l'esquisse

アート鑑賞の感想を中心に、日々思ったことをつらつらと。

オランダ・フランドル絵画の至宝 マウリッツハイス美術館展

2012-09-13 | アート鑑賞
東京都美術館 2012年6月30日(水)-2012年9月17日(月・祝)



本展の公式サイトはこちら

展覧会場の入場口ならともかく、展示室内の1点の絵の前に設えられた行列用の柵。テレビでその様子を見たときに、≪真珠の耳飾りの少女≫は諦め、テンションも少し下がりました。でも、マウリッツハイス美術館に行ったことがなく、オランダ・フランドル絵画好きの自分としては、この展覧会はやはり行かないわけにはいきません。

9月初旬の平日の午後遅めに会場へ行ってみました。17:30に閉室なのに、16:00近くになっても会場への入場が「30分待ち」のままです。鑑賞に1時間は確保したいので、列に加わり、実際30分ほど並んでやっと会場内へ入ることができました。

中は確かにとても混雑してはいましたが、≪真珠の耳飾りの少女≫以外の作品を案外じっくり観ることができたのは幸いです。マウリッツハイス美術館の改装により実現したこの展覧会、全部で48点と少なめではありますが、良い作品がたくさん来ていました。

展覧会の構成は以下の通りです:

第1章 美術館の歴史
第2章 風景画
第3章 歴史画(物語画)
第4章 肖像画と「トローニー」
第5章 静物画
第6章 風景画


では、いくつか心に残った作品を挙げていきたいと思います:

≪ベントハイム城の眺望≫ ヤーコプ・ファン・ライスダール (1652‐1654年頃)



オランダから国境を越えてすぐのところにある、ドイツのお城だそうです。さして大きな画面ではありませんが(51.9x67.cm)、鑑賞者の視線を上方の岩山のお城へと誘導していく構成が見事です。

≪シメオンの賛歌≫ レンブランド・ファン・レイン (1631年)



この作品に描かれているのは、図録の解説をお借りすると「救世主を見ずに死を迎えることはないと知らされたシメオンが、幼子キリストこそ待ち焦がれた救世主であると悟り、声をはり上げ賛歌を歌う」場面。広く取られた空間の暗闇の中、舞台にスポットライトを当てたように浮かび上がるシーンが劇的です。

本展には、本作のような初期の歴史画から晩年の自画像まで、レンブラントの作品が6点もまとまって来ています。

≪真珠の耳飾りの少女≫ ヨハネス・フェルメール (1665年頃)

最前列で観たい人は、冒頭に書いた例の柵に沿って並ばなくてはならず、この日も30分待ちでした。勿論私はこの列には加わらず、人だかりのしている脇の方からのぞき見。まぁこんな状況での初対面となりましたが、第一印象は「変わった絵だなあ」というものでした。何も描かれていない漆黒の闇に、ほとんど唐突に浮かび上がる少女の振り向いた顔。肩のちょっと下あたりでぷっつり切れているのも、バランスとして妙といえば妙。

解説を読んで、「トローニー」という用語を初めて知りました。頭部の習作を意味するオランダ語で、架空の人物、もしくは特定できないモデルの胸から上を描いて、表情や性格のタイプを探る習作だそうです。実物に似せて描くことを目的としないため、肖像画とはみなされないとのこと。だから、従来の肖像画の概念で見てしまうと、この少女の人格があまり感じられないことに奇妙な感じを覚えるのかもしれません。

性懲りもなく最後にまたこの絵をのぞきに行ったのですが、何だか彼女の表情が、背後の群衆に戸惑っているようにも見えてしまいました。

≪羽根飾りのある帽子をかぶる男のトローニー≫ レンブランド・ファン・レイン (1635‐1640年頃)



この作品も「トローニー」とありますが、肖像画と聞いても違和感がないような出来映えです。レンブラントはコスプレもどきの自画像を何点も描いていますが、あれもトローニーのジャンルに入るようです。

≪ペーテル・ステーフェンスの肖像≫ アンソニー・ヴァン・ダイク (1627年) (左)
≪ヤーコプ・オリーカンの肖像≫ フランス・ハルス (1625年) (右)


 

