされる「ラファエロ以前」の絵画とは、具体的にどのようなものをいうのでしょうか?図録の解説を参考にすると、それは1400年代前半の初期ルネサンス絵画(例えばフラ・アンジェリコやボッティチェリなど)を指し、輪郭線を伴う描画法、奥行き表現の発達していない平坦な画面、豊かな装飾性などを特徴とするとあります。

そこで私が思い当ったのは技法です。ご存知の通り、初期ルネサンス絵画は主に板にテンペラで描かれています。対してラファエル前派の人たちはほとんどがカンバスに油彩。油彩は奥行き感を出すのに秀でた画法ですし、絵肌もテンペラ画にはない特有の光沢があります。だから、例えばロセッティやミレイなどの初期の聖書主題の油彩作品などに、わざと平坦に描こうとしているような違和感を私は感じるのかもしれないなぁ、と。



≪シャクヤクの花≫ チャールズ・エドワード・ペルジーニ (1887年に最初の出品)

多分初めて観る画家ですが、無条件にきれいだなぁ、とうっとりしました。レイトンの助手などもしており、その影響も受けているとのことですが、レイトンより自然で、ふんわりと柔らかい画風です(筆跡を残さない完璧な古典主義技法で仕上げたレイトンの女性の顔や肌は美しいとは思いますが、筆触を残す衣服との対比や、これでもかと波打つ衣襞にやりすぎ感を感じてしまうことがあります)。

ここで思うのは、現在ラファエル前派の大きな括りの中で語られる画家の多くが女性の美しい肖像画をわりとアカデミックに描いていて、それがどことなくラファエロ作品との親和性を感じさせてしまうことも、PRBをわかりにくくしている一因かもしれないということです。つまり、ラファエロの名を冠した「ラファエル前派」という名称と内実が、どうも私の中で混乱を起こしてしまうようです。



≪ブラック・ブラウンズウィッカーズの兵士≫ ジョン・エヴァレット・ミレイ (1860年)

女性のドレスと兵士の制服の質感描写が称賛されたという作品。なるほど見事です。このようにアカデミック(「ラファエル以後」)の作風を得意とするミレイが、PRB創始者の一人というのがおもしろいですね。まあ反アカデミズムといっても、技法だけの問題ではないのでしょうけど。

そういえば以前、同じBunkamuraで開催されたミレイ展に出品されていた、画家が9歳頃に描いたという≪ギリシャ戦士の彫像≫のチョーク画は、9歳児の手になるとはにわかに信じがたいほど見事な出来栄えで腰を抜かしそうになったことを覚えています。

さらに2013年に東京藝大美術館の「夏目漱石の美術世界展」において、ミレイの≪ロンドン塔幽閉の王子≫とウォーターハウスの≪シャロットの女≫が並んでいたときのことも思い出されました。しげしげと両者を見比べてみたら、人物のリアルな迫真性という点ではミレイの方が断然秀逸で、しかし決してウォーターハウスが劣るというわけではなく(後述するように、むしろ私のお気に入りの画家です)、両画家の目指すものの違いが歴然と浮かび上がる貴重な体験でした。



≪ペルセウスとアンドロメダ≫ フレデリック・レイトン (1891年)

≪ペルセウスとアンドロメダ≫(1891年)は、ヴィクトリア朝画壇の重鎮、レイトン卿の235x129.2cmの大作です。ポセイドンの生贄として岩場につながれているアンドロメダをペルセウスが救いに来る場面ですが、アンドロメダに覆いかぶさるドラゴンのような怪物が私にはどうも岩場に貼りつく昆布のように見えてしまい・・・なんて言ったら、この絵のためにドローイングや粘土のモデルまで使って下準備しという卿に激怒されるでしょうね。

レイトンは大陸仕込みの、いわゆる新古典主義と評される画家。ここでまた美術史的な観点からみると、PRBとしての活動は短命に終わりますが、このレイトンも含め、いわばその第二世代とも呼べるような画家たちによって19世紀後半のイギリス美術にはいくつかの流れが出来上がってきます。

すなわち、バーン=ジョーンズやワッツに代表される象徴主義、レイトンやアルマ=タデマなどの新古典主義、ロセッティが追い求めたファム・ファタルやアルバート・ジョセフ・ムーアらによる美しい女性が主役の唯美主義などです。



≪スポンサ・デ・リバノ(バノンの花嫁)≫ エドワード・コーリー・バーン=ジョーンズ (1891年)

325.7x158cmのこの大作が水彩画だということに驚嘆。左画面の宙に舞う二人は「北風」と「南風」で、12歳の少女をモデルにして描いたそうです。

水彩画といえば、「鳥の巣のハント」と呼ばれているらしいウィリアム・ヘンリー・ハントの≪卵のあるツグミの巣とプリムラの籠≫(1850-60年)も、小品ながら精緻で繊細な描写が素晴らしかったです。



≪エコーとナルキッソス≫ ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス (1903年)

私はウォーターハウスがとても好きです。本展でもっとも観たかった作品も≪エコーとナルキッソス≫、今回やっと初対面と相成りました。ウォーターハウスは新古典主義のようでもあり、ロマン主義的な色合いもあり、といった画家に映ります。いずれにせよ作品を観ながら、私は彼の描く人物の造形や色彩のバランスが好みなのだということに思い至りました。例えば、女性たちはバーン=ジョーンズのように病的ではありませんし、ロセッティのようにちょっと毒々しい癖もなく、自然で健康的。



≪デカメロン≫ ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス (1916年) 部分

ぐだぐだと書いてきたわりに偏った感想になってしまいましたが、本展では各章のタイトル通り、さまざまな切り口から作品が鑑賞できます。それらを眺めていくうちに、PRBはそれのみで捕えようとするより、19世紀のヴィクトリア朝絵画の流れの中で見てこそ、その意義や位置づけのようなものが立ちあがってくるように感じました。

ところで、これは余談になりますが、本展は私が今年最初に足を運んだ展覧会。1月2日のことで、この日先着150名に配られたユニリーバ社からのお土産を私も頂くことができました。入口で整理券を頂きながら、恐らく石鹸一つくらいだろうと正直あまり期待をしていなかったのですが、出口で手渡された紙袋には固形石鹸、ハンド・ソープ、そしてリプトンの紅茶という豪華三点セットが入っており、整理券のお心遣いをありがたく理解。

紅茶はイギリス美術の展覧会だからおまけかな?なんて呑気に思った私ですが、1885年に石鹸で起業した会社から発展したユニリーバ社は、今やリプトンやPGティップスといった紅茶ブランドなども所有する、巨大グローバル企業なのですね。

イギリスの紅茶業界も最近はコーヒー人気に押され気味なのだそうですが、イギリスのユニリーバ社は、いち早くコーヒーに倣ってカプセル型の紅茶(ティーポッド)の発売を開始したそうです。さらには専用のティーポッド用マシーンの製造販売にも着手しているとか。ビジネスの生き残り、発展にはイノベーションが不可欠といったところでしょうか。

本展は3月6日までですので、ご興味のある方はどうぞお急ぎください。


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