第4章には、17世紀オランダの富裕な中産階級の夫婦を描いた2対の肖像画作品が並んでいます。

1組目は、アンソニー・ヴァン・ダイクによる≪ペーテル・ステーフェンスの肖像≫≪アンナ・ウェイクの肖像≫

2組目は、フランス・ハルスによる≪ヤーコプ・オリーカンの肖像≫≪アレッタ・ハーネマンの肖像≫

画像は、それぞれのペアから旦那さんの方を選んでみました。

両夫婦とも、レースや刺繍などをあしらったゴージャスな衣裳に身を包んでおり、それらの質感描写を再現する画家二人の卓抜した筆捌きも冴え渡っています。

4点ともほとんど同じ年代(1625~1628年の間)に、ほとんど同じ大きさに描かれており、肖像画の巨匠二人のそんな作例をこうして見比べることができるのも贅沢なことです。

夫婦の表情は、ヴァン・ダイクの方がおすましな感じなのに対して、ハルスの方は目元や口元にうっすらと笑みが浮かんでリラックスしているように見えました。ハルスの描く人物はいつも肌の温もりを感じさせますが、ヴァン・ダイクが描いた婦人の方はイギリス人なので、実際青白かったのかもしれません。

≪笑う少年≫ フランス・ハルス (1625年)



このインパクトのある笑顔は、400年近くにわたって人々に笑みをもたらし、これからもそうあり続けることでしょう。ハルスの的確な素早いタッチで表現されたクシャクシャの髪の毛も、何とも柔らかそう。

≪5つのアンズのある静物≫ アードリアーン・コールテ (1704年)



2009年のルーヴル美術館展@西美にて、5つの貝殻のみを描いた作品にすっかり魅了されたコールテの、今度は5つのアンズを描いた作品。小さくてシンプルな静物画ではありますが、画面を漂う静寂に独特の深みを感じます。

≪デルフトの中庭≫ ピーテル・デ・ホーホ (1658-1660年)



最後から2番目のこの絵まで辿りついた時、お酒を飲む大人の皆さんは、あ~私も/僕も1杯飲みたい!と思われたのではないでしょうか?赤いスカートと青いエプロン姿の女性は、煙草を吸っている男性の召使だそうです。召使なのに仕事中にビールが飲めるなんて大らかですね。図録の解説にもありましたが、右後方のレンガの壁が、フェルメールの≪小路≫を思わせます。

本展は9月17日(月・祝)までということで、残すところあと数日となりました。最終日まで20:00まで開室するそうです。

東京展のあとは、以下の日程で神戸市立美術館へ巡回します:

2012年9月29日(土)~2013年1月6日(日)

ベルリン国立美術館展 学べるヨーロッパ美術の400年

2012-09-10 | アート鑑賞
国立西洋美術館 2012年6月13日(水)-2012年9月17日(月・祝)



展覧会の特設サイトはこちら

ベルリン国立美術館展となっていますが、正確にはドイツの首都ベルリンにある、15もの総合美術館・博物館で構成されるベルリン国立美術館群のうちの三つの美術館(「絵画館」、「素描版画館」、「ボーデ美術館」)から作品が来ています。

ちなみに2005年にも「ベルリンの至宝展」が開催されていますが、こちらは「旧博物館」や「ペルガモン博物館」などからの出展がメインで、先史時代に始まり、エジプトやギリシャ・ローマなどの古代美術に加えて近代美術と、全くコンセプトの異なる内容でした。

たまに短いスパンで同じ作品を繰り返し送ってくる海外の美術館がありますが、それとは別次元。英語の副題に”From Renaissance to Rococo”とある通り、今回はルネサンスからロココまでの400年間を、平面、立体作品で観ていく内容です。個人的には素描作品が一番観たかったのですが、彫刻作品も期待以上に見応えがあり、とても楽しめました。

展覧会の構成は以下の通りです:

Ⅰ部 絵画/彫刻
  第一章 15世紀:宗教と日常生活
  第二章 15‐16世紀:魅惑の肖像画
  第三章 16世紀:マニエリスムの身体
  第四章 17世紀:絵画の黄金時代
  第五章 18世紀:啓蒙の近代へ

Ⅱ部 素描
  第六章 魅惑のイタリア・ルネサンス素描


では、印象に残った作品をいくつかご紹介したいと思います。

≪聖母子、通称アレッツォの聖母≫ アンドレア・デッラ・ロッビア (15世紀後半)



アンドレア・デッラ・ロッビアの作品を初めて観たのは、もう10年近くも前にフィレンツェのサン・マルコ修道院(美術館)を訪れた時。前知識もなかったので、初めて目にする、大理石とは異なるそのつるつるとした光沢のある表面が印象的で、不思議な魅力を感じました。彩釉テラコッタ、要するに焼き物なのですね。背景の青は、冬のフィレンツェで見上げた清澄な青空を思い出させます。マリアの手が幼児キリストの足の指を挟んでいるポーズも独特。

≪最後の晩餐≫ ライン川流域の工房 (1420年頃)



画面手前の長椅子の中央に座り、こちらに真後ろの背中を見せているのが裏切り者ユダ。椅子の下に見える弟子たちの衣の襞や、その間からのぞく足など、細部に至るまで美しく繊細に彫られた大理石の彫刻作品です。

≪龍を退治する馬上の聖ゲオルギウス≫ ティルマン・リーメンシュナイダー (1490年頃)



東京藝大の学長、宮田先生が、テレビでこの聖ゲオルギウスを「二日酔いみたいな顔をしている」とおっしゃったので、どうしてもそのように・・・。確かにリーメンシュナイダーの彫る人物は、大方トロンとした垂れ目をしていますよね~。退治される龍も、どことなく笑いを誘います。

ついでに、この作品の素材は菩提樹ですが、その他今回出品されている木彫作品の素材は実にさまざま。樫、胡桃、ツゲ、スモモ。スモモなんて可愛い響きでしょう?ところが、彫られているのはちぎれた人間のスネにかぶりつく老婆。レオンハルト・ケルンという人の≪ガイア、もしくは人喰いの擬人像≫です。

≪コジモ・デ・メディチの肖像≫ アンドレア・デル・ヴェロッキオの工房 (1464年)



図録の画像では普通に横顔を彫ったレリーフにしか観えませんが、さにあらず。作品を横の角度から観ると、ほとんど顔が飛び出しているのです。展示室入口の解説パネルを読みながら、何やら視線を感じると思って横を見やると、コジモがあなたを凝視。こういう意匠は初めて観ました。

≪ヤーコプ・ムッフェルの肖像≫ アルブレヒト・デューラー (1526年)



ヤーコプ・ムッフェルはデューラーと同年の生まれで、ニュルンベルグ市長なども務めた貴族だそうです。デューラーと親交があったムッフェルが55歳の時にこの肖像画が制作されましたが、彼はまさに55歳で亡くなっているので、今でいう遺影の意味合いが強い作品かもしれません。顔の微妙な皺、独特な鼻の形、そして毛皮の質感と、デューラーの細密描写には毎度ながら感嘆のひとことです。

≪逆立ちする青年≫ バルテルミ・プリウール (1600年頃)



高さ30cm足らずのブロンズ像の作品ですが、単純にビックリしました。見たとおりの題名だったのでよくわからなかったのですが、あとで気づいた英語のタイトルはAcrobat。日本語も軽業師とかにすればピンときたのに?ということはさておき、制作するにはバランスを取るのが難しそうな作品です。

≪黄金の兜の男≫ レンブラント派 (1650‐1655年頃)



油絵具のマジックってすごいなぁ、と兜に観入りました。

≪キリストの割礼≫ フェデリコ・バロッチ (1581‐1590年)



油彩画などの見事な完成作の陰には、一体どれだけの素描習作が描かれるのでしょうか。第Ⅱ部は、ボッティチェッリミケランジェロも、まずは地道に素描をしながら作品の構想を練っていくのだ、という当然のことを体感させてくれる展示です。

ここに挙げたバロッチは、彼の他の出展作も含め、飽くことなく手の表情を捉えようと紙の上で試行錯誤を繰り返しています。本作の左下に描かれた手は角度からいって画家本人の左手だと思うのですが、真似したらツリそうになりました。

最後に、フェルメールの≪真珠の首飾りの少女≫。想像していたより絵のそばに近寄ることができてよかったです。画中の、窓際に置かれた陶器の放つ光沢の見事な表現や、少女の横顔(おでこから鼻にかけてのラインが特徴的)など、わりとじっくり観られました。

9月17日(月・祝)までです。